#19 嬉しい時は泣いて笑って




 7月の下旬に1回と8月のお盆前に1回、タイチへ送って貰う為の食料品をタイチの実家の玄関先に置いて来たけど、そのことで、今のところ怒られたり突き返されたりはしていない。

 無事にタイチへ渡してくれたと祈るばかり。



 それと、酒屋のアルバイトの傍ら自動車学校に通い、9月の中頃に無事に普通自動車免許を取得出来た。

 まだ運転には慣れていないので一人での配達は任せては貰えないけど、配達の際には運転の練習がてら社長や奥さんに助手席に乗って貰って、運転させて貰っている。


 こんな風に、アルバイト漬けの夏休みだったけど、お店の社長や奥さん、それにお子さんたち(小学生の女の子二人)とはすっかり親しくさせて貰い、『チカちゃん、夕飯食べて行ったら?』とよくお夕飯にお呼ばれされるようになってて、そんな時はついでにお子さんの宿題を見てあげたりしている。

 それに、お客さんともすっかり顔なじみになってて、お得意さんからは『チカちゃん』と名前で呼んで貰えたりして、4月には何も無い空っぽだった私にも、この頃には日々の張り合いを感じながら過ごせるようになっていた。




 ◇




 夏休みが終わり、秋になり、3度目のタイチへの食料品をタイチの実家へ持って行った際、偶然、タイチのお母さんと遭遇した。


 いつもと同じコメントを書いたメモを貼ったダンボールを玄関先に置いたと同時に玄関扉が開いて、驚いた表情のおばさんと対面してしまった。


 慌てて頭を下げて、何も言わずに逃げるように立ち去ろうとすると、おばさんに「待って頂戴!」と呼び止められた。



 声を掛けられ思わず立ち止まってしまったけど、背を向けたまま顔を上げることが出来なかった。


 中学2年でタイチと付き合い始めてから頻繁にお互いの家を行き来してたし、おばさんにはとても可愛がって貰って来た。

 休みの日とかタイチの家に遊びに行けば毎回お昼ご飯をご馳走になってたし、タイチが同じ高校に合格出来た時は「チカちゃんのお陰で合格出来たんだね!ありがとうね!チカちゃん!」と何度も感謝して貰えてた。



 でも今は、私がタイチを裏切り二股をしていたことはおばさんにも知られている。

 4月には『いい加減にして頂戴!』と怒鳴られたこともある。


 気不味さと恥ずかしさと申し訳なさ、そして怒られるのでは無いかと委縮して、おばさんの顔を見ることが出来ない。


 人を裏切ることの重大さを改めて身に染みて感じる。



「タイチの為に食料品ありがとうね? 有難くタイチに送ったからね」


 あぁ、良かった。

 ちゃんとタイチの元に届いてた。


「でも、無理はしなくて良いからね? これだけ買ったら安く無かったでしょ?」


 食料品を捨てずにタイチに届けてくれてたことと、おばさんの気遣いに胸に込み上げてきて、たまらず涙がボロボロ零れはじめた。

 タイチの手紙を読んだ時ですら泣かなかったのに、涙腺が壊れたみたいに涙と鼻水が止まらなくなっていた。


「いえ、大丈夫です」


 何とか絞り出して返事をするけど、多分おばさんには聞き取れないほど小さくて震えた声しか出てなかった。



「まだ、チカちゃんのことを昔みたいに見る事は出来ないし、タイチにも『チカちゃんから』だって言うことは出来ないけど、でも体には気を付けて、チカちゃんもお勉強がんばってね」


「はい、すみませんでした。 失礼します」



 最後におばさんに体を向き直して、でも顔を上げられないまま頭を下げて挨拶をすると、逃げるように自転車に飛び乗って、その場を去った。




 赦されたかった訳じゃないし、ただの自己満足で始めたことだけど、それでもおばさんの言葉が何よりも嬉しかった。


 タイチには私からだと伝えてないって言ってたけど、寧ろそれで良い。

 私からだと知ってタイチに受け取り拒否されるくらいなら、私からだなんて知らないまま受け取ってくれた方のがずっと良い。


 自転車を少し走らせたあと停車して、持ってたハンカチで涙を拭って鼻を噛んだ。

 少し落ち着くと、馴染みのケーキ屋さんが目にはいった。


「久しぶりにケーキでも買って帰ろうかな」


 自転車を手で押して移動し店先に停めると、店内に入った。

 泣いたばかりで顔が腫れてたのか、顔なじみの店員さんには驚かれたけど、何も言わないでくれたので私も何事も無かったかのようにいつもと同じ注文をした。


 ケーキを買って家に帰ると顔を洗い、早速紅茶を煎れてママと二人で食べた。


 ママがフルーツのタルトで私はモンブラン。

 パパにはチョコレートのケーキを残してある。

 昔からあのケーキ屋さんに行くと必ず買ってたウチの家族がそれぞれ好きな定番のケーキ。



 なんだか久しぶりに甘い物を口にした気がする。


 だからなのか、自然と顔が緩んで笑顔になってたと思う。

 ママもニコニコと笑っていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る