#48 待望の再会では
その後、エリコさんからは音沙汰も無く、タイチと会えることに諦め始めていた6月の中旬、酒屋で搬入の手伝いをしていた時に、Gパンのポケットに入れていたスマホに着信があり、確認するとエリコさんからの通話着信だった。
来た!
作業をしていた倉庫から外に出て、息を整えながら通話のアイコンをタップした。
『あ、チカちゃん?忙しいとこごめんね。今大丈夫?』
「はい、大丈夫です」
『あのさ、今どこ?タイチが会いたいって言ってるんだけど(いや、会いたいとは一言も言ってないんですけど!?)』
タイチの声!?
いまエリコさんの直ぐ傍に、タイチが居るんだ!
「いまバイト先のお店です!仕事なら抜け出せますので場所指定して貰えれば着替えて向かいます!」
『じゃあ、今からお店に行くね。10分くらいしたら着くから少し時間頂戴ね(え!?今から行くの!?急すぎない!?)』
「あ、でも、私いま仕事着で汚い恰好してるんで」
『別に汚く無いしそのままで良いからね。直ぐ行くから待っててね』
今からココにタイチが来る。
心の準備が出来てないよ。
なんて言えば良いの?
どんな言葉で謝罪するんだっけ。
この1カ月、ずっと謝罪の言葉を考えてたのに、タイチの声聞いたら飛んじゃった。
どうしよどうしよ・・・
兎に角、奥さんに一言言っておかないと!
奥さんに、「坂本さんが私に用事があって今から来るんで、少し抜けます」と伝えると、「遠慮なく休憩しておいで。話が長引きそうならそのまま上がってくれていいからね」と言って貰えた。
せめて身嗜みを少しでも整えようと鏡を見るけど、どうしようも無い程薄汚れた作業姿で、髪を手櫛で整えるのが精一杯だった。
この1カ月、1つだけ決めてたことがある。
謝罪の場で絶対に泣かないこと。
泣いて良いのは、被害者だ。
加害者の私が泣くのは、同情を買おうとするズルい態度だ。
私は、タイチの前では絶対に泣かない。
どんなに罵倒されても、殴られても、蹴られても、全て受け止める。
そうこうしているウチに、お店の駐車場にエリコさんの車が入って来た。
直ぐにお店から出て車に駆け寄ると、エリコさんとタイチが降りて来た。
2年ぶりのタイチは、少し太った?
表情は、なんだか困った時の顔してる。
懐かしいな
私が何か言うと、よくこんな表情してたな
私、いつもタイチを困らせてたんだ。
こんな時に気付くなんて、相変わらず今更で遅いな、私は。
タイチのことが物凄く気になるけど、まずはエリコさんに「無理言ってすみませんでした!ありがとうございます!」とお礼を伝えた。
「いーのいーの、コッチこそ急にごめんね。タイチの教育実習が今日で終わってね、今日か明日しかなかったから。 あ、車ココに停めさせて貰っても大丈夫?そこのケーキ屋さん、まだ開いてたからそこで話ししようか」
と言って、スタスタと歩き出した。
相変わらずマイペースのエリコさんに付いて行くと、タイチも無言のまま私の後ろに付いて来た。
ケーキ屋さんに入り、奥の喫茶スペースのテーブル席に、エリコさんとタイチが並んで座り、その対面に一人で座った。
エリコさんが店員さんにコーヒーを3つ注文して、店員さんがテーブルを離れたのを見計らって、「高校の時のこと、申し訳ありませんでした」とタイチに向かって頭を下げると、タイチも同時に「毎月食料送ってくれて、ありがとう」と言って頭を下げていた。
罵倒されることはあっても、まさかお礼を言われるだなんて考えても無かったので、言葉を失う程ビックリしていると、タイチが話し始めた。
「別に、今日会いに来たのは謝って貰うためじゃないから。 毎月食料送ってくれて凄く助かったから、そのお礼言いたかっただけだし」
「え、でも・・・」
タイチ、怒ってないの???
私、二股してたんだよ?
タイチが絶望するほど傷つけたんだよ?
「もう大丈夫だから。これからは食料送ってくれなくても大丈夫だから。それも言っておきたくて」
「・・・」
「タイチは別に迷惑だって言ってる訳じゃないからね?毎月送ってくれてた食料品をチカちゃんが用意してたって知って、これ以上チカちゃんに負担を掛ける訳にはいかないって思ったんだよね?」
「うん、そういうこと。足りないかもだけど、今までの分も返すから」
タイチはそう言うと、私の目の前に封筒を置いた。
中身を確認して無いけど、現金が入っているのだろうと直ぐに分かった。
謝罪したくてエリコさんに無理言ってセッティングして貰ったのに、謝罪どころか感謝されているこの状況に戸惑いを隠せない。
毎月欠かさず続けていたことがタイチの役に立ってて、そしてそのことを感謝してくれているのは物凄く嬉しい。
でも、あくまで自分の自己満足でやってきたことで、費用だって払って欲しいなんて全く思って無い。
何よりもショックなのが、タイチは私に謝って貰おうとは全く思って無いことだ。
憎いハズの私と再会しても、睨む訳でも無視する訳でも無く、昔みたいに困った表情をしてることが、違和感しかない。
どれだけ寛容なの?
それとも、憎しみすら抱かないほど、私はどうでもいい存在ってこと?
違う。
私にそんなこと言う権利は無い。
「私が好きでやってたことだから、お礼もお金も結構です。 タイチが止めろと言うのなら、今月からは用意するのも止めます」
「でも、かなりの金額だよ? 要りませんって言われて、はいそうですかってならないし」
「要りません。 それと、昔の事、本当にごめんなさい。裏切ってしまったこと、ずっと後悔してます」
「いやだから、そういう話じゃなくて」
「今日私は、謝罪するつもりでした。殴られる覚悟でした。なのに全然怒ってないタイチにどうして良いのか分かりません」
「あーそりゃそうだよ。タイチは高校卒業してチカちゃん置いて実家出た時点でもう怒ってないんだもん。それで復讐終わっちゃってるからね」
「え・・・」
「怒ってないと言うか、今の生活や大学が楽しくて高校時代のことはあんまり考えなくなったから、かな?」
「また彼女の話か!?また惚気るつもりか!?昨日も『イロハさんに会いたいよぉ~』って電話しながら泣いてたんだよコイツ!」
「はぁ!?泣いてませんけど!?っていうか、なんで
え?
イロハさん?
いやいやいや、坂本姉弟はなんでこんなに楽しそうに話してるの?
私、浮気して二股してたんだよ?
そんな裏切者を目の前にして、なんでこんなにはしゃげるの?
マイペースにも程があるよ。
タイチとは5年間付き合ってたけど、こんな一面があるとは知らなかった。
これはタイチの一面というよりも、エリコさんの影響かな?
それとも、今の彼女の影響?
結局、その後も私の謝罪もタイチのお礼もハッキリしないまま有耶無耶になってしまい、今後の支援の中止が決まり、費用の返金だけはなんとか固辞して、解散となった。
お店の駐車場に戻って、二人がエリコさんの車に乗り込み発車するのを見送っていると、助手席に座るタイチがパワーウインドを下げた。
「あんまり無理して体壊さない様にね。 チカも頑張ってね」
「うん・・・ありがと」
駐車場から出て行く車を見送り、車が見えなくなるとその場で腰が抜けた様にしゃがんだ。
どうしてあんな風に振舞えるのか、全く理解出来なかった。
エリコさんは前からそうだったけど、タイチはなんで怒らないの?
なんで、私の体を心配出来るの?
なんで、私に「頑張ってね」って言えるの?
どこまで寛容なの?
でも、やっぱり、会えて良かった。
元気な姿を見れたのが、何よりも嬉しかった。
そして、私の名前を呼んで応援してくれたのが嬉しくて、結局我慢出来なかった。
一人になってから、暗くなったお店の駐車場で声を出して泣いた。
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