#46 突然の発覚



 GW直前の月曜日。

 イロハさんが教育実習前の母校での面談の為に実家に三日間帰省したので、今度は僕が留守番となった。


 自分が実家に帰省した時には感じてなかった寂しさが湧いてくるのは何故だろう。

 でも、一人になったお蔭でイロハさんが話してくれたことをじっくり考えることが出来た。



 イロハさんは、『自分が思ってた以上にタイチくんに依存していた』と言っていた。


 僕から見て、今までイロハさんは僕に『依存』してたとは思わない。 あくまで恋人として、仲良く過ごして来ただけだと思う。 寧ろ、僕が地元からコッチに戻って来た日のが、いつもよりも我儘だったし僕に甘えていた。

 

 もしかしたら、イロハさんは、今のこの生活がいつまでも続く当たり前のものでは無いことを自覚して、今が貴重な時間であることと、この先への危機感を感じたのかもしれない。


 この2年間、大学の学業もイロハさんとの交際も順調で、この生活が当たり前のことの様に過ごしていたけど、僕もイロハさんも高校時代に悩んで苦労して、ようやく手に入れた大学生活なんだよね。


 僕もイロハさんも決して堕落なんてしてないし、特にイロハさんは常に分別ある行動をとってて、自分にも僕にも厳しかったし、そして恋人としての時間も大切にしてくれてた。

 あの日、我儘言ってでも僕と会いたいと言ってくれたのは、多分、そこまでして僕と会いたいと思わせるような感情の揺さぶりがあったのだろう。

 

 そして、イロハさんが僕に対しての『依存』を良くない事だと思ったのは、『依存』そのものじゃなくて、教育実習で離れ離れの期間や、この二人の時間がいつか変化する時、例えば大学を卒業して就職したり、離れて暮らすことになった時に、今のままではやっていけなくなるという危機感じゃないかと思う。

 

 その危機感だったら僕も感じている。

 4年になれば嫌でも進路を決めなくてはいけないだろう。

 その時に、イロハさんは僕と同じ選択をしてくれるかは分からない。 僕とは別の地で採用試験を受けると言う可能性だってゼロじゃない。


 僕はその時、なんて答えればいいんだ?

 イロハさんが居ない生活なんて、想像するだけでも恐ろしいのに。 



 イロハさんが居ない三日間、一人での寂しさとそんなモヤモヤとした不安がぐるぐると渦巻いていた。

 もしかしたら、イロハさんも僕が帰省していた間、こんな気持ちだったのかもしれない。



 ◇



 イロハさんが予定の日程通り戻って来ると、直ぐに会いに行き、一晩一緒に過ごした。


 三日ぶりに会うイロハさんは元気が無くて、家族と何かあったのか、それとも母校での面談が上手くいかなかったのかと心配したけど、面談の方は問題なく教育実習は正式に決まったとのことで、家族のことを話してくれた。



「ずっと我儘を通して来たので、卒業後は実家に戻ることになるかもしれません」


「帰省中にご家族から何か言われたの?」


「言われた訳じゃありませんけど、母の体調があまり良くなくて」


「え?お母さん、ご病気なの?」


「はい、私も帰省して初めて知りました。 私に心配かけないようにずっと言わなかった様なんです」


「2年間もずっと帰ってなかったからね、それは心配だね。 治療とか入院とかどんな状況なんです?」


「今の所は普通に生活しながら通院してる様で、お医者さんからも直ぐに入院とか手術とは言われてないようです」


「そっか、一応は大丈夫なのかな? もし僕に何か出来ることがあれば、遠慮なく言ってね。卒業後のことだって」


「ごめんなさい。私の家族のことで心配掛けてしまって」


「ううん。大切なお母さんのことだもん。不安になるのは当たり前だし、僕が心配するのだって当然のことだから、気にしないで」


「うん、ありがとう」



 この日の夜、イロハさんは一緒に寝てる僕の胸にずっとしがみつく様にしてて、その様子がお母さんのことで不安なんだろうと心配だったので、少しでも安心させたくて、寝付くまでずっと背中を撫で続けた。



 だけど翌日には元気を取り戻した様子で、朝食を一緒に食べて一緒に大学へ行き、いつも通りに講義を受けた。


 それから直ぐにGWに入り、連休中は僕のアルバイトの時間以外のほとんどを一緒に過し、教育実習の期間に必要な服等を実家に送ったりと事前の準備を手伝ってくれたり、大学の課題を一緒にこなしつつ、相変わらず仲良くしていた。


 ただやっぱり、実家のお母さんのことは心配の様で、毎日お母さんに連絡をしては体調を確認してて、僕も心配だったので「早く元気になるといいね」とか「教育実習で帰省した時に、お母さんの手助けもできると良いね」と話していた。





 GWが終わり、教育実習も直前となると大学の方ではバタバタとしてて、あっという間に僕の帰省する予定の日が近づいた。


 イロハさんは僕よりも1週間ほどズレているので、僕が先に地元へ帰ることになる。


 今回も前日にイロハさんがウチに泊まりに来てくれたけど、僕の方は地元に帰ることに関してはもう平気だったし、イロハさんのお母さんのことのが心配だったので、「教育実習もお母さんのことも両方大変だと思うけど、無理しないようにね。傍に居てあげられないけど、何かあったら直ぐに連絡頂戴ね」と何度も話してて、その度にイロハさんは「大丈夫ですよ。タイチくんも頑張って下さいね」と答えてくれていた。



 そして実家へ帰省する当日。

 イロハさんが用意してくれた朝食を一緒に食べて、イロハさんは講義があるので、戸締りだけお願いして僕は一人で駅へ向かうことにした。


 荷物を持って出かける時、玄関でイロハさんからキスしてくれて僕に抱き着いて、しばらく離れなかった。


 一人で凄く不安なんだと思う。

 前回と違って1カ月と長いし、お母さんのことだってある。

 でも、もし僕が教育実習をキャンセルしてイロハさんの傍に居ると言えば、イロハさんは絶対に怒るだろう。

 僕達は、先生になるという夢を叶える為に、ココまで来たんだから。

 だから、イロハさんの傍に居たい気持ちを押し殺して、笑顔で「行ってきます」と言って、部屋を出た。



 今回の教育実習は教員資格取得の為の重要なステップで、本当なら希望に満ちた旅立ちのハズなのに、卒業後のことやイロハさんのことなど、不安や心配を抱えたまま、帰省することになった。


 


 長時間の移動中、電車で一人になってからはずっと、卒業後のことを考えていた。

 イロハさんは『実家に帰ることになりそう』だと言っていた。

 そのことについて色々話し合いたかったけど、今はまだお母さんのことで大変だと思ったから、僕からはその話はしないままでいた。


 イロハさんが福井で採用試験を受けるのなら、僕もそうしたい。

 ただ、僕一人で決められる話でもない。


 イロハさんと同じように、僕も我儘を通して県外の大学に行かせて貰っている。

 だから、父さんや母さんに納得して貰う必要がある。

 でも、父さんや母さんのことを考えると、迷ってしまう気持ちもある。


 この2年間ずっと心配をかけてきたし、毎月欠かさず食料品も送ってくれて、僕が少しでも勉強に集中出来る様に支援してくれていた。

 それなのに、僕が卒業後に地元に帰らずに恋人の後を追って別の土地で就職したら、どう思うだろうか。


 そのことが、とても親不孝なことの様に思える。

 だから安易に「福井で就職するから」とは言い辛い。




 地元の駅に着くと、今回は母さんが駅まで迎えに来てくれていた。

 直ぐに車に乗り込んで真っ直ぐ実家に帰り、家に着いて玄関に入ると、下駄箱の上にダンボールが1つあったので自分が送った荷物だと思い、深く考えずに自分の部屋に運んだ。


 だけど、部屋にも自分が送った荷物のダンボールがあって、それらには宅配業者の伝票が貼ってある。 そして今自分が抱えてるダンボールにはそれが無いことに気付いて、「僕の荷物じゃないじゃん。間違えちゃった」とあった場所に戻そうとして、小さいメモが貼ってあることに気付いた。



【タイチくんへ送って下さい。 幸田チカ】




 はぁぁぁ!?

 ナニコレ???







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