#47 教育実習と小さな決断
抱えていたダンボール箱を床に置いて、テープで貼ってあるメモをもう一度確認する。
【タイチくんへ送って下さい。 幸田チカ】
何度確認しても、幸田チカと書いてある。
チカが僕になにを?
って、まさか。
箱を開けると、予想通りインスタントやレトルト等の食料品がギッシリ詰まっていた。
どういうこと?
毎月送って貰ってた食料は、母さんじゃなくてチカが用意してたの?
なんで???
チカってそんなことする様な人だっけ?
超怖いんですけど・・・
あれか。
上杉謙信公は、ライバルである武田氏が北条氏と今川氏から食料攻めにされてた時に塩を送ったっていうけど、地元を捨てて逃げ出した僕を憐れんで支援してくれてたのか?
いやいやいやいや、意味分からんでしょ!
今までの全部チカが用意してたのなら、凄い量だぞ!?
1年の7月から毎月欠かさず送ってくれてたから、コレ入れてイチ、ニイ、サン、シイ・・・・23回!?
1回いくらだったか分かんないけど1万円分くらいはあったんじゃないのか?全部で軽く20万超えるぞ!?
っていうか、母さんたちはチカからコレを受け取って毎月僕に送ってたって言うことだよね?
貼ってあったメモを剥がして直ぐに母さんが居るキッチンへ向かい、問い詰めた。
「コレ、どういうこと!なんでチカが食料用意してんの!?」
「あーそれね。 タイチもアルバイトしてるから量減らしても良いよって言ったんだけど、まだ続けたいって言うから」
「はぁ!?なに言ってるの???減らすも何もなんでチカが未だに絡んで来てるのかって話なんですけど!?」
「そりゃアンタのことが心配だからでしょ。 一人暮らしで大変だろうからってチカちゃんなりにタイチのこと応援してくれてんのよ」
「だからってさぁ!」
「ちゃんとお礼言っておきなさいよ。毎月欠かさず用意してくれてたんだからね。その費用だってチカちゃんがアルバイトで稼いだお金なんだから、大変だったのよ」
「いや、だから!そういうことじゃなくて!なんなの、もう!」
母さんでは話が通じない。
っていうか母さんの様子から、近況を知ってるくらいにチカと交流があるように見える。
で、姉ちゃんが仕事から帰って来たら、同じ様に問い詰めた。
「そりゃあ、チカちゃんなりに罪滅ぼしなんだよ。 あの子、アンタに捨てられてしばらくしたら、すっごい変わっちゃったからね。タイチも会ったらビックリするよ」
「いや、会わないし」
「それもそっか。 でも、何かしらお礼だけでもしておいた方がいいんじゃない?毎月用意するのだってかなり大変だったと思うよ?」
「いや、頼んだ訳じゃないし」
「何それ。勝手にやってたことだから、僕は知らないって? アンタだって毎月凄く助かるって感謝してたじゃん。なのにチカちゃんだって判ったら、掌返して知らんぷりすんの?」
「いや、そんなこと言われても・・・」
確かに、食料送って貰ってたのは凄く助かってた。
特に1年の時なんて、試験とか実習でアルバイトが出来ない時期とか、これのお陰で助かった事が何度もあった。
だからって、そんなに簡単に割り切れる物じゃない。
そもそも、チカのことは完全に吹っ切れてたのに、まさかこんな形で絡んでたとは知らなかったから、急すぎて今更動揺してしまう。
「別にさ、仲直りしろって言ってる訳じゃないんだよ? 礼には礼を尽くせって言ってるの。分かるでしょ?」
「うーむ・・・」
「1カ月はこっちに居るんだから、その間じっくり考えたら?」
正直、凄く困った。
お礼を言う言わないよりも、直ぐに止めて貰うことと、今まで掛かった費用は返済したい。
迷惑だと言うつもりは無いけど、支援して貰う義理も筋合いも無い。
チカとはハッキリと決別したんだ。
でも、それをどうやって伝えれば良いのか分からなかった。
電話やメール?
また手紙で郵送?
それとも、直接対面して?
2年前なら手紙一択だったけど、母さんや姉ちゃんと話したことで、そこに迷いが生じるようになっていた。
そして、このことをイロハさんに相談したかった。
イロハさんに話を聞いて貰って、アドバイスをして貰いたかった。
でも、お母さんの事と自分の教育実習のことで心労が重なっている今のイロハさんに、僕のことで更に心配を掛けたく無かった。
と帰省初日に衝撃的な事実が発覚しつつも、本来の目的である母校の小学校での教育実習は予定通り進み、憧れてた職場での実習は苦労しながらも充実した時間を過ごし、あっという間に6月も半ばで、教育実習も最終日を迎えた。
お世話になった担当教員の先生や教頭先生からは、「卒業後は戻って来るの?」とか「戻って来てくださいね」と言って貰えて、目頭が熱くなる程嬉しかったけど、1カ月お世話になったお礼を言って家に戻ると嫌でもチカとのことを思い出してしまい、気が重くなった。
二日後には、大学に戻る。
イロハさんとは毎日連絡を取り合ってて、お互い励まし合ったり相談したりしているけど、チカのことは結局一度も話せなかった。
チカとのことでケリを付けるなら、今日か明日だ。
掛かった費用がいくらかは分らなかったから、現金で20万用意してある。
あとはどうやって話をしてお金を渡すかだ。
イロハさんならなんて言うだろうか、とずっと考えてた。
『いつも前向きなタイチくんにどれだけ励まされて救われたか』
イロハさんはそう言って僕に感謝してくれていた。
僕の唯一の取り柄は、ソレなんじゃないか。
本当はネガティブでぐずぐずした性格なんだけどね。
でもそれを隠すために、人前ではずっと明るく振舞って来た。
そんな僕にイロハさんは『救われた』と言って好きになってくれた。
だからイロハさんなら、『前を向いて、進んで下さい』と言ってくれるんじゃないだろうか。
後ろばかり見てないで、前を向けって。
過去は過去。
僕はもう、吹っ切れてるんだ。
この日の夕方、仕事から帰って来た姉ちゃんに、チカと会ってみようと考えていることを伝えると、何故か姉ちゃんがその場でチカに電話を掛けて、話し始めた。
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