#16 生活の為に
学費や教材費以外で親からの仕送りを一応は貰っているけど、家賃と光熱費払うとカツカツで食費もかなり節約している状況なので、連休中にアルバイトを始めることにした。
本当は、大学の勉強や一人での生活が色々不安を抱えてのスタートだったから、アルバイトはこの生活になれるだろう夏休み頃から始めようと考えていたけど、予想以上に経済的に厳しくて、早急になんとかせねばとバイト探しを始めた。
でもコンビニなんかに置いてある無料配布の求人誌をチェックしてたんだけど、人材派遣とか期間工とかそんなのが多くて学生向けの求人が全然無くて困ってて、そんな話をイロハさんにしたら、「昨日、矢作書店に行ったんですけど、アルバイトの求人募集の貼り紙してましたよ?」と教えてくれて、履歴書持って速攻で自転車に乗ってその書店に行ってみた。
書店の場所は、僕んちとイロハさんちの丁度中間くらいで、自転車だと5分もかからない。
店内に入って真っ直ぐレジに直行すると、レジ前のカウンターに『学生アルバイト募集』と本当に貼り紙があった。
直ぐに店員さんに「アルバイト募集の貼り紙見たんですけど、まだ募集してますか?」と訊ねると、「店長に聞いてきますね」と直ぐに確認してくれて、呼ばれた店長が「学生さんですか?」と言うので「はい、〇教大です」と答えると、「じゃあ面接しましょうか!」と直ぐに面接してくれることになった。
履歴書を出して一緒に学生証も提示すると、希望時間や長く続けられるか等などの確認があって、その場で採用して貰えた。
勤務時間は、連休中や休日は9時から17時までで、平日は18時から24時まで。土日のどちらか1日と平日は週2~3日入ることで決まった。
この日は面接の後も業務内容の説明や当面のシフトの相談とかをして、翌日からシフトに入ることになった。
アルバイト経験の無い僕は、翌日ドキドキ緊張しながら出勤すると、自己紹介する間も無く開店前の準備に投入され、訳が分からないまま言われた作業をこなした。
開店前の準備が終わり無事に開店時間を迎えると漸く落ち着いて、初対面の他のアルバイトの先輩たちに紹介して貰えた。
その時に教えて貰ったんだけど、本屋さんでは早朝にその日の発売分の雑誌や書籍なんかが入荷するので、それらを開店前に端末で登録して平台や棚に並べる作業があるので、一日の営業で最も忙しいのが開店前になるのだそうだ。
本屋さんってのんびりしてるイメージあったし、実際に面接の時に聞いていた話では、「レジ番しながらお客さんからの問い合わせや注文の対応」と聞いていたので、こんなにも力仕事で大変だとは予想外だった。
でも、体力には自信がある方なので、特に問題には感じなかった。
開店してからの僕の主な仕事は、シュリンク作業と呼ばれるコミックをビニールでパッケージする作業に任命された。
開店前に陳列出来ているのは主に雑誌なんかで、コミックなどは開店後にシュリンクしてから陳列するそうで、要は速やかにシュリンク作業をしていかないと販売の機会損失に繋がるとのことで、「シャキシャキやってね!」と先輩の女性アルバイトに指導された。
午前中はひたすらシュリンク作業をこなした。
何冊やっただろう。数えて無いけど2~300冊はやったと思う。
お昼頃にはこの日の分のシュリンク作業が終わったので、お昼休憩に入り、その後はレジの扱い方を教わりながら先輩と一緒にレジ打ちやお客さんの要望を受けた時の包装やブックカバーの練習をしていた。
なんだかんだと慣れない労働で時間が過ぎるのも早くて、気付けば退勤時間の17時になっていた。
先輩に「坂本くん、もう上がっていいよ~」と言われたので退勤して休憩室に行くと、初めてのアルバイトの疲れがドッと出てきてパイプイスに腰を降ろして「ふぅ~」と溜め息を吐いた。
少し遅れて先輩も退勤して休憩室にやってきたので、立ち上がって「お疲れ様でした!色々教えて下さってありがとうございます!」とお礼を言うと、「え!?めっちゃ体育会系!?教えるのも仕事だし、気にしなくて良いよ!」と、慌てた様子で話してくれた。
色々話を聞くと、名前は岡崎さんと言って、同じ市内の私大に通う2年生で、僕と同じく県外からの進学で一人暮らしをしているそうだ。
仕事中、「お名前何て言います?」って聞きづらかったんだよね。
なんだか、勤務初日の新人なのに仕事中にナンパしてるみたいじゃない?
だから、仕事中ずっと名前分からないまま仕事のことで質問したりしてて、退勤してからようやく聞けたんだよね。
10分ほど雑談すると「じゃあ私は帰るね。明日からもよろしくね~」と言って帰って行ったので、僕も帰ることにした。
お店を出たあと不意に思い出してイロハさんに電話して、「イロハさんのお陰で本屋さんのアルバイト決まりました」と報告すると、「丁度良かった。煮物を作り過ぎちゃったからお裾分け持って行こうと思ってたんです」と言って、「今から矢作書店まで行くから待ってて下さい」と言いだした。
申し訳ないし態々来てもらうのも悪いので最初は遠慮したんだけど、「実家から沢山お野菜送って来て、一人じゃ食べきれないし困ってたんです」と言うので、「じゃあこれから取りに行きます」と頂くことにした。
その足でイロハさんのマンションへ行くと、この日もイロハさんはメガネじゃなくてコンタクトだった。
それで、「今度は僕がご馳走するって言ってたのに、ホントすんません。ありがたく頂きます」と言うと、「折角だから一緒に食べませんか?お代わり自由ですよ?」と言う。
うーん、悩む。
アルバイトで一日労働した後だし、疲れてたから早く家に帰ってシャワー浴びて寛ぎたかったけど、結局煮物の美味しそうな臭いの誘惑には勝てなかった。
料理苦手だしお金も節約してたから、白米にふりかけだけとかちょいちょいあったんだよね。
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
「はい!直ぐに用意しますね!」
「なんかもうホントすみません」
「大丈夫ですよ。タイチくんに食べて貰えたらお野菜も片付きますし、食事も一人だと寂しいですからね」
「働いて来た後だから、汗臭かったらごめんなさい」
「そんなの気にしませんよ。 座って寛いでて下さいね」
「うん、お構いなく」
もう何から何までイロハさんにおんぶに抱っこ状態で、あまりの申し訳無さに、食事をしながら「バイト代入ったら、焼き肉行きましょう!今度こそ僕がご馳走しますよ!」と約束した。
イロハさんの作った煮物は、色とりどりの野菜がゴロゴロ入って手が込んでて、味も懐かしく感じる物で「母さんの煮物もこんな味だったなぁ」と実家のことを思い出した。
食事の後は、イロハさんと一緒に二人で食器を洗った。
もうイロハさんは僕が手伝いを申し出ても、拒絶することは無かった。
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