#49 姉ちゃんの想いと彼女の事情




 チカと会った後、帰りの車の中で、姉ちゃんにお礼を言った。



「姉ちゃん、ありがと。 ちょっとだけスッキリしたよ」


「チカちゃん、すっごい変わってたでしょ? 先月ウチに空ビン回収来た時もゴリラみたいだったよ」


「あ! 前に言ってた酒屋の若い子って、チカのことだったのかよ!?」


「うん、そうだよ。 あの時は会えたら面白いことになるって思ったんだけどね」


「面白がってんなよ!」


「じょーだんだって。本当に会わせるつもりなら事前に居るか確認してから連れてったし、タイチがもう大丈夫そうか確認したかったんだって」


「っとに相変わらず自由過ぎるだろ」





 今日、チカに会いに行く車の中で、姉ちゃんに「どうしてそんなにチカに同情的なの? 姉ちゃんも母さんも前は凄く怒ってたじゃん」と聞いてみた。



「人間、いつどうなるか分かんないからね。明日いきなり地震が来て、みんな死んじゃうことだってあるんだから。 だから私は、悔いを残すような人生は嫌なの。それに、タイチにもチカちゃんにも悔いを残すような人生送ってほしく無いの。


 そりゃ誰だって若いウチは色々あるよ。人生なんて失敗の連続じゃん。

 でもさ、許す許さないってそればかり固執してたら、いきなり地震が来ちゃうかもだよ?

 死ぬ間際に、悔いが残るかもだよ?


 だからさ、短い人生、失敗にどう向き合ってくかが大事なんだと思うのよね。 反省するのも下向いて落ち込むのも良いけどさ、前には進んでて欲しいのよ。 走らなくても良いから、ゆっくりでも良いから、前を向いて進んで欲しいの。


 最初は私も怒ってたけど、チカちゃん見てたらそんな風に考える様になったんだよね。前に進もうとしてるチカちゃん見てたらさ、応援したくなっちゃったのよ。 お母さんだって多分同じだよ。あれだけ怒ってたお母さんが、ついつい気に掛けたくなるんだよ、今のチカちゃんは。 まぁ、お母さんの場合は、アンタが全然帰ってこないからアンタの代わりってのもあったかもだけどね」



 姉ちゃんの言いたいことは分る。

 確かに、今日地震でも来て死にそうになったら、僕は沢山悔いを残すだろう。

 ぶっちゃけ、そこにチカのことは無いけど。


 でも、過去のこととして吹っ切ったと自信を持って言うのなら、憎しみを引き摺る必要は無いように思える。

 フラットな気持ちで会えば良いんじゃないかな。

 イロハさんなら、何て言うかな?



 と、そんなことを考えながら会いに行けば、誰この人?っていうくらい変わってたチカが居た。

 髪はイロハさんよりも短くなってるし、GパンにTシャツ姿で化粧もしてなかったんじゃないかな。

 高校時代イケイケだったあのチカとは思えないほど、地味になってた。

 地味というか、容姿や服装を気にしてない感じ。

 ザ・労働者って感じかな。


 でも、気の強さは昔のまんまだった。

 ズバズバはっきり言うところも。

 だから僕も普通に話せた。


 今まで支援して貰ってた義理がコレで果たせたかは分からないけど、お礼も何も言わないままより、ずっと良かったと思う。



 チカのことは想定外の出来事だったけど、こうして無事に1カ月の教育実習も終わり、僕は大学へ戻った。




 ◇




 大学に戻ったけど、イロハさんは1週間程僕とはズレているのでまだ戻って来ておらず、一人で大学生活を再開した。


 大学への報告や課題の提出などを一人で済ませつつ、イロハさんが戻るのを指折り数えて待っていた。


 勿論、毎日イロハさんとは連絡を取っていたし、元気に頑張っていることは知ってる。

 でも、早く顔を見たくて仕方なかった。

 それに、お母さんのことだってあるし、卒業後のこともキチンと考えなくてはいけない。

 お互いの意思を確認して、どうするのが良いのかしっかりと話し合って決めたかった。



 帰省していた間、卒業後のことは両親には話せなかった。

 まだイロハさんと相談出来て無かったし、不用意に心配を掛けてしまうのも良くないと思ったから。




 そして、イロハさんから『今戻りましたよ。色々心配かけてしまって、すみませんでした』と連絡が入ると、自転車ぶっ飛ばして会いに行った。



 イロハさんのマンションに着くと、いつもの様に駐輪場に自転車停めて、玄関前でピンコーンとインターホンを押して『は~い』とイロハさんの返事が聞こえて扉が開くと、有無も言わさずイロハさんを抱きしめた。


 前回の逆だ。

 1カ月も会えなかったから、今度は僕が寂しくて仕方なかった。

 会いたくて会いたくて、毎日イロハさんのことばかり考えてた。



 情けないことに、イロハさんを抱きしめながら「会いたかったよぉ~」と泣いてしまった。


 そんな僕をイロハさんは「私も会いたかったですよ。元気なタイチくんに会えて嬉しいです」と言って抱きしめ返して、背中を優しく撫でてくれた。



 その日はイロハさんの部屋に泊まり、色々な話をした。


 まずは、お母さんの容態。

 依然変わらず、自宅で普通に生活しながら通院を続けているけど、今後は入院して手術をする相談もしているそうだ。

 早ければ、年明け早々と言っていた。

 その時期は大学の後期試験と被るから、イロハさんはお母さんの看病などには行けないことになる。


 それと、教育実習の方は問題無く終えることが出来たそうだ。

 僕と同じように、お世話になった母校の先生方に地元に戻って来ることを勧められて、やっぱり嬉しかったらしい。


 他にも、両親に僕のことを話したことを教えてくれた。

 お母さんは喜んでくれたらしいけど、お父さんは怒ってたらしい。

 でもイロハさんは、「父のことは気にしなくていいですよ。自分の想い通りに行かないことに怒ってるだけですから」と言って、全然気にしてない様子だった。


 それと、夏休みの話も。

 夏休みの約2カ月間、イロハさんは実家でお母さんの手助けと家事を手伝う為に、帰省すると話してくれた。


 その話を聞いて、今年の夏休みはイロハさんと一緒に過せないことに、正直とても気持ちが沈んでしまったけど、でもそんな態度をイロハさんに見せてはいけないと思い、「僕の事は大丈夫だから、ゆっくり親孝行してあげてね」と答えた。



 この日は色々なことを話したけど、結局卒業後のことは話せなかった。


 お母さんのことを一番に考えたいのに、僕がその話をすれば、卒業後の選択を迫っているかの様なプレッシャーを与えてしまうような気がしたから。





 前期試験も無事に終わり、夏休みに入るとイロハさんは予定通り帰省した。


 駅まで見送りに行き、ホームで電車が出発する間際、イロハさんは「タイチくん、ごめんね」と僕に謝ったので、「謝らなくていいから。 あまり無理しないで体に気を付けてね。いってらっしゃい」と無理矢理笑って見送った。




 一人での夏休みは、アルバイトばかりして過ごした。


 退屈な毎日で、大学の友達と遊んだり、バイト先の先輩と飲みに行ったりもしたけど、イロハさんのことばかり考えてた。


 どんだけ好きなんだよ!って自分でも思うけど、好きなんだから仕方ない。





 そして、長く退屈な夏休みの終わりが近づくと、漸くイロハさんが戻って来た。


 その日の内に会いに行き、残り僅かな夏休みが終わるまでそのままずっと一緒に過した。





 更に夏が終わり秋になり、僕達の交際も2年が経ち、そして冬休みに入ると、再びイロハさんは帰省した。


 夏休みの時と同じように駅まで見送りに行き、無理矢理笑顔で「いってらっしゃい」と言って見送った。



 でも、冬休みが終わる前に戻って来ると言っていたイロハさんは、冬休みが終わっても戻って来なかった。






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