#28 幸せを噛みしめる朝
イロハさんと恋人になれた翌日、朝からイロハさんのマンンションに来ていた。
少しでも一緒に居たかったから、昨日の帰り際に「朝、一緒に行きましょう」と僕からお願いしてて、迎えに来たところ。
駐輪場に自転車を停めて、イロハさんの部屋に向かう。
時間は8時過ぎ。
少し早すぎたかも。
イロハさんの部屋の玄関前に立ち、迷うことなくピンコーンとインターホンを押すと、直ぐに『は~い』と中からイロハさんの返事が聞こえ、玄関扉が開いてイロハさんが出迎えてくれた。
「おはようございます!イロハさん!」
「おはようございます、タイチくん。早かったですね。コーヒー煎れますから上がって下さい」うふふ
今日は眼鏡掛けてて三つ編みのおさげで、服装はニットにチェックのロングスカートで、普段学校で見る大人し目なコーディネイトだ。
あぁ、やっぱり可愛い。
白川さんがイロハさんのことを『普段地味な恰好ばかりしてるけど容姿は整ってる』と言ってたけど、全くもってその通りだ。
今までそこまで意識してなかったけど、イロハさん、やっぱり可愛い。
地味だろうと、それも含めてイロハさんの魅力なんだよね。
入学式の初対面の時から、笑顔が可愛いらしい女の子だとは思ってたけど、それはあくまで愛想が良くて愛嬌もあって可愛いらしいという認識で、こうして改めて間近で表情を見ていると、愛おしいくなるというか、ギュっと抱きしめたくなるというか、なんというか、自分の眼が如何に節穴だったかを痛感する。
そりゃ、松坂くんや白川さんも怒る訳だ。
こんなにも魅力的な女の子がずっと傍に居たのに、のほほんとしてたんだから。
いや分かってたよ?
勤勉で面倒見良くて料理上手だし、話しも合うし、素敵な女性だって。
でも下心とか抱いたら失礼でしょ?
言い訳じゃないよ?
「どうしましたタイチくん?聞いてますか?」
「あ、ごめんなさい。 朝からイロハさんの可憐さに、意識が飛びそうになってました」
「うう、またそういうこと言って! 早く上がって下さい」
「らじゃ!」
部屋に上がるとしょってたリュックを降ろして、いつもの定位置に腰を降ろした。
「洗濯機回してるから、干してからでも良いですか?」
イロハさんはそう言いながら、コンロにヤカンを置いてコーヒーを煎れる準備をしている。
「うん、まだ時間あるから慌てなくて大丈夫だよ。 コーヒーは僕やるから、イロハさんは洗濯物の方、片付けちゃって」
「じゃあ、お願いしますね」
「らじゃ!」
やっぱり朝から来て正解だった。
今までも何度もあったこんな何気ないやり取りが、恋人になった途端、多幸感で胸にジーンとくる。
お湯が沸いて2つのマグカップにインスタントコーヒーを煎れてローテーブルまで運ぶと、イロハさんは洗濯物を室内に干していたので、「コーヒー置いとくね」と声を掛けて、腰を降ろす。
「ありがとうございます。もう少しで終わりますから」
因みに、この部屋には僕が頻繁に訪れるので、イロハさんは下着類は洗面所に干して、シャツやスカートなどを部屋に干す。
今時の女子大生には珍しく、恥じらう乙女なのだ。
だけど、そこが良い。
この歳で恋人が出来たということで昨日の夜、家に帰って一人になってから、改めて色々なことを考えた。これからのことや過去の事も。
そして僕は、イロハさんの貞淑でしっかりとした貞操観念を持ってるところに、一番魅力を感じていると結論づけた。
安心感と言ってもいい。
もし、イロハさんが性生活にダラしない人だったら、僕には無理だっただろう。
だって僕は、恋人にセックスを拒否されて、他の男に寝取られる様な男だからね。
女性から見て、僕には性的な魅力が無いことは身に染みている。
もう、あんな惨めな思いはしたくない。
今思えば、大学に入ってからイロハさん以外の女性と親密になろうとは思わなかったのも、それがあったからかもしれない。
だから、そういう意味でもイロハさんとなら、きっと上手くやっていけると思っている。
洗濯物を干し終えたイロハさんは、いつもの対面では無く、僕の横に腰を降ろした。
僕が煎れたコーヒーのマグカップに砂糖をスプーンで2杯入れて混ぜると、両手でマグカップを持って口に付けてから、「ふぅ」と一息ついた。
「朝からお疲れ様。 女の人って朝から身嗜みとか家事とか色々すること多くて、大変だね」
「そうですね。でも、もう慣れましたから。 タイチくんこそ、朝早くから迎えに来てくれて大変じゃないです? 学校に行けば一緒に居られるんだし、無理しなくても良いですからね?」
「僕は少しでも一緒に居られるのなら、全然平気。 あ、でも迷惑だったら言ってね?」
「迷惑じゃないですよ。 恋人に迎えに来てもらえるだなんて、そういうのにちょっと憧れてたから、嬉しいですよ」
「じゃあ、これから毎日でも良いの?」
「はい、タイチくんさえ良ければ」
「らじゃ!雨の日も雪の日でも迎えに来るね!」
「うふふ。あ、そろそろ行きましょうか」
イロハさんと一緒に部屋を出ると、イロハさんが施錠をするのを待って、一緒に歩き出す。
イロハさんの部屋から大学までは徒歩で5分程なので、ココからは歩いて向かう。
11月も終わりだと言うのに、この地域ではまだ温かい。
僕の地元だと、そろそろ雪が降っててもおかしくないのに、ココはそんな気配は全くない。
地元の人は寒いって言うけど、こんなの東北民に言わせたら、ポカポカ陽気だ。 歩いてて体が温まって来ると、少し汗ばむくらいだし。
「タイチくん、あの・・・」
「うん?どうしました?」
「学校の近くまでで良いので・・・その・・・」
「?」
「手を、繋いで貰っても・・・」
「なんですと!?」
「やっぱり迷惑ですよね!他の人の目とかもありますよね!すみません!今のは忘れて下さい!」
やっぱりイロハさんは最高に可愛いなぁ。
こんなにも恥ずかしそうに僕と手を繋ぎたいと言ってくれるだなんて。
ワタワタしているイロハさんの右手を掴む様に握った。
恋人のお願いとあらば、どんなことだろうと応えるもんね。
「あ・・・ありがとうございます」
「お安い御用ですよ!むしろ僕の方が凄く嬉しい。嬉し過ぎて顔がニヤけちゃう」ぐふふ
手を繋いだまま再び歩き出すと、イロハさんが話してくれた。
「入学式の日に、タイチくんが手を繋いで人混みの中から私を連れだしてくれたじゃないですか? あれが凄く嬉しかったんです。あの時からタイチくんのことを意識してたと思います。だから、またタイチくんと手を繋いで歩きたいなって思ってて」
「そうなの? あまり深く考えての行動じゃなかったんだけどね。 ただあの時は、イロハさんが人混みの中で怪我でもしたら大変だと思っただけだし」
「うふふ。タイチくんらしいです。 でもタイチくんのそういう所、私は好きです」
あぁ
イロハさんが僕のことを、初めて『好き』だと言ってくれた。
生きてて良かった。
死にたくなるほど絶望したこともあったけど、ココに来て本当に良かった。
「僕もイロハさんのことが大好きです!」
「また!声が大きいです!」
「じゃあ小さい声で」
「もう良いですから!後、手も学校の中では良いですからね!」
「えーどーしよっかなぁ?」
恋人が出来た翌日って、なんでこんなにも幸せなんだろう。
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