#26 告白は甘味と共に



 松阪くんと白川さんに発破かけられ、僕は自転車に飛び乗り大学を後にした。


 でも直ぐに、「いきなり押しかけたら迷惑だよね」と思い直し、近くのスーパーへ飛び込んだ。 何か手土産を用意して、『お菓子買ったんだけど、一緒に食べませんか?』と会う口実を作る為だ。


 店内のレジの横に、贈答用のお菓子を扱うコーナーがあったので、そこで物色していると、山霧堂の抹茶ドラ焼きが目に留まった。


 直ぐ店員さんに、「抹茶ドラ焼き10個入り下さい!」と注文して、購入。贈答用に包装までしてもらったけど、よく考えるとキッチリ包装までしてたら大袈裟で不自然だよね。

 まぁいいや。

 こういう時は、勢いが大事だ。


 お店を出ると、イロハさんに電話を掛ける。


『もしもし?タイチくん? ちょうど良かった。私もタイチくんに電話しようとしてたとこなの』


「そうなの? あのね、ドラ焼き買ったからイロハさんと一緒に食べたいと思って電話したの。今からお邪魔してもいい?」


『はい。私も今日はお鍋にしようと思ってて、タイチくんもご一緒にどうかな?って思ってました。うふふ』


 これは幸先が良いぞ!

 

「じゃあ直ぐに向かいます!」


『慌てなくて大丈夫ですよ。車に気を付けて来て下さいね』


「らじゃ!」




 ◇




 イロハさんのマンションに到着すると、駐輪場に自転車を停めて、抹茶ドラ焼きの入った紙袋を持って、イロハさんの部屋に向かう。


 ヤバイ。

 緊張してきた。

 剣道の試合を思い出す。

 いや、試合の時よりも緊張してるぞ。


 考えてみれば、僕は女性に告白をした経験が無い。

 告白されたのだって、中学2年の時のチカだけだ。

 

 僕は今、一世一代の大舞台に立とうとしてるんだ。

 あ、でも、共通テストの時のが大舞台だったかも。


 いや、人生初の告白なんだから、今こそ人生を賭ける意気込みが必要だ。



 

 イロハさんの部屋の玄関前に立つと、心臓がバクバクしてるのが自分でも分かった。

 心なしか、脚が震えてる。


 大丈夫なはず。

 みんな、イロハさんが僕のことを好きだと断言してたんだ。


 それに、地元を出る時に誓ったじゃないか。

 新生坂本タイチに生まれ変わるって。 


 僕は1度深呼吸をしてからピンコーンとインターホンを押すと、『は~い』と中からイロハさんの返事が聞こえた。


 緊張のせいで喉がカラカラ。

 上がらせて貰ったら、まずは水で良いから頂こう。

 話しはそれからだ。



 玄関扉が開くと、眼鏡を掛けずに髪を降ろしたエプロン姿のイロハさんが出迎えてくれた。


 あれ?イロハさんってこんなに可愛いかったっけ?

 見慣れてるはずなのにいつもより可愛く見えるのは、恋の炎を灯らせたせいなのだろうか。



「急に押しかけてすみません。 コレ、お土産の抹茶ドラ焼きです」


「もう、そんなに気を使わなくて良いっていつも言ってるのに」


「あと、イロハさん!好きです!付き合って下さい!」


 あああああ!

 しまったぁぁ!

 お水でも飲んで落ち着いてから告白するつもりだったのに、フライングしちゃった!


「はい、上がって下さい。って、ええええええ!?」


 ほら!イロハさんもビックリして固まっちゃったじゃん!

 いつもの1.7倍くらい目を見開いてるよ!

 ナニしてんの!僕は!


「えーっと、その・・・なんと言うか今のはフライングと言いますか・・・」


 えええい!

 こうなったらヤケクソのダメ押しだ!


「やっぱり好きです!瑞浪イロハさんのことが大好きです!僕の恋人になって下さい!」


 僕がダメ押しすると、イロハさんはドアノブを握ったまま真っ赤な顔して俯いて、答えてくれた。

 

「うう・・・・はい。私で良ければ・・・」


「ホントに!?後から、やっぱり無しとか言わないで下さいよ?」


「そんなこと言いません!タイチくんの恋人になります!」


「うお・・・マジかよ・・・」


「もうなんなんですか!こんな玄関先で!近所迷惑だから上がって下さい!」


「らじゃ!」



 部屋に上がらせて貰うと、ローテーブルには既にお鍋の準備が出来てて、美味しそうな臭いが漂っていた。


 僕は、告白が成功した高揚感でフワフワした気持ちのままいつも座る定位置に腰を降ろすと、イロハさんもいつもと同じ僕の対面に腰を降ろした。


 しかし、お互い無言だ。

 イロハさんなんて、顔真っ赤にして僕と目を合わせようとしないで、僕の為に黙々と食事の準備をしてくれてる。

 なんだか、入学式の日に手を繋いだら恥ずかしがってた時のことを思い出すな。


 いつもならお互いリラックスして、緩い会話でもしながら食事を始めるのに、イロハさんが緊張しちゃってるせいで、僕まで言葉が出てこない。


 それに相変わらず喉がカラカラだ。

 テーブルには、グラスとペットボトルのお茶が有ったので、黙ってグラスに注いで、一気に飲み干した。

 まだ喉がカラカラだったので、もう1杯注いで一気に飲み干す。

 もう1杯飲もうとグラスに注ぐと、イロハさんが漸く口を開いた。


「あまりお茶ばかり飲んでると、お鍋が食べれなくなりますよ?」

 

「あ、ごめんなさい。 告白するのに緊張しすぎて、喉がカラカラだったの」


「うう、いきなり告白された私だって緊張してるんですから、我慢して下さい」


 イロハさんはそう言いながら、僕の取り皿にお鍋から野菜や肉団子を取ってくれたので、「頂きます!」と手を合わせてから食事を始めた。


 食べ始めても無言が続くと、「恥ずかしいから、タイチくん、何か面白い話を聞かせて下さい」と無茶ぶりしてきた。


 でも、恋人のお願いだからね。

 どんな無茶ぶりでも応えちゃうもんね。


「じゃあ、僕の実家の話なんですけど。 僕は小さい頃からキュウリが嫌いだったんです。今でも嫌いなんですけど、子供の頃は見るのも嫌なくらいで」


「キュウリ、美味しいのに」


「みんなそう言うんですけどね。キュウリって野菜のくせに生臭いじゃないですか。それが苦手で。 それで、子供の頃に夕飯にキュウリの酢の物出て来たんです。 タダでさえ生臭くて嫌いなキュウリが、お酢の力で更にパワーアップしてるんですよ。 だから『こんなの食べれない』って拒否したんです。 そしたら母さんが『出された物は全部食べなさい!食べ物を粗末にするのは許さないからね!』ってグーで頭殴られて、泣きながら食べたんです。 だから坂本家では、食べ物を粗末にすると鉄拳制裁っていう鉄の掟がありまして、僕も姉ちゃんも嫌いな物でも我慢して食べるんですよ」


「タイチくんのお母さまは、しっかりと躾をされてきたんですね。だからタイチくんはどんな料理でも必ず残さずに食べてくれてたんですね」


「いえ、イロハさんの料理は美味しいからで、残すなんてあり得ないですよ。お蔭で最近太り気味で」


「またそんな風に言うから、凄く恥ずかしいんですよ?」


「いつも二人で食事してたのに、恋人になった途端、不思議ですね」


「だって、私、恋人出来たの初めてだから。どんな顔すれば良いのか分からなくて、恥ずかしいんです」


「そんな事言うイロハさんが、滅茶苦茶可愛いんですけど。僕の恋人、最高なんですけど」


「もう!またそうやって揶揄って!」


「いやいやいやいや、揶揄ってませんて!全部本音!」


「うう・・・タイチくんのイジワル」


「うほ、スネたイロハさんも超絶可愛い」



 可愛い可愛いって言い続けたら、イロハさんはぷりぷり怒ってたけど、二人で美味しくお鍋を完食して洗い物も仲良く二人で済ませると、食後のデザートに抹茶ドラ焼きを食べることにした。


 小動物の様にハムハムとドラ焼きを食べるイロハさんは、やっぱり可愛いかった。

 

 そして、ドラ焼きを食べながら

「今日のこと、一生忘れられないと思います。 このドラ焼きの味もタイチくんのイジワルな笑顔も。うふふ」とイロハさんが話してくれた言葉と笑顔が、とても印象的だった。


 僕と恋人になって、幸せだと感じてくれてるのかな?

 それとも、甘い物食べて幸せなのかな?

 きっと両方なんだろうな。

 だって、凄く、凄く幸せそうな顔してるんだもん。



 僕も、今日のことは一生忘れない。

 笑顔のイロハさんと、この先もずっと一緒なんだ。

 今度こそ、ずっと。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る