#39 惨めだった過去からの卒業




 大晦日の夜、僕の部屋にて。


 僕達は布団の中で裸で抱き合い、語り合った。



 ずっと誰にも話さずに封印していたチカに浮気された惨めな記憶と、大学に入ってからの事をイロハさんに聞いて貰った。


 中学時代にチカと付き合い始めたこと。

 同じ高校を目指して、死ぬほど勉強してなんとか合格出来たこと。

 高校へ入学した日に同じ大学へ進学する約束をしたこと。

 1年のころはいつも一緒に居て楽しかったこと。

 2年から一緒に居る時間が減って、すれ違い始めたこと。

 3学期から違和感を感じ始めてたのに、正面から向き合う勇気が無くて、放置してしまったこと。

 3年になって、その違和感が大きくなり、そして夏休みにチカの浮気を知ったこと。

 1年のときに断られたセックスを、その浮気相手としているのを知って、吐くほど惨めな気持ちになり、チカのことを考えたく無くて勉強に逃げたこと。

 部屋に篭って勉強ばかりしてた僕を心配して姉ちゃんが話を聞いてくれて、その時に県外の大学へ進学することを決めて、途中何度も惨めさに死にたくなったけど、受験勉強に没頭することで卒業まで何とか耐えることが出来たこと。

 チカに内緒で県外の大学へ行くことが、チカへの復讐だったこと。

 故郷を捨てて大学への進学を切っ掛けに、惨めだった自分を捨てて、新しく生まれ変わりたかったこと。


 大学へ入学してからもしばらくはチカのことを思い出してばかりだったけど、イロハさんや大学の友達と楽しく過ごしている内に、すっかりチカのことを思い出さなくなってたこと。


 チカへの執着心も無くなり、ずっと傍に居てくれたイロハさんの魅力に改めて気付いた時に、告白する決心をしたこと。

 チカのことは吹っ切れたけど、浮気された時の惨めな記憶やセックスへの劣等感は残ったままで、イロハさんは貞淑で貞操観念がしっかりしてる人だと思い、そこに安心感を感じていたこと。


 クリスマスの日に、イロハさんちの洗面所で新品のコンドームを見つけて激しく動揺して、ずっと悩んでいたことも正直に話した。



「僕の話は以上です。 ご清聴、ありがとうございました」


「クリスマス以降様子がおかしかったのは、そういう理由だったんですね。迂闊でした。すみませんでした。

 でも、辛いお話を聞かせてくれて、ありがとうございます。 何か辛い経験をされたんだろうと想像はしてましたけど、恋人に浮気をされてたんですね・・・」


「心配してくれてたのに今まで話せなくて、ごめんなさい。 とても惨めな記憶だから、他人に話すことに抵抗がありました。 けど、今日はイロハさんに聞いて欲しくなりました。イロハさんの言葉が凄く嬉しくて、僕にとってイロハさんは、もう他人じゃないと思えたから」


「はい、私もタイチくんを他人だとは思ってませんよ」


「うん、ありがとう。本当に嬉しい」



 その後、しばらく抱き合ったままイチャイチャを続けてたけど、お腹が空いていたので順番にシャワーを浴びて、二人で協力して年越し蕎麦を作って、コタツで食べた。




 蕎麦を食べながら、イロハさんが思い出した様に話してくれた。



「タイチくんは高校時代にとても辛い思いをしましたけど、でも、そのお陰で私はタイチくんに出会えたんですよね? それに、辛い記憶やトラウマがあったからこそ、今のタイチくんの人格が形成されているんじゃないでしょうか。 そう考えれば、決してマイナスでは無いと思います。タイチくんにとって辛い過去の経験は、今、プラスになってるはずです」


「そうなんですかね。 でも、国立大学に合格できたのも、イロハさんと出会えて恋人になれたのも、浮気されなかったら有り得なかったことなんですよね」


「自分がその辛さを経験した訳じゃないのに偉そうなこと言って、すみません。 でも、タイチくんに少しでも元気を出して欲しくて、こんなことしか言えなくて」


「大丈夫ですよ。偉そうなこと言ってるなんて思ってませんよ。 それに僕は落ち込んでないし、出会った時から元気一杯だったでしょ?」


「そうでしたね。 タイチくんのそういうところを、私は尊敬します」


「え!?イロハさん、尊敬してくれてたの?どんなところを?僕に尊敬するようなとこ、ありましたっけ?」


「秘密です」


「えー良い話してたと思ったのに、急にケチになってないですか?」


「私のこと、ケチって言いました?ケチって酷く無いですか?今までどれだけタイチくんの為にご飯を作ったと思ってるんですか?タイチくんにケチって言われるの、ものすごーく心外なんですけど?」


 急に怒りスイッチが入ったイロハさんは、両手で拳を握って、ダダっ子みたいにコタツをドンドンしながら早口で文句を言い始めた。


「そんなに強く叩いたら行儀悪いしお蕎麦がひっくり返りますって。ケチって言ったのは撤回しますから、怒らないで」


「何ですか?その、私が怒ってるからとりあえず謝っとけみたいな言い方は。私は本気で怒ってるんですよ?」


 イロハさん、意外と根に持つタイプだ。

 そして、他人にはとても親切で優しいのに、今の僕には容赦ない。

 僕を他人じゃないと思ってくれてるからなのは分かってるけど、本当の意味で遠慮なしだ。


「聞いてますか?もうご飯作ってあげませんよ!」


「それだけはどうかご勘弁を!イロハさんの美味しい手料理が食べられないなんて、想像しただけでも死ぬほど辛いです・・・」


「本当にそう思ってます?」


「もちろん!」


「じゃあ、許します」


「あざーす」


「なんですか、その態度は?」


「いえ」



 今年の大晦日は、僕にとって、大きな節目になったのでは無いだろうか。


 イロハさんと二人でセックスを経験してトラウマからの脱却の兆しが見えたし、イロハさんに過去の惨めな自分を曝け出したことで、本当の意味で惨めだった自分から卒業出来た気がする。



 ◇



 結局、年が明けてからもイロハさんは僕の部屋に泊まり続け、大学が始まるギリギリまで寝食を共にし、そしてセックスの回数も重ねた。



 冬休み最後の夜。


 事を終えて使用済みのコンドームを処分した後、イロハさんに聞いてみた。



「もうコンプレックスは大丈夫そうです?」


「タイチくんとならもう大丈夫ですよ。 でも、他の男性のそういう視線はやっぱりまだ怖いです」


「そっか。でも僕だけ平気ならもうそれで充分だね。っていうか、結構積極的になりましたよね?僕のおちんちんへの興味とか」


「それは探求心です。男性の体への理解を深める為の勉強です」


「ホントにそれだけ?」


「またイジワルですか?私のこと揶揄って楽しんでるんですか?タイチくんだって私の胸ばかり触ってたじゃないですか」


「だって、目の前にこんなに大きくて柔らかそうなのが2つもあったら触りたくなるでしょ? 哺乳類の本能だから仕方ないんですよ」モミモミ


「だから勝手に触らないで下さい! うう、私だって仕返ししますよ!」ニギニギ



 セックスに対する僕が抱いていた恐怖心や、そしてイロハさんが抱いていたコンプレックスは、この冬休みの間にかなり改善出来たと思う。

 性的なことにお互いが劣等感を持っていたからこそ、本音を曝け出した時に共感することが出来たし、その後も同じ歩調で取り組むことが出来たんだと思う。



「また硬くなってますよ!タイチくんが硬くなってますよ!」


「だから、恥ずかしいから声に出して言うの止めて欲しいんですけど」




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