第2話


「ひぃめぇえじゃぁあああ!!」


「扉は静かに開けるものよ」


「いけしゃあしゃあと……! あんたの……あんたのせいでぇ!!」


「意味が分からないわね。きちんと起承転結を守って伝えてもらえるとありがたいんだけど」


「またあたしの好きな人を奪ったでしょうが!! これで何回目か分かる!?」


「私が貴女の思い人を奪った回数? そうね……。奪ったことはないからゼロ回じゃないかしら」


「二十回目よ!!」


 静観を決め込んでいたクラスメートから、多くね……? と漏れた本音が心を抉る。花の女子高生活がどうしてこうもお先真っ暗になるものか。どうして? そんなことを問うまでもない。すべてはこの女が悪いから。


「奪うという行為は一度でも貴女のものであった事実があって成立するものよ。貴女のいう思い人は貴女のものだったのかしら」


「ちが! うけど……! そういう話じゃない!!」


「あら、怖い」


「あたしだってね! あんたがあたしと同じ人を本当に好きだっていうなら納得するわよ! 怒鳴るなんてみっともないまねしないわよ!」


「みっともないと思っているのなら止めればいいんじゃないかしら」


「あたしの邪魔をするためだけに全然好きでもない男の子に告白しているのが腹立つって言ってんのよ!!」


 姫路美紀という女との因縁は、あたしが小学三年生でこの町に引っ越してきたその日から始まった。

 小さな町で、彼女の父親は大きな工場を経営している。となれば、この町の住民の多くが彼女の父親の商売に何かしらの影響を受けていた。姫路美紀が女王様として学校に君臨できるレベルには。


 転校初日でそんなことを知る由もないあたしが、彼女の機嫌を損ねたのは仕方が無いことだろう。謝る必要のないことに頭を下げなかったことも仕方が無いことだろう。……あまりにしつこい彼女に腹が立って頬をぶん殴ったのは……若気の至りと笑って処理してほしいものだった。

 それ以来、姫路はあたしに付きまとう。事態の重要性に気付いて謝ろうとももう遅く、無駄に聡明な彼女が、あたしが本心で謝っていないことなどお見通しなわけで。


「ひどいわ。どうして私が本当に彼を愛していないなんて言えるのかしら」


「この前も、その前も、そのまた前も! あんた……! 付き合った男の子と何日で別れたのよ!」


「最長で三日かしら? でも、それと本気でないとどうして言えるの。本気で愛して、本気で気持ちが変わっただけかもしれないわ。言うでしょう? 女心と秋の空って」


「そんなわけないじゃない!」


「他人の気持ちを安易に決めつけてはいけないわ」


「小さい頃にあんたを殴ったことなら謝ったじゃない! どうしても許せないならいま一発殴ってくれていいから!!」


「まあ……。そのことなら謝罪は受け入れたはずよ? お互い小さい頃の話じゃない、私にも非はあったことだし、ここで貴女を殴るなんて出来るはずがないわ」


「じゃあつきまとわないでよ!!」


「私から貴女に話しかけたことはあまりないはずだけど。今にしても、話しかけてくれたのは貴女よね」


「そういうことを言っているんじゃないっつーの……!」


「なら、どういうことを言っているのかしら」


 分かっている。怒鳴ろうともこの女に響かないことも。だからといって高校生になって手を出したらどうなるかはもっと分かる。そんなことをしても悪いのはあたしの方だ。


「絶対……! この町から出て行ってやる……!」


「話が随分と飛んだわね。進路の話かしら? それなら、私ではなく先生としたほうがいいわよ。もちろん、私でよければ相談には乗るけれど」


「あんたに相談するはずないでしょ!」


「あら、残念」


 彼女が微笑む姿はまるで絵画のようだ。絵であればどれだけいいか。こちらに干渉できない絵であれば。

 観賞しているだけなら、干渉されなければ。


「大っっ嫌い!!」


 負け惜しみだと分かっていて、負け犬の遠吠えだと笑われたとしても。それでも叫ばずにはいられない。

 これ以上惨めになりたくなくて、彼女の言葉を聞きたくなくて、走って、扉を強く閉めた。


「丸川、ちょっと職員室に来なさい」


 代わりに、先生に目を付けられた。

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