#18 人それぞれの事情




 夏休みに入り授業が無いから、アルバイト中心の生活になっていた。

 働かないと食べていけないからね。


 でもそのお陰で生活に多少は余裕が出来て、少しづつだけど貯金も出来る様になった。

 でも、アルバイトだけの生活だと暇なんだよね。

 お金が有れば旅行とか出来るんだけど、流石にそこまでの余裕が無くて、アルバイト以外の時間は家でゴロゴロしながら勉強するくらいしか、するコトが無かった。


 それで学校の友達とかに連絡するんだけど、夏休みの間は実家に帰省する人も居れば、僕の様に実家に帰らずにアルバイトばかりしてる人も居たので、そういう僕と同じように暇してる友達を見つけては、たまに誘って何人かで集まって遊んだりご飯食べたりしてた。

 つまり、一人暮らしの貧乏大学生らしい生活だね。


 そんな貧乏学生に、実家から食料品が送られてくる様になった。

 レトルトやインスタントに缶詰と食料品ばかりをダンボール1箱にギッシリ詰め込んだ物が7月と8月にそれぞれ1回づつ送られて来て、直ぐ実家に「ありがとう!マジで助かるよ!」ってお礼の連絡すると、「大事に食べるんだよ!」って注意された。

 やっぱり持つべき物は、実家の家族だ。



 ◇



 イロハさんとは夏休みに入っても頻繁に会ってた。

 有難いことに、『おかず作り過ぎちゃったから』ってちょくちょく連絡くれて、僕がイロハさんちにお邪魔したり、イロハさんが僕んちに持って来てくれたりしてて、他の友達呼んだりすることもあったけど、なんだかんだと二人きりの事が多くて、未だに一番の友達はイロハさんなんだよね。


 因みに、約束だった焼肉屋さんにはちゃんと連れて行って、ご馳走したよ。

 イロハさんが「もう、無理です」ってギブアップするまでじゃんじゃんカルビ注文したんだけど、最後二人ともお腹いっぱいになっちゃって、フラフラになりながらイロハさんをお家まで送って行ったんだけど、歩いてる時とかイロハさん「しばらくはお肉の匂い嗅いだだけで、戻しそうです・・・」ってグロッキーだったから、ちょっぴりやり過ぎたかもしれない。


 でも、こういうのって楽しいよね。

 大学生らしいハメの外し方?

 まだ二十歳じゃないからお酒は飲めないけど、こんな風に食べて騒いでって出来るの、学生の今だけだよね?



 

 で、そんなイロハさんから、告白された。

 愛の告白じゃなくて、家庭の事情ね。


 お盆休み前に、いつもの様に「天ぷら沢山揚げたから、食べに来ませんか?」って誘ってくれたんで、手土産にイロハさんの好物のモンブランのケーキ買って行ってお邪魔したんだけど、食事して食後のデザートにモンブラン食べながらお話してて、「お盆休みも帰省しないの?」って話になったのよ。


 僕はしばらく地元には戻らないつもりで、それはチカのことがあったからなんだけど、イロハさんも地元には帰らないっていうから何か事情でもあるのかな?って思ってたんだよね。



「しばらくはお盆だけじゃなくてお正月も帰らないつもりです」


「そうなの? でも、ご家族が心配するんじゃ?」


「そうですね。心配はかけてしまっていると思います」


 やっぱり、僕と同じように何か実家に帰りたくない事情があるのかな。


 うーん。

 でも、聞いてもいいのかな。

 僕の場合は、あまり聞かれたくないんだよな。

 浮気されて別れた元カノと会いたくないからなんて情けないし、夜逃げ同然で地元出て来たから、友達とか知り合いとかにも会いたくないって、恰好悪いもんね。


「タイチくんもご実家には帰りたくないんですよね? ご家族と上手くいってないとかですか?」


「あぁ、僕は家族とは上手くいってるよ。母さんからはしょっちゅう連絡あるし、姉ちゃんもたまーにメッセージくれるし。 父さんとはあんまりやり取りしてないかな。 地元に居た時からそうなんだけどね」


「じゃあ、何か別に理由があるんですか」


「まぁ、そうだね。実家というよりも地元だね。イロハさんも何か事情がありそうだね」


「ええ・・・私の場合は、実家と上手くいってないんです。 タイチくん、私のお話、聞いて貰えますか?」


「勿論、僕で良ければ」


「ありがとうございます。 本当にお恥ずかしい話なんですが」


 イロハさんはモンブランの一口目を食べた時の幸せそうな笑顔は影を潜め、寂しそうなシリアスな表情でお家の事情を話してくれた。



「ウチの父、それに祖父と祖母は、私が大学に進学することには反対だったんです。 唯一母だけが賛成して応援してくれてたんです」


「うん」


「前にもタイチくんに指摘されたことがありましたけど、ウチの田舎は古い考え方が未だに色濃く残ってて、父や祖父は封建的な考えなんです。 だから、『女が大学になんて行く必要はない。 結婚して跡取りを産むのが役目だ』って当たり前の様に言うんです」


「そりゃまたなんと言うか・・・」


「今時異常ですよね? でもウチだけじゃなくて周りの地域全体がそんな考え方なんです。だから、高校生の時でも家族だけじゃなくて親戚や近所の人からも「お見合いするか、就職して早く結婚相手みつけろ」って良く言われてました。 あの人たちにはそれが当然なんです。 『女の幸せは早く結婚して子供産むことで、それ以外には無い』って本気で思ってるんです」


「思ってた以上に、古い価値観が根強く残ってるんですね」


「ええ。でも、私は学校の先生になるのが夢でした。結婚なんてまだ考えたくないんです」


「あぁそれで前に僕が「将来いいお嫁んさんになりそうだ」って言った時に元気無くしてたんですか。 そんな事情があるだなんて知らずに、いい加減なこと言ってすみませんでした」


「ううん。確かにあの時はタイチくんの言葉で「どこに行っても結婚の話が付きまとうの?」って最初は気持ちが沈みましたけど、でもタイチくんは別に今すぐ結婚しろって言ってた訳じゃないし、もっと先の将来の話ですからね。そこは直ぐに判ったので、気持ちも直ぐに切り替えることが出来ました」


「そうだったのなら良いんだけど、でもごめんね?もっと慎重に発言するべきだった」


「だから、タイチくんは何も悪くないから気にしないで下さい。 それに、その後に私の家族のことで「男尊女卑があるんじゃないか」って指摘されたのが、凄く衝撃的だったんです。 ずっとそういう古い価値観を嫌って否定してきたつもりなのに、私自身にもそういう習慣が身についてたことに、タイチくんが指摘してくれて初めて自覚出来たんです。そういう自分にショックだったんですけど、タイチくんの話聞いてて、自覚出来たし改めようという気持ちになれたんです。だからタイチくんにはとても感謝してるし、ウチの家族のことも聞いて貰おうと思ったんです」


「そんな大層な考えがあったわけじゃないんだけどね。ただ、イロハさんとは対等な友達で居たかっただけなんだよね」


「うふふ、そうですね。今は私も同じ気持ちです」


「それで、家族から反対されてたのに、どうやって進学することが出来たの?」


「母が協力してくれて、父を説得しました。 但し、国立ならという条件だったんです。その辺りは母が上手く誘導してくれて、条件付きでも進学を認めて貰えたので、凄く感謝してます」


「なるほど。 そこは僕と似てるね。僕も県外の大学に行きたいって相談したら、同じように父から「国立ならいいぞ」って言って貰えました。表向きは経済的な理由でしたけど、多分、どうせ無理だろうって思われてたっぽいですけどね」


「多分、ウチの父もそう思ってたと思います。それに、国立だったら周りに知られても恥ずかしくないと考えてたと思います」


「一応は進学を認めてくれてて条件の国立に入ったのに、それでも実家には帰りたくないの?」


「一番頭が痛いのは、そこなんです。いざ大学に進学したら、今度は「大学に入学してもう満足しただろ。さっさと辞めてお見合いしろ」って言い出したんです。それも父だけじゃなくて祖父や祖母まで。それで母から「しばらくは実家に戻らない方が良い。変に情を出したりしたら、大学に戻れなくされる」って言われてまして、実家には帰れないんです」


「それはまた凄いですね・・・」


「ええ。 でも、経済的な支援は家計を握ってる母が十分に援助してくれてるので困ることもないですし、こうしてこちらの生活に慣れてくると実家に居る時よりも気楽で、今は大学の勉強に集中出来てるし、十分過ぎるほど満足していますよ」


「なんというか、僕なんかよりも中々ヘビィな事情を抱えてるんですね・・・」


「高校生の時は、受験勉強してても無事に進学できるか分からなくて、毎日不安でしたね」


「そうだよね・・・頑張っべ!これからも頑張って教員資格とって立派な先生になりましょう!」


「はい。私だけじゃなくて、タイチくんもですよ?」


「そうだね・・・僕の方が頑張んないと危ないよね」


「ええ、そうですよ」ふふふ


「あれ?なんかいつもより僕に厳しくない? いつもだったら「そんなことないですよ!タイチくんは今でも十分頑張ってますよ!」って社交辞令でも言ってくれるでしょ?」


「タイチくんは友達ですからね。遠慮はなしです」


「・・・そうっすね」



 まぁ、良いんだけどね。

 僕も頑張っべ。



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