第12話

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 家電量販店に入ったバリソンは様々な家電製品に圧倒されていた。美容器具から電動歯ブラシ、調理家電、見本の製品を手に取り、朱莉はその都度、説明していく。


――バリソンさん、あんた一体、いつの時代の人なのよ……。


 そうこうしてようやく白物家電売り場に到着した二人に、入店直後から目星をつけていた店員がここぞとばかりに声をかけてきた。


『お二人とも、新生活ですか?』と笑顔を向けられた時、朱莉は赤面して全力否定した。


 何とか、販売店員を振り切り、延々と説明を求め続けるバリソンを丸め込んで家電量販店を後にした。日はすでに直上まで登り切り、熱されたアスファルトは強烈な輻射熱を返し始めている。


 朱莉は化粧がドロドロになりそうな気がして、通りにあるショッピングモールに逃げ込んだ。遅めの昼食をフードコートで食べた後、洗剤を見に行くことになった。


 ショッピングモールに入店しているドラックストアに入ると、またも朱莉は質問攻めにあう。今度はパッケージの裏面に書いてある成分表示だ。


『アルキルエーテルを使用したものと、アルキルフェニルエーテルを使用したものがる。違いはなんだ?』


 朱莉は思わず、知るか! と答えかけたが、知りませんよ、と丁寧な口調に言い換えた。昼食の際、仮想環境の朱莉と、物理環境の朱莉の話になったからだ。


 その後も、ショッピングモールを、脚が棒になるかと思うまで回った。


 何か買う訳でもなく、他愛もない会話が次々に出てきては消えていく。二人で同じものを眺め、説明し、仕組みや役割を理解する。互いの考え方や、感じ方を知り合う。


 時間はあっという間に過ぎていった。


 バリソンと朱莉は、絶え間なく人が歩き、通り過ぎては消えていく駅前に移動した。


 夕方の湿気をはらんだ涼やかな風が心地よい。二人は移動販売車でクレープを買い、夕焼けに染まる空を眺めながらカロリーを充填し始めた。


「バリソンさん、今日は楽しかったです」


 朱莉は、ガードレールに腰を預け、並んで腰を預けるバリソンに声をかけた。


 こんなに自然でいられたのは、どれくらいぶりだろうか。


 私がバカやって、事件が起きて、お父さんがいなくなって、二人きりの家族になって。


 お母さんが、生活費の為に仕方なく海外に出発して、一人きりになって。


 そして、あの女。その後は転校した先の学校で周囲となじめず、地毛の珍しい色をからかわれて、先生もそれを見てるくせに助けてもくれなくて。


 お母さんに心配かけたくなくて、今の高校に入ったあとは、普通の女子高生を演じる為にいろんなことを取り繕って。


 作りものの笑顔は絶やさなかったけど自然な笑顔を忘れていたような気がする。

 だけど、今日は違った。


「そうか。〈俺〉にとっても、フジドウアカリと過ごした時間は、貴重なものだった」


 一切予期していなかった普通の回答に、朱莉はつい、バリソンを見つめてしまった。


「……楽しい時間と言えるだろう」


 冷たい瞳が朱莉を見つめる。


「そ、そうですか。よかったです」

「誰も傷つかない、傷つく人間を見ることがなかった一日。尊いと感じる」

「バリソンさん……私も、です」


 忙しく行き交う人々を見ながら朱莉は話を続けた。


「私、色々あって中学生の頃、イジメられてたんですよ。仲間外れにされたり、いたずらされたり。色々あって、お母さんと私だけになっちゃって。お父さんの会社も潰れて、お金なくなっちゃって、お母さん、出稼ぎに出て行ったんです。そんなだから、お母さんに心配かけたくなくて、『私は幸せに暮らしてるよ』って、お母さんを安心させたくて、だから毎日、友達が沢山いるふりしたくて」

「だから、本村達と共に行動していた」

「うん。でも、それって間違いですよね。一人ぼっちだけど、今のほうが何百倍も幸せですよ」

「そうか。〈俺〉も、フジドウアカリと共にいる時間は、いつもの〈俺〉が過ごしている時間よりも、フジドウアカリが感じているのと同じく、元の自分でいられるように感じる」


 朱莉は驚いて、再びバリソンを見つめてしまった。彼は相変わらず、人の流れを観察しているようだったが、その横顔はなぜだか、寂しそうに見えた。


「俺は、人間を助ける為に生まれてきた。この体を助ける為に今も活動している。だが、俺の日常は、人間を助けるとは程遠い状況だ。そんな〈俺〉は弱い存在だろう」

「そんなことないですよ!」


 強い口調にバリソンが振り向く。


「私、バリソンさんのお陰で前に進めました。今も……一緒にいれて嬉しい」

「……どういたしまして、フジドウアカリ」

「ふふ……朱莉、でいいですよ」


 冷徹な顔と、口にした言葉に朱莉はクスリと笑ってしまった。


「……アカリ、その表情、もう一度見せてくれ」

「え? あー……こんな感じ?」


 唐突なバリソンの発言に、にっこり作り笑いを浮かべる朱莉。


「いや、違う」

「うー。じゃあ、こんな感じ?」

「違う」

「無理です!」

「……わかった。記憶した表情を大切にする」

「そうですか。ていうか、どういうことですか?」

「その表情が重要だと感じた。だから大切にする」

「……あ、アリガトウゴザイマス」


 朱莉は、バリソンの素直な発言に恥ずかしくなってしまい、うつむいた。


「アカリ」


 冷たいバリソンの声に返事をしようとしたとき、いがらっぽい声に遮られた。


「兄さん。探したぜ」


 目を上げた先に、バリソンと同じような服を着た男たちが、二人を取り囲んでいた。

 

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〈俺〉は、連中が操縦する背の低いセダンタイプの自動車の後部座席に乗り込み、夜の首都高を移動していた。


 なんでも、連中が言うには射撃を教えて欲しいそうだが、車内に張り詰めた空気、ルームミラー越しに、じろりと視線を向ける運転手、寒いほどに空調を利かせているのに額に汗を浮かべる姿、時折こちらを振り向くM字オールバックの男、ずっと足を揺すっている左隣の短髪の男からは、〈俺〉を殺そうと企んでいるとしか思えない。


 サテンの色とりどりのシャツにジャケットを羽織った姿は〈俺〉と同じだが、現れた六人の内、三人の右腰が膨らんでいることから、銃を持っていることが判る。


 右に視線を垂らすと、フジドウアカリ、いやアカリが、困惑した顔で肩を細めて座っていた。接した肩から震えが伝わる。


「アカリ、寒いか?」

「あ、うん。ちょっと、ね」


〈俺〉は体を捻ってジャケットを脱ぎ、アカリに被せた。そう、寒いのは良くない。

 置いていくという選択肢は、連中がアカリを引き渡せと要求したことで消え去っていた。


「ありがとう」


 幾分か、暖が取れるはずだが、アカリの表情は沈んだままだった。


 無理もない、と思考回路がはじき出す。


 今日、アカリと過ごした時間は、〈俺〉のあるべき姿を思い出させるものだった。


 最近は、人を助けることすらも、暴力のディープラーニングの中に沈んでいたように思える。


 だが、今日、アカリと過ごすことで、人を支えるという思考が、回路の中にぽっかりと浮かんできたのだった。


 アカリが浮かべた『微笑み』という表情をもっと、メモリに溜めておきたいと判断した。暴力の沼に、〈俺〉という存在が沈みこまないように。


 自動車は緩やかに高速道路を進み、その下に巣食う貧困と暴力とは対照的な、煌びやかな電光掲示やネオンを流して、オレンジ色の水銀灯が照らすアンダーパスを通過していく。


 しばらくして、助手席の男が煙草臭い息を吐きながら、いがらっぽい声を上げた。


「兄さん、着きましたぜ」

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バトルエッジ・バリソン 鋼 電慈 @haga-den-1179

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