#53 1年ぶりだけど
4年になると3年までに比べて履修する単位数も減って時間に余裕が出来たけど、相変わらず勉強ばかりしつつ、酒屋が忙しい時はなるべくバイトに入り、それと5月に始まる教育実習の準備も進めていた。
そしてGWは毎日バイトして、連休が終わると遂に教育実習が始まった。
『事前説明会を実習初日の前日に実施するので学校へ来て欲しい』と連絡を貰っていたので、リクルートスーツを着て母校の中学校へ歩いて向かった。
職員室へ行き、面談の時にお世話になった教頭先生に挨拶すると、「会議室で説明会するから、行きましょう」と言われ、そのまま会議室へ移動した。
座って待ってる様に言われたので、言われた通り座ると、「もう1名教育実習生が来るから」と言われ、教頭先生と雑談をしながら待っていると、会議室の扉が開いて「失礼します」と言ってタイチが入って来た。
んんん???
驚いて教頭先生の顔を見ると、ニヤニヤしてる。
もう一人の教育実習生がタイチだってこと、わざと黙っていたみたいだ。
タイチは私の顔を見ても、驚いてる様には見えない。
もしかして、タイチは私が居ることを事前に聞いていた?
っていうか、タイチは3年で教育実習終わってるんじゃ?
なんでまた実習に来てるの?
色々と混乱したまま説明会が始まった。
教頭先生の説明の中で、どうしてタイチがまた教育実習を受けているのかは判明した。
タイチは、小学校と中学校の両方の教員資格取得をする為、小中と両方で実習を受ける必要があって、3年で小学校を、そして4年の今年は中学校へ教育実習で来ていると言うことだった。
そして、私の実習期間は1カ月だけど、タイチは2週間で終わるらしい。
そのほかにも、私は2年のクラスに配属されて、タイチは1年のクラスに配属されることや、そのクラスの担任の先生が実習期間中の指導担当になって、私とタイチは授業以外は今居る会議室を控室として使うことなどが説明された。
説明会は終始和やかな雰囲気で、タイチは教頭先生とフレンドリーに会話してて、どうしても気になってタイチのことをチラチラと見てしまった。
1年ぶりに見るタイチはすっかり痩せてて、声は明るいけど顔色が良く無くて、あまり元気そうには見えなかった。
でも、あくまで私が受けた印象だし、ただ忙しくて疲れてるだけなのかもしれないけど、1年前に会った時の様な意味不明な元気さは、微塵も感じられなかった。
だけど、そもそも私が気にするべきことじゃないと思い、そのことには触れないようにした。
説明会の最後に教頭先生から「色々あっただろうけど、教育実習の期間はくれぐれも私情を持ち込まないように。 教育の現場をこの目で見て、1つでも多く何かを学ぶことに集中してください」と言われ、タイチは「はい、大丈夫です」と即答し、私も「問題ありません。がんばります」と答えると説明会は終わり、解散となった。
3人で会議室を出ると、「明日からよろしくお願いします。失礼します」とタイチが教頭先生に挨拶してスタスタと玄関に向かって歩いて行ってしまったので、私も「失礼します」と挨拶して、タイチを追いかけた。
だけど、追いついたは良いけどなんて声を掛ければ良いのか分からず黙って歩いていると、タイチの方から「チカも教職課程受けてるんだってね。面談の時に教えて貰った」と話してくれた。
「うん。2年から履修してる」
「そっか。 教育実習に来てるってことは、教員資格は取れそうなんだね」
「うん。 タイチも小中の両方なんて、凄いね」
「凄くないよ。そういう環境だっただけだし」
玄関に着いて靴に履き替えると、「じゃあ、武道場寄ってから帰るから。 明日からよろしくね」と言って、さっさと歩いて行ってしまった。
タイチの背中に向かって、「うん、またね」と言って、私も校門へ向かって歩き始めた。
タイチと「またね」と挨拶出来る日が来るなんて、思いもしなかった。
でも、最初こそ混乱して動揺したけど、今は結構冷静だ。
多分、タイチが落ち着いてて冷静に対応してくれてたから、私も冷静で居られたんだと思う。
翌日から教育実習が始まると、教室での実習は、新鮮で楽しかった。
だけど、授業が終わり控室である会議室でタイチと二人きりになると、お互いビジネスライクの態度で、業務的な会話しか無かった。
私にとってタイチも一緒だったことは偶然のことだし、本来の目的である実習が一番大事だったので、それで全然問題無かったし、却って精神的に色々乱れることが無くて、そういうタイチの態度には助かっていた。
でも、やっぱり、タイチは元気がない様に見えて、そのことだけは気にかかっていた。
けど、そんな私の心配などは関係なく、あっという間に2週間が経ち、タイチの教育実習は終わってしまった。
最終日に教頭先生が会議室に来て、「坂本、この後、メシ行こう」と誘ってて、ついでに私にも「幸田さんも一緒にどう?」と誘ってくれたので、私も行くことにした。
食事にはタイチの指導担当だった先生も来て、4人で近所の炉端焼きのお店に入った。
食事中はお酒も入って、教頭先生はずっと中学時代のタイチのことを話してて、指導担当の先生は「坂本くんは目が死んでる」とずっと言い続けて、私にも同意を求めて来たので「はい、覇気がないと思います」と答えておいた。
当の本人は、「これからの教育現場を背負う光り輝く若者に向かって目が死んでるとか覇気が無いと言うのはどうかと思うんですけど」とか「こういうのをアルハラと言うんじゃないですか?僕が教育委員会に駆け込んだら教頭先生の首が飛ぶんじゃないですか?少なくともお説教コースには持ち込めると思うんですけど」とブツブツ不満を漏らしていたけど、教頭先生も指導担当の先生も酔っててまともに相手にして貰えてなかった。
2時間程でお開きとなり、教頭先生と指導担当の先生は家族が車で迎えに来ると言うので、お店の前で解散となり、「ご馳走様でした」と言ってから私とタイチは歩いて帰ることになった。
しばらく黙って歩いていたけど、私からタイチに話しかけた。
「ずっと元気がない様に見えたけど、何かあったの?」
「・・・別に」
「去年会いに来てくれた時はもっと元気だったじゃん。それにあの時は太ってたのに今は凄い痩せちゃって。 ちゃんと食べてるの?食料品送るの止めない方が良かったんじゃないの?」
「チカには関係ない」
「・・・」
『関係ない』と言われてしまうと、それ以上は何も声が掛けられなくなって、再び黙ったまま歩いていた。
でも、10分もしないウチに、今度はタイチから話し始めた。
「女の人ってさ・・・・・やっぱ、いい」
「なに?何言いかけたの?」
「なんでもない」
「何でも無さそうじゃないじゃん。聞きたいことあるなら言ってよ」
「・・・じゃあ聞くけどさ、なんでチカは僕のこと、捨てたの?」
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