#52 手紙が届いて




 坂本タイチ様



 拝啓。


 先日は遠いところを来て下さったのに、お構いできずにすみませんでした。ご心配お掛けしましたが、母は無事に退院しまして、今は自宅に戻り静かに療養しています。


 大学の方ですが、休学手続きをすることにしました。

 一緒に卒業出来なくなり、申し訳ありません。


 タイチくんには迷惑ばかり掛けてて、本当に申し訳ないです。

 このままだと私はタイチくんの重荷のままです。タイチくんが無理して私に会いに来てくれて、それが痛い程わかりました。


 タイチくんにとって重荷であることが、今はとても辛いです。

 この先ずっと、タイチくんの傍に居たかったのに、辛いんです。


 だから、私と別れて下さい。


 私のことは忘れて、勉強を頑張って下さい。

 タイチくんなら絶対にいい先生になれます。

 ずっと傍で見てきた私が、保証します。


 だから、私の夢は、タイチくんに託します。


 今まで、本当にありがとうございました。

 タイチくんと過ごした日々は、何にも代えがたい大切な思い出となりました。一生分の素敵な時間を過ごすことが出来ました。


 これからは、タイチくんのご活躍を祈って、遠く離れた地から応援しています。

 どうか、お幸せに。

 さようなら。


 敬具。



 瑞浪イロハ





 ===




 慌てて連絡を取ろうとスマホを手に持つと、その手が震えていた。


 震える手でイロハさんの連絡先を開き、通話アイコンをタップして耳に当てる。



 だけど、いくらコールしても出てくれない。

 もう一度掛け直しても同じだった。


『話がしたいです。電話に出てください』とメッセージを送っても、既読が付くけど返事が無い。

 何度もメッセージを送っていると、その内に既読も付かなくなった。



 イロハさん!どうして!

 イロハさんは重荷なんかじゃない!

 僕には必要な人なのに!


 会いに行かなくっちゃ。

 直接会って話すしかない。


 でも、僕が黙って会いに行ったから、イロハさんは自分が重荷だと思ってしまったのなら、会いに行ってもいいのか?


 いや、連絡が取れない以上は会いに行くしかない。

 ココで諦めたら、僕は絶対に後悔する。

 高校の時みたいに、逃げたらダメだ。



 直ぐに出かける準備をして、途中銀行でお金を降ろしてから駅に向かった。


 前回と同じように在来線を乗り換えて敦賀に向う。

 車窓から見える景色はまだ雪景色だけど、そんなことが頭に入ってこない程、ずっと不安で動揺していた。



 どうしたらいいんだ?

 何て言えばイロハさんを説得できる?

 一度言い出したら聞かない頑固者のイロハさんを、僕に説得できるのか?




 気持ちばかりが焦り、落ち着かないまま敦賀駅で乗り換えて更に20分程電車に乗り、着いた駅で降りると30分程バスを待って、バスに乗ると15分程で目的地に着いた。


 到着したバス停で降りると、山に囲まれた土地で人通りが全く無く、目印になる様な物も何もなかった。


 スマホの地図アプリでイロハさんの住所を調べて、そこから歩いて向かう。


 イロハさんの家はバス亭から歩いて5分程の所にあった。

 門などは無いけど生垣に囲まれてて、日本家屋の大きな家だった。

 イロハさんの家の周りにも同じような大きさの家が数件並んでて、1つの集落になっていた。


 敷地の中を覗くと人影が見当たらないので、砂利の通路を通って玄関前まで来た。



 郵便受けに書かれたいくつもの『瑞浪』の性の名前を確認し、その中に『瑞浪イロハ』の名前を見つけ、ここがイロハさんの家で間違いないことを確認出来て少しホッとするけど、インターホンを押そうと伸ばした手は震えていた。


 インターホンのボタンを押すと、数秒して中から「は~い」という声が聞こえて、横引きの玄関扉が開いて中からイロハさんが姿を見せた。



 僕の顔を見て驚いた表情のまま絶句して固まっているイロハさんに向かって、頭を下げた。


「どうしても話をしたくて、来ました」


「・・・」


「どうか、話をさせてください。このままなのは納得出来ません」


「ごめんなさい。 帰って下さい」


「なんで・・・」


「お願いだから、帰って下さい」


「話だけでも」


「迷惑なんです。 もう会いたくないんです」


 イロハさんはそう言うと、両手で顔を押さえて泣き出した。


 泣いてるイロハさんに手を伸ばそうとすると、玄関扉をピシャっと閉められ、中から「部屋の鍵はマンションの郵便受けにでも入れて置いて下さい。それで、もうココには来ないで下さい」と聞こえ、鍵を掛けられてしまった。



 呆然と立ち尽くす事しか出来なくて、いくら待っても2度と玄関扉が開くことは無くて、帰ることにした。



 何も考えることが出来なくて、茫然自失のまま家に帰った。

 自分の部屋に帰ると夜の11時を過ぎてて、着替えもせずにそのまま倒れる様に寝た。



 翌朝、目が覚めてスマホで時間を確認すると、7:50だった。


 不意にイロハさんと別れた実感が湧いてきて、初めて泣けた。





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