赤マント

 そろそろ来る頃かなとちらと思っていたところで勢いよく部室の扉が開く。

「今そこのトイレ入ってたら『赤マントにする、青マントにする?』ってきかれた!」

 ちっちゃくていつもむやみやたらに騒ぎまくってる先輩は現れるなりそう言った。

 来るとわかっていたことで別段何かが変わったわけではない。読みかけの本にゆっくりしおりを挟む余裕ができた、せいぜいそのぐらいだ。

「先輩ってよくトイレに入ってますよね」

「そりゃ人間だからね、入ってるよ」

 先輩のわかるようでわからない解答はスルーして私は質問を重ねる。

「どうやって逃げてきたんですか」

「無視、完全無視」

「そんなんで逃げ切れるんですね」

「いや今も声が聞こえてるよ、しつこく質問されてる」

「よくそんな状態で私と会話できますね」

「カクテルパーティー効果ってやつでしょ」

 それはカクテルパーティー効果であってるのか、多分少しだけ違う気がする。


 赤マント、ちょっと懐かしい。ちょっと懐かしいと思うぐらいだから、細部はちょっと忘れている。

「実際その質問に答えたらどうなるんでしったっけ」

「赤マントなら出血多量、青マントなら逆に血を吸われるよ」

 結構直接的な暴力に訴えかけてくる怪異だった。

 なんか他の色もあったような気がしないでもない。記憶あやふや。

「紫マントは?」

「両方やられます。微妙なバランスで難易度高いです」

「黄色マントは?」

「黄疸になります。急激に肝機能が低下します」

「黒マントは?」

「全身黒こげの焼死体のできあがりです」

「白マントは?」

「全身に美白効果がかかります」

 途中で私は気づく。あ、この人もきちんと覚えてるわけじゃない、ということに。その場で思いついたのを適当にしゃべっている、ということに。

「最後のやつだけこっちに利益ないですかね」

「でもあやしいやつからいいことされるのって怖いよ」

「そうですね。絶対後で揺り戻しがありますね。むしろ一番よくないかも」

 現実世界もいいやつと悪いやつがはっきり分かれていればわかりやすいのに。


「昔は私怖かったんですよね、赤マントが」

 話していれば記憶がよみがえってくる。もしくは話しているうちに記憶ができあがるのだろうか。どっちにしろ私の中にそんなような記憶があった。

 先輩はそれを聞いてにやりと笑う。

「かわいいね」

「うっざ、死ね」

「何があってそんなに荒んでしまったの……?」

 時の流れは残酷なものだからですよ。心の内でだけそう呟いて話をつづける。

「でどうして怖かったのか考えたらどっちを選んでもダメってところだったんですよね」

「あー、正解の選択肢がないってところが」

「でも言葉が通じる分、そんなでもないなって最近は思うようになりました」

 言葉が通じる、つまりは交渉の余地があるということだ。まったくコミュニケーションがとりようのない相手と敵対したら、最後は殺すか殺されるかしかなくなってしまう。


「言葉通じるって言っても想定された答え以外は同じ質問繰り返すだけでしょ」

 先輩にしては実にまっとうな指摘だ。確かにそんな相手が交渉のテーブルについてくれるのか、疑問が残るところ。

 不意に先輩は私をまっすぐに見てくる。丸くてくりっとしたかわいらしい目が、私だけに向けられている。いったいどうしたんだと思っていると、抑揚のない声で彼女は言った。

「赤マントにする? 青マントにする?」

 なるほど。だいたいの事情を呑み込んだ私は適当な答えを返す。

「いい天気ですね」

「赤マントにする? 青マントにする?」

「今日の晩御飯何がいいと思いますか」

「赤マントにする? 青マントにする?」

「それも一理あると思います」

「つまりはこういうことだよ」

 認識を改める。これは話が通じない相手に分類した方が適切だ。


「まあ今のは私の脳内で響いてる声をそのまま口に出してただけなんだけどね」

 と言って先輩は得意げな顔をする。

「一発殴ってあげましょうか」

 対して私は精一杯冷たい感じの笑みを返してやった。

「いきなりどうしたの?」

「だいたいそういうエラーって再起動したら治ると思うんですよ」

 なぜパソコンがおかしくなったのかわからないし、なぜそのパソコンがなおったのかもわからない。

 よくあることだ。ちなみにそういう時は一応何をやったのかメモっておくといい、次の機会にきっと役に立つから。

 本気で殴るつもりはなかったけれど、多少静かになってくれればぐらいには考えてた。そのあたりのことが先輩にも伝わったのかもしれない。

「今から私お昼寝するから!」

 先輩はそう言うなり近くにあった机につっぷして、10秒もたたない内に寝息をたてはじめた。寝つきがすばらしくいい。私は静かにため息をついて読書に戻ることにした。

 帰る頃になって先輩はようやく目を覚ましたが赤マントの話はすっかり忘れていた。

 メモ! 赤マントから逃げてきても声が聞こえつづける場合は一旦寝たら治る!

 役に立つ機会は多分訪れないけれど。

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