第32話 殺されてもいいよ《一章 完》




「リアやっときた!どこ行ってたの?!」

「ごめんちょっと外に出てた」


急いで会場に戻ると既に一曲目も終わりに近づいていた。私を探して会場を見渡すキオンの元へと向かえば、キオンは安心したように息を吐く。


「カイル様、自分が探しに行くって言って止めるの大変だったんだから」


……それは止めてくれてありがとう。ノクスといる所にカイルが迎えに来るなんて、どう考えてもおかしな絵にしかならないから。

カイルを探すと少し離れた所で目が合う。カイルはこちらに向かって一度微笑んでから、そのままアイリスの方へと向かっていった。


「何もなくてよかった。――じゃあボクと踊ってくれる?」

「ええ、喜んで」


キオンが差し出してくれた手を取る。

二曲目が始まった。




***




「リア、ダンス上手くなったね」

「そう?」


私よりも淡いチェリーピンクの瞳と視線がぶつかる。ステップを踏みながら聞き返せば、キオンは目を細めて明るく笑う。


「うん、凄く。何度も足を踏まれてたのが懐かしく感じる」

「お兄様はいつも涙目だったよね」


踏んじゃうよと言っても、そして実際に踏んでしまっても、キオンは泣きそうになりながら「全然痛くないから大丈夫!」と、いつも強がっていた。


「別に泣いてないからね!」

「うん」


キオンの否定を私は肯定する。私はよく分からないけど、妹には格好良い所だけを見せたいという兄心があるらしい。



「……あーあ、リアがダンス下手なままでいてくれれば良かったのに」

「足を踏まれたいってこと?」

「他の男たちとダンスを踊ってほしくないってこと!」


ぷんぷんと唇を尖らせて、キオンが弧を描く。身体を捻り、くるりと円を描きながら私は回る。


「その心配は不要そうだけど」


多分この後も踊るのはエメルとカイルくらいだろう。杞憂でしかないことを、キオンは本気で悩んでいるようだった。


「それは皆がリアのことを知らないから。知れば絶対に好きになるよ」


キオンは確信を持って頷いた。一体その自信はどこからくるのか。私を過大評価し過ぎる節があるのが問題だった。


「……じゃあ、もしならなかったら?」

「え?」

「もし私が誰からも好かれなかったら……」

「それはソイツらの見る目がなかっただけ!」

「そうなの?」

「そうだよ!でももしリアの言う通りになったとしても大丈夫。ボクは何があってもリアの味方でいるから」


そうキオンは得意げに言い放つ。

胸に何かがつっかえるような感覚に、私は唇を噛む。

期待なんてするだけ無駄だと、今まで何度も思い知らされてきたはずなのに。


「……うん。じゃあ私も」

「リア?」

「何があっても、私も最後までお兄様の味方でいてあげる」



重なる手を私は握った。




***




「お手をどうぞ、お姫様」

「……エメル、その呼び方はやめて」

「キオンに一体何言ったの?もの凄い上機嫌だけど」


聞いてる?私の言葉をスルーするエメルをじっと睨みつけるけど、エメルはそんなことはお構いなしで別の話題を振ってきた。

全く。息を吐いてキオンに視線を移せば、アイリスとダンスを踊っているキオンは遠目からでも分かるほどご機嫌だ。周りに幻覚の花が飛んでいる。


「別に大したことは言ってないよ」


その答えにエメルは私の腰に添えていた手をぐっと引き寄せた。瞬きする間もなく、ぐるりとエメルを軸に私は回る。緩やかなステップから突然、軽快なリズムへと切り替わり面食らう。

一言文句を言おうと顔を上げたところで、エメルと視線がぶつかる。目の前のエメルは、なぜか困ったように眉を下げていた。


「公女って変なところで鈍いよね」

「……そんなこと初めて言われた」


親の顔色ばかり伺っていた幼少期のおかげで相手の感情を察する癖がついたし、自己分析もそれなりにできる方なのに。


「公女はもっと自覚した方がいいよ。自分の言葉が、相手にとってどれほど大きく感じるのか。公女が何気なく言った事でも、人によっては特別な意味を持つこともあるから」


なるほど。キオンは私が考えている以上のシスコンだと、エメルは言いたいのだろう。

私は素直に頷いた。


「うん、分かった」

「……ほんとに分かってる?」


エメラルドの瞳が怪訝そうに細まった。音楽が締め括りへと向かっていくのに合わせて、今度は私からタンッとリズミカルにステップを踏みながらくるりと回れば、エメルは驚きながらも支えてくれる。


「エメルの方こそ、もっと自覚してよね。今もこんなに熱い視線を受けてること」

「俺は公女みたく鈍感じゃないから上手くやれてるよ」

「……ああ」


確かに、ひか恋のエメルも後腐れがない相手をいつも選んでいた。エメルは器用だし言葉通り上手くやるのだろう。


「まぁ止めはしないけど、刺されたりしないようにね」

「うん?」

「これでも一応心配してるんだから」

「えっと、アリア?」


暫くきょとんとしていたエメルが一拍おいて慌て出す。そんなに私が心配するのが以外だったのだろうか。私にもそれくらいの良心はあるってのに。


「ちょっと、何か酷い誤解がある気がするんだけど」


エメルが何か言っているけどすぐ次の曲の前奏が始まり、聞き返す時間はなかった。




***




「エメルとの話は終わったのかい?」

「はい」


波のように揺れながら、優雅な動作でカイルは私をリードする。


「そういえば、先程はご心配お掛けしてすみませんでした」

「いや、何もないならよかったよ。王宮内とはいえ、夜会には酔っ払いとかもいるかもしれないからアリアも気をつけてほしい」


ステップを踏む身体が傾いたのを、カイルが手を添えて流してくれる。白い手袋が素肌へと触れた。


「それにしても、一体いつになったら名前で呼んでくれるんだい?」


数日前の花祭りでカイルは「私のことも気軽に名前で呼んでほしい」と言い出したのだ。断ることも同意することもできなかった私は、ただ曖昧に終わらせた。

でもまさかそれを蒸し返されるとは思わなかった。


「あの時も言ったけど、君には本当に感謝してるんだ」


そうカイルはふわりと笑う。

私にそんな資格なんてないのに。だって、これから私はカイルに酷いことをするのだから。



「最初はキオンとエメルが理由だったけど、今は君やアイリスとも仲良くなりたいと心から思ってるんだよ」


やっぱり同意する訳にはいかなかった。自分のためにも、カイルのためにも。


私はカイルがいつかアイリスと結ばれるのを知っていて、干渉しようとしている。

例えカイルがそうなることを知らないとしても、未来が変わることがあるなら、私がカイルの幸せを奪ったことに変わりないだろう。


カイルの幸せを横取りしておいて、自分は何も差し出さないなんて虫のいいことを言うつもりはない。



だからいいよ。

もし、アイリスがノクスを選んだその時は。





カイルになら殺されてもいいよ。





「なんで笑うんだい?」

「……秘密です」


ドレスを翻して私はターンした。




当て馬の負けたままで終わらせない。

正ヒーローにだって勝たせる方法を私が見つけるから。

今度こそ最後まで見届けよう。

ノクスが幸せになるその日まで。



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