#29 好きだった理由




 タイチのお姉さんであるエリコさんと話しが出来て、ほんの少しだけ気持ちが上向きになった。


 それは、自分の罪を告白することで心の重しが少し軽くなったというのもあるけど、やっぱり、タイチが元気そうに一人暮らししながら学生生活を送れていることを知れたのが一番だと思う。


 でも、ほっとしたのと同時に、タイチに対する今の自分の感情がよく分からなくなった。


 勿論、謝りたいし自責や後悔の気持ちは強くある。

 ただそれ以前の、好きだった気持ちがよく分からない。

 今の私には、タイチを好きでいる資格が無い。

 でも、諦めているハズなのに、ずっとタイチのことばかり考えていた。


 それは、なんで?

 好意じゃないとしたら、執着心?

 それとも、喪失感からくる惜しいという気持ち?


 気持ちが上向きになったお蔭なのか、そんなことを考える様になっていた。





 そんな日々を過ごす中で、ある説明会を告知する連絡メールが大学から送られてきた。


 普段なら、自分に関係が無いと思う様な大学からのメールは開くことなく放置してたけど、そのメールの『教職課程説明会のお知らせ』と書かれたタイトルを見て、タイチのことを思い出してしまい、開いてみた。


 説明会の日時は、年が明けてからの1月で、後期試験の少し前。

 参加資格は、1年時に指定の科目単位を取得見込みがあること。

 他にも色々書かれているけど、今まで興味すら持ったことが無かったから、内容を読んでても良く分からない点がいくつかあった。


 メールを読んだ感想は、教職課程って大変そう。

 タイチは、こんな大変そうなことに自分から挑戦しているのか。

 勿論、私大の教職課程と国立の教育大学では、内容やボリュームは違うだろうけど、私の様に卒業を目指すだけなのとは段違いで忙しいと思う。

 しかも、それを親元を離れて一人暮らしをしながら。


 でも、タイチって普段頼りなさそうに見えても、ガッツだけはあったから、大丈夫そうかな。

 ガッツというか、ポジティブ思考?寛容さ?

 怒ったり悲しんだりしてもおかしくない辛い場面でも、なぜか一人だけ前向きで妙に優しさを発揮してた。


 あぁそうだった。

 私はタイチのそういうところに救われて、好きになったんだ。



 忘れもしない、中学2年の夏。

 校外学習で行ったキャンプで、私はタイチと同じ班だった。

 夕食のカレー作りで、私とタイチが野菜の準備を担当することになった。


 当時、私は男子から敬遠されていた。

 ついつい一言二言多く言ってしまうので、『煩い女』とか『ウザイ』とよく言われて、嫌われていた。

 私自身、そう言われていることを分かっていたけど、目の前で男子がふざけてたりモタモタしているのを見ると、我慢出来なくて文句ばかり言っていた。


 そのキャンプの時も、タイチの野菜の皮剥きを見て、悪いクセが出てしまい、怒鳴るようにタイチに文句を言った。

 でも、タイチは私に反発したり怒ることなく、不器用ながらも黙って私に言われた通りに皮剥きを頑張ってくれていた。

 その姿を見て、直ぐに「言い過ぎた。また悪いクセが出てしまった。ちゃんと謝らないと」と後悔した。


 だから夕食の時間、自分からタイチの隣の席に座り、タイチに謝った。

 たったそれだけのことでも、当時の私には凄く勇気が必要な行動だった。

 それに、謝ればそれで終わりだと思ってた。

 タイチがどんな反応するか、想像もしてなかった。


 その結果、タイチは笑顔で許してくれた。

「全然気にしてないよ。僕こそ足引っ張ってゴメン。それと、色々教えてくれてありがとう。凄く勉強になったよ」と、怒るどころか感謝までしてくれていた。


 なのに私は、今まで男子から「ありがとう」なんて言われたことが無かったから、タイチだけが優しくしてくれたことに、驚きと嬉しさと、そして申し訳なさで感情がぐちゃぐちゃになってしまい、その場で泣いてしまった。


 その様子に、班の他のメンバーから揶揄われたタイチは「ええ!?僕が泣かしたの!?どうしたらいいの?どうしたらいいの?」と慌てだして、自分の首に巻いていたタオルで、泣いてる私の顔をゴシゴシしはじめた。


 それがタイチを好きになった瞬間。

 タイチの言葉も凄く嬉しかったけど、泣いてる私の涙を拭くタイチの慌てる表情が可笑しくて、好きになってしまった。


 そうか。

 私はタイチのそういうところを、尊敬して、憧れてたんだ。

 自分には無かった寛容さとポジティブさ。

 そして、優しさ。


 改めてその事に気付くと、もう一つ、自覚した。

 私はそういう自分に無いものを持つタイチに対して『劣等感』を抱いてたんだ。


 今思えば、馬鹿な浮気を続けていたのは、セックスの経験を積むことで優位に立ったつもりになって、その劣等感を誤魔化す為だったように思える。

 エリコさんは、この事を言ってたんだ。


 憧れと劣等感。

 違う物の様で、私には同じ物だったのかも。

 



 タイチのこと、好きで居る資格は無いけど、これからも憧れるのは許されるかな。

 タイチみたいに、他人に寛容で優しく出来る人間に、私もなりたいな。


 学校の先生か・・・


 もう一度、説明会のメールに目を通した。

 やっぱりよく分からない部分があるし、自分の取得予定の単位で教職課程を選択出来るかどうかも、メールの内容だけだとよく分からない。



 その日のお昼時間、学生課に行って直接相談してみることにした。







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