#51 心配で会いに行ってみたけど
冬休みの間、イロハさんとは毎日通話していた。
気丈に話していても、日に日に不安が募っていることが声だけでも分かった。
本当なら僕も傍に駆け付けたかった。
傍でイロハさんの不安を少しでも一緒に背負って、軽くしてあげたかった。
でもそれは、手術を前にしたお母さんやイロハさんの心労、そして他のご家族のことを考えれば、迷惑になると思いなおした。
しかし、冬休み最後の日の夜、イロハさんから通話で『手術が終わるまで、こちらに残ることにします』と告げられた。 責任感の強いイロハさんは、これまで自分の我儘で県外の大学へ進学して、お母さんへ心配や苦労させてきたことに責任を感じていたんだと思う。
そんなイロハさんのことが心配で『僕もそっちに行く』と言いそうになったけど、『何とか後期試験までには戻りたい』と言うので、グッと堪えて、『戻って来るまでの授業内容は僕の方でしっかり勉強しておくから、戻ってきたら直ぐに試験の準備をしよう。だから、今はお母さんの傍でしっかり支えてあげてね』と伝えた。
冬休みが終わって一人での生活が続き、いつも一緒にいるイロハさんが居ないことを心配した大学の友達たちからは沢山声を掛けられ、その度に「実家の事情で帰省が長引いている」と説明した。
僕は後期試験に備えて勉強を続けつつ、イロハさんとも毎日連絡を取っていたが、2月になり、お母さんの手術も無事に終わったと聞き一安心したけど、イロハさんからはコチラに何時戻るかの話が出てこないまま後期試験が目前に迫った。
流石にこのままだとイロハさんが試験に受けられないと心配になり、僕の方から初めて『いつ戻って来れそう?』と尋ねると、しばらく間があったあとに、『わかりません。ごめんなさい』と返事があり、僕は『そっか』としか返せなかった。
結局、イロハさんは後期試験が始まっても戻って来なくて、留年が確定した。
僕もイロハさんの事が心配で試験はボロボロだったけど、何とか必要単位は取得出来て留年は免れた。
だけど、もう限界だったので、イロハさんの地元へ会いに行くことを決めた。
事前に『忘れ物があるから部屋に入るね』とメッセージで断ってから、合鍵を使ってイロハさんの部屋に入り、実家の住所とお母さんが入院している病院の名前を調べて、アルバイト先で店長や同僚に相談してシフトを交代して貰って、福井へ向かった。
イロハさんには会いに行くことは事前に言わなかった。
言っても断られると思えたから。
在来線で途中北陸本線に乗り換えて敦賀へ向かった。
車窓から見える景色は米原辺りから雪景色となり、敦賀に到着して降りると幸い降雪は大したことが無かったので直ぐにバス停へ向かい、目的の病院へ行く路線バスを探し、丁度出発を待っていたので飛び乗った。
病院へ向かう途中、ドキドキしていた。
イロハさんに怒られるんだろうな。
でも、喜んでもくれるかな。
お母さんも快復に向かっている様なら、挨拶くらいは出来るかな。
そんなことを考えていると、バスは病院へ着いた。
受付を探して、以前イロハさんから聞いていたお母さんの名前を出して、「瑞浪ミサトさんという方が入院してると思うんですが」と尋ねると、面会者カードを渡されたので、それに自分の氏名や入院者との関係などを記入しながら、イロハさんへ『今病院の受付に居ます。会えるかな?』と初めてメッセージを送り、受付に面会者カードを提出した。
直ぐにイロハさんから『どういうことですか?』と返事が来たけど、それに返信する前に受付の方からお母さんの入院している部屋を教えて貰えたので、エレベーターに向かった。
教えて貰った階で降りて、行き交う人の邪魔にならないように部屋を探していると、背後から「タイチくん!」と名前を呼ばれて振り向くと、ようやくイロハさんに会うことが出来た。
約2カ月ぶりのイロハさんは、少し呆れた様な、でも怒った表情をしていた。
「どうして急に」
「黙って押しかけてごめん。心配だったから」
「・・・場所を変えましょう」
「うん」
その階にあるガラス張りの談話室に行くと自販機があったので、缶コーヒーを2つ買って、4人掛けのテーブルに向かい合って座った。
背負っていたリュックを隣のイスに降ろして腰を落ち着けると、イロハさんは相変わらず怒った表情のまま、謝り始めた。
「色々ご心配掛けてしまって、ごめんなさい。 試験までに戻るつもりでしたけど、どうしても母のことが心配で」
会ったら色々話したいことがあったけど、イロハさんの顔を見たら、何を話そうとしてたか忘れちゃって、話しているイロハさんの顔を見つめていた。
「お母さんは、快復に向かってるの?」
「はい。明後日検査を受けて、その結果が良ければ直ぐに退院出来るそうです」
「そっか。良かった」
「でも、退院してからも家での生活が少し心配で」
「じゃあ、もうしばらくコッチに?」
「はい・・・ごめんなさい」
「いや、僕に謝る必要なんてないよ」
そこから会話が途切れてしまった。
なんとなく、イロハさんとの間に壁を感じた。
それでも、今後のことが心配なので「大学はどうするの?」と聞くと、「しばらく休もうかと」と教えてくれた。
そう話すイロハさんの表情は、普段僕に見せてくれてた様な強い意志が込められた真っすぐ僕を見つめる表情とは程遠い、疲れて諦めてる様な表情だった。
「そっか・・・僕に何か出来ることがあれば」
僕がそう言うと、イロハさんは首を横に振って、「タイチくんは、自分の勉強を頑張って下さい。 4年になれば、また直ぐに教育実習があるんですから」と言われてしまった。
僕を頼ろうとしないイロハさんの態度に無性に悲しくなったけど、今日一度も笑顔を見せてくれないことに、僕が急に訊ねて来たことが本当に迷惑だったんだろうと思えて、それ以上は何も言えなかった。
「今日はごめんね。 そろそろ帰るよ」
「・・・」
僕が立ち上がりリュックを背負うと、イロハさんは座ったまま無言で僕を見つめていた。
その表情が凄く悲しそうに見えた。
「そんな顔しなくても大丈夫だから。 お母さんが元気になったら、また一緒に勉強しよう」
そう言ってイロハさんの傍に寄ると、イロハさんは立ち上がり顔を俯かせた。
黙ってイロハさんを抱きしめると、イロハさんは小さい声で「ごめんなさい」と言って肩を震わせていた。
「だから僕に謝る必要なんてないんだから。 また会いに来るね」
「ごめんなさい・・・」
そのまま黙って抱きしめていると、しばらくしてイロハさんは僕から離れた。
「もう大丈夫です。気を付けて帰って下さい」
「うん。見送りは良いから、お母さんのとこに戻ってあげて。 お母さんにもよろしく伝えてね」
「はい、ありがとうございます」
エレベーターまでイロハさんは見送りに来てくれて、「ここでいいから」と言ってエレベーターに乗り込み、見送るイロハさんに向かって無理矢理笑顔で「体に気を付けてね。またね」と手を小さく上げると、イロハさんは「タイチくんも体に気を付けて下さい」と言ってくれて、エレベーターの扉が閉まった。
病院を出ると雪が降り始めていて、風も強くなっていた。
ここはしばれるな。
敦賀駅までバスで戻ると、食事もしないままその日の内に帰った。
お母さんの事や看病疲れに大学の事やこの先の将来の事など、心労が重なって今一番辛い時期なのは理解してるけど、それでも顔を見たら少しは喜んでくれるんじゃないかと期待する気持ちがあった。
でも、実際にはイロハさんは一度も笑顔を見せてくれなくて、そのことが悲しかったけど、その想いを口に出してはいけないことだと思えて、以来イロハさんに電話が掛けづらくて、体調を心配するメッセージを1日1通送るくらいしか出来なかった。
そして、イロハさんに会いに行った日から1週間後、イロハさんから封書が届いた。
封筒の中には、1通の手紙と僕の部屋のスペアキーが入っていた。
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