第4話 王都へ

カーテンが引かれる。

まっさらな朝の日差しが差し込んできて、シルクは顔をしかめた。薄く目を開けば、誰かがこちらを覗き込んでいるのに気付く。


「おはようございます、シルクお嬢様」

「んん……マリー?」


シルクは上体を起こすと伸びをした。くぁ、と欠伸をすると目に涙が浮かんで、少しだけ視界がはっきりした。


「朝の支度をお手伝いいたしますね」

「うん……」


シルクは寝ぼけ眼でマリーの綺麗な横顔を眺めた。朝から完璧に作り込まれている。

毎朝違う侍女が来ていたのに今朝はマリーなのね、などと考えながら顔を洗ううちに意識が覚醒してくる。そういえば昨夜、侍従長に頼んでマリーを専属侍女にして貰ったのだった。マリーが来るのは当然だ。


「どのドレスにします? シンプルなものにしますか?」

「ううん。今日は出かけるからオシャレなのにしたいわ。アクセサリーも選んでちょうだい」

「……えっ」


マリーの顔には(ひきこもりなのに、外に……!?)と書いてある。朝っぱらから失礼な侍女だ。


「街に買い物に行くの。マリーもついてきてくれる?」

「もちろんです!」


返事だけは一丁前にいい。特別に先程の無礼は水に流してあげよう。シルクは微笑んだ。


……昨夜、侍従長に専属侍女の話ついでに外出についても尋ねたのだが、拍子抜けするほどあっさり許可が出たのだ。

雰囲気から察するに、父である伯爵から基本的にシルクの好きにさせるよう言われているようだった。それはシルクへの無関心とも取れて少し胸が傷んだが、好きに動けるのは有難いことだ。結果オーライ。

二人は外出準備を整えると意気揚々と馬車に乗り込んだ。


「街なんて久しぶりです!」

「それならコスメも見ていきましょうか」

「いいんですか?」


向かいの座席ではしゃぐマリーを見ていると、自然と笑みが零れた。


(顔も見せない父親のことなんて忘れて、思いっきり楽しまなきゃね!)


***


二人を乗せた馬車は一定の速度で走り続けていたが、しばらくすると突然馬車の速度が落ちた。


「あ、街に入ったみたいですね!」


マリーの弾んだ声につられてシルクも窓に顔を寄せる。

瀟洒しょうしゃな街並みに床一面の石畳。王都キュレミアに着いたのだ。馬車は王宮の見える大通りで止まり、二人は街に降り立った。


「ここが王都……」


小説の中でも度々物語の舞台になっていた場所だ。多種多様な店が立ち並び、ショーウィンドウには色とりどりの商品が展示されている。行き交う紳士淑女も街並みに負けず劣らず華やかだ。


「今日はどこに行くんですか?」


マリーの問いかけにシルクはにやりと笑う。

ここに来た目的はズバリ、情報収集だ。逃亡計画を立てる前にこの世界のことをもっと知っておく必要がある。


「全部よ。時間が許す限り見て回りましょう」


キュレミアは王宮を中心に形成された都市である。王の権威を象徴する絢爛豪華な宮殿のすぐ裏――北側には巨大な庭園があり、そのさらに北には『赤の森』と呼ばれる広大な森が広がる。


そして正門が位置する南側はそれとは趣を異にする。門から真っ直ぐ南に伸びる大通りを中心に数多の建物が立ち並ぶのだ。

王宮近くの区画には貴族の屋敷が多く見受けられ、その周辺には貴族をメインターゲットにした高級店が並ぶ。そして王宮から離れるほど、平民向けの建物にグラデーションのように様変わりしていくのである。


二人は大通りを起点に、目につく場所を片っ端から見て回った。ドレスに宝石、コスメやスイーツ。何もかもがキラキラして目新しい。

気が付けば、二人はかなり遠くまで来ていた。この辺りになると平民向けの店舗もちらほらと現れ始める。


「次はどこ行きます〜?」


マリーは右手に綿菓子、左手にりんご飴を指の隙間に四本ずつ装着し、順繰りに齧った。持っているのが小型ナイフだったら凄腕のアサシンに見えたことだろう。

それを横目にシルクも一口、綿菓子をんだ。


「そうねえ……」


そしてハッと我に返る。完全に放課後のノリで楽しんでいた。


(調査のつもりが、遊んでばっかりじゃない?)


とはいえせっかく貴族令嬢に転生したのだからちょっと豪遊したくらいでバチは当たらないはずだ。そう言い聞かせていると見覚えのある建物が目に入り、シルクは足を止めた。


「あれ? ここって」


二階建ての立派な建物。看板には『リード商会』と書かれている。

『リード商会』は小説中での頻出単語だった。どのキャラクターも金やモノが絡むときには決まってここに来るのだ。


「でも、商会の主がなかなか食えない男だったのよね……」


確か、名前はダレル・リード。

話をするに値しないと判断した相手は高位貴族すら容赦なく追い返す。逆に言えば、彼が認めればどんな相手にも身分関係なく手を差し伸べる。その手腕がリード商会を王国随一の商会に成長させたのだろう。


「まあ、何にせよ用はないわね。……今は」

「お嬢様?」

「ううん。行きましょう」


二人は商会の前を通り過ぎていった。

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