第8話
ただ、妻のリノは、学生時代、指原莉乃に似ているだけあって、簡単な読者モデルになっていた。容姿だってスタイルだって自信があった。
だが、そんなに容姿が優れていても、雑誌に写真が出ても、同じように指原莉乃に似ている女性はいるのが、分かった。Googleで検索したら、今のご時世、すぐに出てくる。
そして、リノは、そんな自分の画像でおかずにしている男性がいると思うと、なったら、吐き気がしてきた。
一度、握手会で知り合った男性が、たまたま、ライン交換をしたら、執拗なまでにストーカーまがいの行為をされて、気分が悪くなり、バイトは辞めた。
そして、新橋の会社で仕事をしていた。
今は、素朴に茅ヶ崎で暮らしている。
娘は、風邪は引かず、すくすく育っている。家計は苦しいが、それでも、娘は、近所の友達と上手くやっている。遊んでいる。父親のシンイチも立てている。
だが、シンイチは、もう50歳になって、少し、健康状態が良くないと言える。少し前なら、中性脂肪やコレステロール値も一時期、悪くなり、脂肪肝にもなっていた。それで、リノは、料理を少し、工夫をした。
全うに、仕事をしていると思った矢先だった。
リノだって、本当は、シナリオライターになりたいとか女優になりたいとか思ったことはあった。
また、「指原莉乃に似ている」と言われたら嬉しくなっていた。
だが、そんなシンイチは、今も布団でシクシク泣いている。
情けない夫とも思ったし、また、一方で、そんなシンイチが、羨ましくも思った。妻のリノは、夫のシンイチよりも年下である。しかし、リノの同級生は、シンイチよりもチャレンジ精神があまりない。
シンイチは、昭和の終わりの生まれだが、そんなガツガツした生き方に、リノは、どこか憧れがあった。
ー私にかけていたもの
とリノは、思った。
リノは、学校時代、運動も勉強も、できた。
そして、友人も多く、また、男性とは何人か付き合っていた。
しかし、リノは、「器用だが、何か欠けている」と言われれいた。
それで、「不器用な人間の苦しみを知らない」と友達に言われたことがあった。リノは、屈託がなかった女性だが、大学を卒業する前に、クラスの友達にそう言われて、悩んだ。
そして、そのクラスでの友達の発言を受けて、リノは、関西を離れて東京へ来た。何かの聞きかじりで、脚本学校へ行けば分かるかも、と脚本学校をひとくくりにして考えていたリノもいた。
小説とかドラマならば、不器用な人間の苦しみが分かると思ったが、現実は、そんなに甘くなかった。
そして、そんな物思いに耽っていた。
そして、リノも寝室で寝静まった。
一方、シンイチは、そのままスヤスヤ寝ていたが、やはり、夜中、ごそっと起きていた。
シンイチは、手元にたまたま、いきものがかりのCDジャケットを観て考えていた。
もう若くないと思っていた。
そして、今の会社ならば、給料はあるし、安定した生活があると思っている。そして、父親であるシンイチは、未だに、ミュージシャンになりたいなんて、現実逃避の夢を抱いている。
こんな状況、どう考えたら良いのかと思う。
娘に何て言えば良いのか、父ちゃんは、50歳になっても、こんなミュージシャンになりたいとか思っている、って、娘は、何て思うのだろうか?とも考えていた。もし、今の状況、娘が知ったらどうなるのか、と思った。
シンイチは、父親として、失格ではないかとも思った。
ただ、スマホの音楽を聴いた。
ーはばたいたら戻らないと言って
いきものがかりの『ブルーバード』を聴いた。
そうだ、この曲が、始まりだった。
シンイチは、リノと付き合って、結婚したのも、と思った。
本当は、学生時代、もっと色んなことをするべきだったと悔やんだ。自分は、何をしていたのかとも思った。
50歳になって子供みたいな自分がいると。
そこへ妻のリノは、入ってきた。
「あなた」
「何?リノ?」
そこへ、リノは、そっとシンイチを抱きしめた。
夫婦になってから、シンイチは、リノの身体が、こんなに温かいのかと改めて知った。
何故か、シンイチは、子供に帰っていた。
そして、リノは、大らかな感じで抱きしめていた。
そのままシンイチは、妻のリノは、こんな身体の匂いがすると思った。シャンプーの甘い匂いがした。
1人でいるのが、怖くなったシンイチは、リノをそのままありたけの力で抱きしめた。
シンイチの弱くてはかない心を、リノは、ありたけの力で、抱きしめた。
シンイチは、まだ泣いていた。結婚しているのに、情けない夫だが、それでも、抱きしめた。そして、胸やら臀部もそっと抱きしめた。
きっと、二人の絆を確かめるような感覚だった。
シンイチは、きっと、妻のリノなしでやっていけない、そして、一人で生きていくのが、怖いそんなシンイチは、リノを抱きしめて安心をしていた。
その晩は、二人で、かなり楽しんでいた。夜の逢瀬を。
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