#20 竹刀を握り思うこと



 夏休みが終わって大学の授業が始まると、再び勉強が中心の生活に戻っていた。


 昼間は大学に行って、講義や実習を受けて、学校が終わると書店のアルバイト。

 アルバイトの無い日なんかは、自分の部屋で一人で勉強することもあるけど、イロハさんや他の友達とご飯食べながら課題済ませたりすることもあって、それなりに充実した学生生活を送ることが出来ているとは思う。


 とは思うのだけど、ほんのちょっぴり物足りなさというか退屈さを感じる様になっていた。

 上手く言えないんだけど、空虚とは違う、受験勉強の燃え尽き症候群が今更遅れてやってきた感じ?

 多分だけど、大学での勉強は順調で、アルバイトしてることで経済的にも余裕が出来て、友達もそれなりに出来て、今の生活に慣れてきたことで気持ちに余裕が出来たからなんだと思うけど。



 要は、久しぶりに剣道したくなってきた。

 大学の剣道部に入って本格的に再開したい訳じゃないけど、竹刀握って体動かしたくなってくるんだよね。


 と言うことで、アルバイトの無い日に竹刀持って、マンションから少し離れた河川敷まで行って、一人で素振りすることにした。

 最初はマンションの駐車場とか近所の公園とかでやろうかと考えたけど、人に見られると恥ずかしいからね。

 人気の少ない河川敷なら、掛け声出しても近所迷惑にならないし。


 竹刀は、高3で最後の大会の時に使ってたやつ。

 思い入れがあったから、実家から持って来てたんだよね。

 最後の大会、悔いが残る結果だったけど、部活はずっと真面目に頑張ってたし、僕の高校生活の象徴みたいな物だったから。

 他の部活とかでもあるでしょ?

 野球部だったらグローブとか最後の試合のボールとか、サッカーならスパイクとかになるのかな?



 河川敷に着くと、時間的には日は陰ってて少し薄暗くて、涼しい風が吹いていた。

 夏が終わり、秋が近づいているこの時期は、外で体を動かすには丁度いい季節だ。


 柔軟体操から始めて、軽くジョギングを5分程して体が温まってきたら、砂地に移動して靴脱いで裸足になった。


 布袋から竹刀を取り出して、鍔を付けないまま右手で鍔元を握り感触を確かめる。

 そのまま右手だけで縦に軽く振って竹刀の重さを思い出す。

 竹刀の重さを思い出すと同時に、最後の大会となった県大会のことを思い出した。



 高3の県大会では、3回戦まで進んだ。

 でも、大将だった僕が負けて、最後の試合となった。


 試合の後、涙が止まらなくて、チームメイトに「ごめん」と一言いうのが精一杯だった。

 顧問の先生からは「ここまでよく頑張った」って慰められたし、チームメイトたちも「タイチのせいで負けた訳じゃない。俺達の方こそ、ごめん」って一緒に泣いてくれたっけ。

 高校3年間で仲間同士で一緒に泣いたのなんて、あれが最初で最後だった。


 大会が終わって引退した後は、しばらく元気出なくてちょっと大変だったけど、1年以上経ってこうして思い出すと、やっぱりいい思い出だ。


 みんな元気にしてるかな。

 国立志望のことずっと内緒にしてたし、突然一方的に縁切る様に逃げて来たから、みんな怒ってるかな。

 いつか再会することが出来たら、ちゃんと謝りたいな。




 一度姿勢を正してから両手で竹刀を握り直して構えると、最初はゆっくりとした動作から素振りを始めた。


 それを100回数えながら繰り返すと、次は軽く踏み込む足捌きもセットでの素振りを同じく100回数えながら続けた。

 最後に素早いステップで前後に動きながらの軽快なリズムでの素振りを100回繰り返した。


 かなり息が荒くなってきた。

 こんなこと毎日やってたなんて、凄いな、僕。

 現役の頃は、毎日練習開始の準備運動代わりにやってたことなのに、今はかなりキツイ。


 合計300回の素振りを終えて、最後に姿勢を正して少し息を整えると、地べたに腰を降ろして足を伸ばした。


 やっぱ、きっつ!

 少し体を動かせば現役時代みたいに動けるようになると思ってたけど、全然ダメだ。

 1年以上まともに竹刀握って無いと、こんなにも鈍るのか。

 特に腕がダルくてもう上がらないや。

 明日、筋肉痛確定だね。



 竹刀を布袋に仕舞うと、這う様にして近くに置いてたバッグまで移動して、中からスポドリとタオルを取り出して水分補給をすると、バッグに入れてたスマホにメッセージが着ていることに気付いた。


 メッセージはイロハさんからで、『今日はアルバイトお休みでしたよね?夕飯はもう済ませましたか?まだでしたら、一緒にどうです?実家から美味しそうなカボチャを送って貰ったので、カボチャの煮物と天ぷらを作ったんです』と、夕飯のお誘いの内容だった。


 直ぐに『カボチャは大好きです! 今、河川敷なので直ぐに向かいますね』と返信すると、急いで荷物をまとめて立ち上がり、イロハさんのお家に徒歩で向かった。


 イロハさんは僕が竹刀を持ってたことに驚きつつも、僕の剣道部での話に興味を持った様子で、この日は食事をしながら僕の中学や高校の剣道部での思い出話で盛り上がった。






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