#40 少しだけ泣いたら
学生課で相談すると、私の履修内容ではそのまま教職課程の選択をするのは無理だと判った。
だけど、不足教科を2年からでも取得して、3年修了時に必要単位全て取ることが出来れば、4年時に教育実習に行くことが出来て、卒業時に教員資格の取得も可能だと説明を受けた。
問題なのは、2年以降で履修するのに、教職課程だけじゃなく一般の必要教科も含めて時間割が被って無いかどうか。
被っていれば、履修登録の時点でドチラかを諦める必要があり、自動的に教職課程や卒業が遠のく。
ただ、学生課で相談に対応してくれた職員さんが言うには、ウチの大学の教職課程は定員数が決まってるのだけど、毎年定員割れしてるらしく、2年以降からの希望者も積極的に募集してて、希望者の履修登録やカリキュラム等の相談に乗っているそうだ。
それで私みたいな相談も、実は毎年数名居て、教員資格取得の実績もあるらしい。
ここまで話を聞いて、直ぐには決めずにじっくり考えることにした。
一番心配なのが、私にこなせるかどうか。
2年以降は、ほぼ毎日過密スケジュールで受講することになる。
しかも、どの教科も落とせない。
受験勉強すら逃げてきた私には、自信が無い。
今の私はほんの思い付きで興味を持っただけで、必死に勉強して国立の教育大に行ったタイチほどの熱意も執着心も無い、
そんな私では、チャレンジしたは良いけど結局途中で挫折して、教職課程どころか卒業にも影響が出てしまうのでは無いのだろうか。
それに、就職のことだってある。
卒業を見込んで就職先を決めることになるので、そこに教員資格の有無は大きく影響する。
◇
学生課で相談してから数日が経ったある日、バイト中に奥さんに声を掛けられた。
「チカちゃん、2年になってもバイトは続けられるの?学校忙しくなるのなら、時間減らしても良いんだからね?」
バイトは続けたい。
今の私にとってここでのバイトが立ち上がる切っ掛けだったし、日々の原動力の様なものだから。
大学をサボらずにちゃんと通えているのも、腐らずにいじけずに顔を上げていられるのも、そしてタイチに食料品を送ることが出来るのも、全部このお店でバイトさせて貰っているからだ。ココでの労働が私の気力の
でも、教職過程のことを考えると、2年以降はこれまで通りには働けないだろう。
多分、週末だけとか長期連休しか働けなくなると思う。
その事を、奥さんに相談してみることにした。
奥さんは「先生を目指すなら、頑張ってみたら?」と言ってくれた。
「私は高卒で就職して20歳の時にココにお嫁に来たから、大学のこととか学校の先生のこととか全然わからないけど、チカちゃんには学校の先生は向いてるんじゃないかな? お店のことは心配しなくても大丈夫だからね。元々は家族だけでやってたんだし、チカちゃんに甘えすぎてたところあるからね。お父さん(旦那さんで社長)だってきっと賛成してくれると思うわよ?」
「でも、私は受験勉強すらまともにせずに推薦で大学に入ったので、勉強の自信がないんです・・・」
「チカちゃんらしくないわね。 「バイトで雇って下さい!」ってウチに来た時は「力仕事でも頑張ります!」って凄く前向きだったじゃない。あの頃は貧弱な今時のお嬢さんだったのが、今じゃ男顔負けの力持ちなんだよ?学校の勉強よりももっと大変だったと思うよ?」
「そうでしょうか・・・でも、相談に乗ってくれてありがとうございます。少し前向きに考えてみます」
「うん、また悩みあったら話くらいは聞くからね。遠慮しないで話してね」
家でもパパとママに相談してみた。
ママは私がタイチのことをまだ引き摺ってると思ったのか、心配そうな顔をしてたけど、パパからは「学費のことは遠慮しなくていいよ。もし履修の都合で4年で卒業出来なくても、学費のことは心配しなくていいからね」と言って貰えた。
周りの人は、私が教職課程を選択することを応援してくれてる。
でもやっぱり自信が無い。
私みたいな半端者に務まる様な物では無い、としか思えない。
なのに、諦めきれない。
簡単に諦めることに、抵抗がある。
ココで諦めたら、ずっと下向いて歩き続けることになりそうな恐怖がある。
どうしたら良いんだろう。
ココ数日毎晩の様に、お守り代わりのタイチから貰ったメダルを手に取って考えてるんだけど、決心がつかない。
そんな風に悩んでいるまま冬休みに入り、年末は酒屋が忙しくて毎日配達に走り回って、12月分のタイチへの食糧も忘れずに送って、でも年が明けると酒屋もお休みでバイトも無かったので、家で筋トレしてるか、外でジョギングしてるか、あとは寝ていた。
そんな正月の三日に、タイチのお姉さんであるエリコさんから電話が掛かって来た。
一カ月前にカフェで話をして以来だし、タイチと付き合ってた頃ならまだしも、別れてからは初めての通話着信だったからビックリしたけど、もしかしたらタイチに何かあったのかもしれないと思い、直ぐにタップして通話に出た。
『もしもしチカちゃん?』
「はい、チカです。どうされました?」
『明けましておめでとう!急にごめんね?今大丈夫だった?』
「明けましておめでとうございます。 電話なら大丈夫です」
『そう、良かった。 大した用事じゃないんだけどね、一応伝えておこうと思ってね。正月早々ごめんね』
「いえ、大丈夫です。 それで、なんでした?」
『うんとね、伝えようかどうか迷ったんだけど。 タイチのことなんだけど、あいつ、新しい彼女が出来たらしいの』
「え!?」
『もしチカちゃんがまだタイチのこと引き摺ってるなら、早めに言っておいた方がいいと思ってね』
「そうですか・・・」
『余計なお節介だったら、ごめんね? でも、チカちゃんもいい加減前向いて頑張った方がいいからね?』
「はい、わかりました。 教えてくれてありがとうございます」
『じゃあ、体に気を付けて頑張ってね。またね』
「はい、ありがとうございました」
そっか、タイチ、彼女が出来たんだ。
大学通いながらの一人暮らしで、かなり大変だと思うけど、それでも彼女が出来るくらいだから、元気に頑張ってるんだ。
そう思わないと、ちょっと辛い。
諦めてるハズなのに、やっぱり辛い。
その日は少しだけ泣いた。
でも、不思議なことに、腹が決まった。
タイチとはもう交わることの無い道に進んでいることを分かってたつもりだったけど、タイチに彼女が出来たと聞いて、改めてそのことを実感したからなのかな。
教職課程を選択する覚悟が出来た。
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