777番

 何が起きたのか分からない。

 ワームホールみたいな穴が現れて、二人の女に連れ込まれ、着いた先は大勢の男たちが一列に並ぶ広い会場。


 白い台があり、その上に男たちが膝たちで並んでいるのだ。

 ボクは後ろで服を脱がされ、番号の書かれたプラカードが首にぶら下げられる。


「777番。これがお前の番号だ」

「あ、あのぉ」

「なんだ?」


 白い台の前は、ガラス張りになっていた。

 ガラス越しに空が見えるあたり、向こうは外になっているようだ。


「ここ、どこですか?」


 すると、明らかに外国籍の女は、耳の穴を指で押し、舌打ちをした。


「駄目だ。聞こえない。おい。チップを持ってきてくれ」

「わかった」


 他の女に命じると、従った女はカウンターの奥に消えていく。

 よく見ると、今いる場所は、どこかのバーのような造りをしていた。

 空間は広いんだけど、横に長い場所。


 ボクが周囲を観察していると、先ほどカウンターの奥に消えた女が手に何かを持って戻ってきた。


 手にしているのは、注射器。

 中身は透明な何かが入っていた。


「じっとしてろ」

「や、やめてください! ボクには、妻や子供が……」

「いるわけないだろ」


 プシュ。

 腕に針が刺さる。

 なのに、驚くほど痛みがなかった。


 生温かい液体が首の中に入ってきて、数秒が経過した頃か。

 視界がもうろうとした。


「う、うう……」


 立っていられない。

 霞む視界の中、目の前の女は耳から、年寄りがつけるような補聴器を取り出す。


「さっきより、私の声が聞こえるだろう」


 明瞭になった女の声。

 先ほどは、どこか機械っぽい声色であったのに対し、今はクリアになっている。流暢に話す日本語を聞き、ボクは膝を突く。


「少し休めば、元に戻る」

「う、く……」


 気持ち悪すぎて、ボクはそのまま眠ってしまった。


 *


 日本では、年間二万人の人が行方不明になっているらしい。

 噂によれば、臓器売買とか、海外に売られたりとか、一見平和な日常の中で、許されざる行いが横行している。


 その神隠しとも言える拉致被害に、ボクは巻き込まれたわけだ。


 ウィンドウショッピングみたいなショーガラスの前に立ち、ボクはため息を吐く。


 隣には、デブのおっさんが膝立ちをしていた。


「君も、さらわれたのかい?」

「みたいです」


 おっさんは、外国の人間のようだった。

 だが、流暢な日本語を話しているため、言語に困らない。


「私もだよ。隣人の着替えを覗いていたら、彼女たちに捕まったんだ」

「何やってんスか」


 肩を竦め、おっさんは言った。


「私は、昨日からここにいる」


 おっさんは顎で外を差し、道行く人々を見て説明してくれた。


「妙なんだ」

「妙?」

「ああ。私たちの連れてこられた、この場所。名前は分からないが、異世界であることには違いないだろう」

「異世界って……」


 そのワードを聞くと、頭にはドラゴンのいるファンタジー世界が浮かぶ。


「見てごらんよ。いない」


 おっさんの言う通り、道行く人々は女性ばかりだった。

 たまに男も一緒に歩いているのを見かけるが、全員首輪をして、まるで犬のように歩いている。


 ガラスの向こうで歩く女の人たちは、一様にボク達を見て、首をひねっていた。この狂った光景を前に、戸惑っているんだろうか。


「彼女たちは、奴隷を買いにきてるんだ」

「……奴隷」


 ジロジロと見てくる視線は、品定めをしている。

 おっさんは、そう言った。


「売れるのは、若い子やマッチョばかり。私は需要がないだろうね。それが良いことなのか、悪いことなのか」


 自分の置かれた状況を把握し、ボクは血の気が引いた。

 奴隷制度は廃止されたはずの現代。

 なのに、未だに奴隷なんてものを人類は使っているのか。


「奴隷にさせることは豊富だよ。肉体労働は一番分かりやすい。あとは性奴隷。サンドバッグだったり。色々だ」

「い、嫌だ」

「私だって嫌だよ。でも、しょうがないじゃないか。……ん?」


 おっさんが何かに気づき、前を向く。

 ボクも同じ方を見る。


「君を……見ていないかい?」


 すぐ目の前に、やたらと大きな女性が立っていた。

 腕を組み、何やら下をジロジロと見て、ボクの顔や体を見る。


「あぁ、……なんて……エロいんだ……」

「いやいや。……シャレにならないでしょ」


 おっさんは女性の美しさに興奮していた。

 ボクはなるべく目を合わせないよう、空を見る。


「777番」


 無情にも、ボクの番号が呼ばれた。

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