#15 起き上がる為の足掻き




 部屋の模様替えをした翌日、ママから「あなた達、ちゃんとお付き合い続いてるの?」とタイチのことを聞かれた。


 全部じゃないけど、正直に話した。


 私が原因でフラれたこと。

 タイチは県外の国立大学に合格して、もうこの土地には居ないこと。

 今はもう完全に縁を切られて、どこの大学に行ったのかも教えて貰えず、連絡も取れないこと。


 フラれた原因は、話せなかった。

 保身の気持ちが無かったと言えばウソになるけど、親に向かって「私は二股してました」と言うのは、「アナタの娘は二股をするようなクズでした」と言ってるのと同義で、自分の口からは言えなかった。



「そうなの・・・あなたたち、昔はあんなに仲良かったのに、最近はタイチくん全然遊びに来なくなったものね。 何かあったのかな?とは思ってたけど、そういうことだったのね」


「うん」


「ちゃんと謝ったの? それでも許して貰えなかったなら、もう諦めて前を向かないとダメよ?」


「うん、まぁ・・・」


「若い時は色々あるわよ。 あなたも女なんだから、強くならないとダメよ?」


「わかった。心配かけてごめん」



 心が弱っているせいなのか、いつもうるさくてわずらわしいママの言葉に、涙腺が緩みそうになる。




 この日、近所の床屋さんに行って、ショートカットにバッサリ切って貰った。

 高校に入ってからはいつもお洒落に気を使って美容院で手入れしてたけど、いつも行ってる美容院は予約が必要だし、どうしてもこの日の内に切りたかったから、飛び込みで行ってお願いしたら、2つ返事でカットして貰えた。



 今までの自分を捨てたかった。

 人から『幸田チカ』と認識されるのが怖かった。

 他人の視線が『二股して恋人にバレて捨てられた女』と思われてるんじゃないかと怖くて、髪を短くして私だと分からないようにしたかった。

 見苦しい悪足掻きなのは分かってるけど、そうでもしないと起き上がることが出来そうになかった。


 そして床屋の帰り道、同じく近所の酒屋さんの店先でアルバイト募集の貼り紙を見つけて、そのままお店に駆け込み、店番をしてた奥さんに「アルバイトで雇って下さい」とお願いした。

 最初「幸田さんのとこのお嬢さん?」と驚かれ、「力仕事が多いから本当は男の子が欲しかったんだけど」と言われたので、「力仕事でも頑張ります」と頭を下げてお願いしたら、何とか雇って貰えることになった。


 家でじっとしていると、次から次へと罪悪感が襲ってくるから、辛いことを考えずに済むような何かを始めたかった。

 それに、労働することで、罪滅ぼしをしたかった。

 酒屋のアルバイトが何の罪滅ぼしにもならないことは百も承知してるけど、それでも家に閉じこもっていじけているよりはマシだと思えた。



 GW中だったので、早速翌日から働き始めた。

 朝の9時から夕方の6時まで。

 注文伝票に従って、配達する為のビールケースやお酒を数えて配達用の軽ワゴンに積み込み、配達にも同行してお客さんを周っては注文分のビールケースやお酒を降ろしたり空き瓶やビールケースを回収して、積んでた商品が無くなるとお店に戻って次の配達の注文分を積み込み、また配達に同行してお客さんを周った。

 途中お昼休憩を挟んで、これを1日に3回繰り返した。


 本当に力仕事ばかりでかなりキツくて、この日の最後の配達では、車の運転してた社長に「そんなにヘトヘトだと危ないから、幸田さんは空ビンの回収だけしてて。商品はワシが降ろすから」と気を遣われてしまった。


 最後の配達を終えてお店に戻り、回収した大量の空ビンやビールケースを降ろしてようやく初日の仕事が終わった。


 その場でへたり込んで動けずに居ると、社長が奥さんに向かって「女の子なのに根性あるわ。このままウチで働いて貰おう」と話してるのが聞こえて、目頭が熱くなった。


 クズな私でも、真面目に頑張れば認めてくれる人が居るんだ。

 そのことが、たまらなく嬉しかった。



 この日からGWの間は毎日アルバイトに入れるようになった。

 相変わらず力仕事ばかりで体の方はキツかったけど、気持ちの方はGWに入る前に比べて、少しは楽になった。


 というか、キツ過ぎて、家に帰ってシャワーを浴びるとそのまま倒れる様に寝ちゃうので、辛い事を考えずに済んだ。





 机に飾ったタイチから貰ったメダルを見てると、『僕は絶望を乗り越えたよ。次はチカの番でしょ?』って言われてる気がした。


 私のことを憎んでいるタイチがそんなこと言うハズ無いの、わかってるけど、でもメダルを見てると「このままじゃいけない」って思ったのは本当のこと。






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