#50 夢に近づく実感
ひとしきり泣いて、落ち着いてからお店に戻って残りの仕事を片付けて、家に帰りシャワーを浴びたら、冷静になった。
既に私がタイチの眼中にないことが身に染みて分かった。
よく『好き』の反対は『無関心』と言うけど、それに近いのだろう。
忘れられた存在だったけど、食糧を支援していたことをタイチは知って、それで久しぶりに私のことを思い出して、お礼だけはしておこうと思った。ただそれだけのことなんだと思う。
そこには過去の私への嫌悪も憎しみも、薄れてしまったのかもしれない。
エリコさんは、『タイチは高校卒業してチカちゃん置いて実家出た時点でもう怒ってない』と言っていた。
タイチは、『今の生活や大学が楽しくて高校時代のことはあんまり考えなくなった』とも言っていた。
今は彼女が居るらしいし、元カノのことなんて考えなくなるって言うのは、理解は出来る。
でも・・・
二股浮気女だぞ!?私は!
やっぱオカシイよ!坂本姉弟!
冷静になって、いくら考えてもオカシイよ!
恨みごとの1つくらい、普通言わない!?
『よく僕の前に姿を現したな!このクソビッチ!』くらい言うでしょ!?
いや、向こうから私に会いに来たから、『姿を現したな!』とか言われても、困るんだけど。
そうだ、私からエリコさんに会わせて欲しいってお願いしてたんだし。
ダメだ。
やっぱりまだ混乱してるよ、私。
一応は謝罪出来たし、タイチが元気にしてるのも実際に自分の目で確認できたし、食糧支援してたことだって感謝してくれてたし、最後には私の名前を呼んで『頑張ってね』って応援までしてくれて、私にとって良いこと尽くめなんだけど、だからこそ理解不能なこの状況に、凄い消化不良感が残ってる。
私が文句を言えた立場じゃないのは百も承知してるけど、だから、その、文句言えないからこそ、モヤモヤ感が凄く残ってしまった。
でも、今までの100%罪悪感の中で生きて来たのに比べれば、マシなのかな?
そうだよね。
エリコさんもタイチも、決して私に意地悪しようとしてたわけじゃ無いし。 私が勝手に、思ってたのと違う状況に戸惑って混乱してるだけなんだ。
兎に角、私は今まで通り、自分の道を突き進もう。うん。
教員資格を取るのも、罪滅ぼしでは無く、自分の為なんだから。
そこにタイチは関係ない。
結局、2年ぶりにタイチと会ったからと言って、私の生活は何も変わらなかった。
罪悪感が少し軽くなったのと、それ以上のモヤモヤ感は残ったけど、日々の忙しさの中で過去の事はほとんど思い出さなくなっていた。
◇
3年の前期試験も1つも落とすことなく終わり、夏休みに入る直前にゼミの教授に声を掛けられ、夏休みの間、ボランティアに参加することになった。
小中学生の不登校の子供が通うフリースクールに週に2~3日行って勉強を教える活動で、教授から「教師を目指すなら、不登校児の実情を実際に自分の目で見てきたらどうか」と言われ、やってみることにした。
事前にスタッフの方と面談して日程のことや心構えなどを教わって、「やっぱり不登校になるくらいだから、繊細な子供ばかりなのかな」と初日はかなり緊張しながら二人の小学生の女の子を相手に、勉強を見た。
教科は算数で、テキストの問題を時間を掛けて1つづつ丁寧に説明することを心掛けていたけど、とにかく大変だった。
何が理解出来てないのかが分からない。
間違えてる問題や行き詰っている問題をかみ砕く様にして説明しても、理解してくれてる手応えが全くない。
そして、集中力が続かないのか、直ぐに脱線してしまう。
結局初日はグダグダのまま時間が終わってしまい、後でスタッフの方に相談したら、「幸田さんは、堅すぎる。幸田さんの話を聞いてる子供が飽きてしまっていた。 もっと自分に興味を持ってもらうことから始めたらどうかな」とアドバイスを貰った。
自分に興味か・・・
今の自分に興味を持って貰えるような何か、あるのかな・・・
うーん、うーん、と悩んで悩んで、悩んだ末に自分の部屋の押し入れに封印していたダンボールを出して、中から高校時代に使ってたコスメ一式と服を出した。
次のボランティアの日、高校時代の頃のまんまのメイクと服装で行ってみた。
そしたら、子供たちの喰いつきが全然違ってた。
相変わらず話は脱線しがちだったけど、自分に興味を持って貰うことは成功した。
担当してた子供以外にも、中学生の子とかも私のところに質問に来たりして、子供たちからは『チカ先生』と呼んで貰えるようになった。
それからは、毎回ボランティアの日だけ同じようにギャルのメイクにファッションで行くようにして、子供たちとも打ち解けて、学習のことでも子供たちが理解出来てない部分を汲み取ることが出来るようになり、そしてプライベートなことなど色々な話を聞かせて貰えるようになった。
一人一人抱えている事情は違えど、どの子にも共通して感じたのは、子供は私が思っていた以上に敏感で繊細。
親や先生、友達の言葉や態度に、敏感に反応して、一喜一憂して、そして傷つく。
そんな子供たちを見て、とても勉強になったけど、それ以上に自分の子供時代の事が猛烈に恥ずかしくなった。
いつも独善的で独りよがりで、周りのことよりも自分の意思を通すことばかり考えていた。
タイチに対してだってずっとそうだった。
タイチに捨てられて自分の行いに反省したつもりだったけど、このボランティアに参加したことで、自分の根底にある問題を改めて自覚することが出来た。
そして、ただ教師になることを目指すだけでなく、『どんな教師になりたいか』というビジョンが朧気ながらも、固まりつつあった。
夏休みが終わり大学の講義が再開すると、再び勉強中心の生活に戻り、秋になり、あっという間に冬が来て、年が明けて教員資格取得を決めてから丸2年が経った。
この2年間で、『教師になる』という目標は、完全に自分の夢になっていた。
タイチが教育大に進学したことはあくまで切っ掛けで、今は自分の意思で教師になりたい。
そして、その夢に着実に近づいている実感があった。
後期も1つも落とさずに単位を取得出来れば、4年で教育実習に行くことが出来る。
そこまで行けば教員資格の取得は大丈夫だと言える。
なので気を引き締め直して勉強に集中して、後期試験も無事に1つも落とすことなく終えることが出来た。
早速、春休みに入る前に学生課に相談に行き、教育実習のことで相談した。
必要な手続きなどの説明を受けて、春休みに入ると直ぐに母校の中学校へ「平成〇〇年卒業の幸田チカと申します」と名乗った上で、大学名と教育実習を受けさせて欲しい旨を相談すると、快諾して貰え、直ぐに面談して貰えることになった。
面談に備えて美容院に行って、当日は大学の入学式の日に来ていたスーツを着て、歩いて母校へ向かった。
職員室を訪ねて教頭先生に挨拶すると、私が在学当時に居た知ってる方だった。 当時は教頭先生じゃなかったけど、タイチが在籍してた剣道部の顧問をしていた先生だ。
相手も私のことを覚えていたらしくて、面談の中での雑談で、当時のことなども話題に出た。
私とタイチが付き合ってたことは有名な話だったので、先生もそれで私のことを覚えていたらしく、タイチの話題も。
もう今は付き合っていないことを話すと微妙な顔をされたけど、今は国立の教育大に居てタイチも教師を目指していることを話すと、かなり驚かれた。
中学時代のタイチは成績は決して良く無かったし、高校だってかなり無理してなんとか合格出来たくらいだったから、中学時代の先生からしてみれば、「あの剣道バカの坂本が国立!?」と声を出して驚くのも仕方ないと思う。
私の教育実習の方は、無事に5月の連休明けから1カ月と決まり、こうして順調に4年生へと進級することになった。
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