#14 笑顔が眩しい
食後のデザートに僕が持ってきたイチゴを食べることになり、瑞浪さんが準備をするというので、「なら、その間にお蕎麦の食器とか、僕が洗いますね」と申し出ると、「ダメです!坂本くんはお客さんなんだから、そんなことしないで下さい!」って、ちょっと怒られた。
「いや、お客さんって言っても友達だし、そんなに気を遣わなくても」
「私がお誘いして遊びに来てくれたのに、申し訳ないから大丈夫です」
むぅ
瑞浪さん、結構頑固だな。
「じゃあ、食器運ぶくらいは」
瑞浪さんの返事を待たずに立ち上がり、自分が食べた食器をキッチンのシンクまで運び、再びローテーブルに戻ると腰を降ろした。
瑞浪さんも直ぐに食器を片付けると、冷蔵庫からイチゴのパックを取り出して、ヘタを取る作業を始め直ぐに終わらせると、イチゴを盛りつけたお皿を持ってコチラに戻って来て、ローテーブルに置いた。
「頂きますね」と言いながらフォークを1つ手渡してくれたので、「僕も頂きます」と言ってから受け取ったフォークでイチゴを1つ突き刺して、口に運んだ。
「結構甘いね」
「ええ、大きいのに甘くて美味しいです」
先ほどの瑞浪さんの態度が気になったので、イチゴを食べながら少し話してみることにした。
「瑞浪さんのご実家では、もしかしたら『家では男はどっしり構えて、女が働くべし!』みたいな男尊女卑な考えなんですか?」
「え!? それはその・・・」
僕には珍しく、思い切って直球で切り込んでみた。
「友達なんだから食器洗うくらいさせればいいのに、僕にそれをさせることに強い拒絶というか恐怖心みたいなのを感じたから、長年染みついた習慣みたいなのがあるのかな?って思って」
「言われてみれば、そうかもしれません・・・。 私の家だけじゃなくて、親戚とかご近所とかでもそれが当然だったと思います。 家で男性に家事をさせていることが知られれば、『あそこの家の女房はダメだ』って言われてしまうので」
「なるほど。だから先ほどはあんなに強く拒絶したんですね。 でもココは瑞浪さんの田舎じゃありませんよ。誰もそんな風に言う人は居ないし、むしろ、食事の片付けをしない方のが「ご馳走になっておきながら片付けすらせんのか!」って非難されるんじゃないかな」
「そうなんでしょうか・・・」
「ええ、間違いないです。少なくとも僕は、瑞浪さんのことは常々大切な友達だと思って尊敬も感謝もしてるので、少しでもお手伝い出来ることが有れば、これからも申し出るつもりですよ」
「坂本くん・・・」
「すみません、偉そうなこと言っちゃって。 僕が地元に居たころなんて、母さんも姉ちゃんも、それに当時の恋人もみんな凄く気が強くて、僕なんてドコ行ってもいつもコキ使われてましたからね。 瑞浪さんも僕には遠慮なんてしないでください。僕もその方のが気楽なので」
「ありがとうございます。 私、男性にそんな風に言って頂いたことが初めてで、凄く嬉しいんですけど、でもやっぱり申し訳ない気持ちが強くて・・・。 でも、坂本くんの言う通りですよね。私も早く坂本くんに頼れるように、頑張ります!」
「いやいや、頑張らなくて良いですよ。肩の力抜いて、リラックスしましょ」
「はい」うふふ
「あ、最後の1こ、瑞浪さんどうぞ!」
「はい、頂きます」
多分、チカと付き合ってた頃だったらこんな風に自分の考えや価値観を主張したりはしなかったと思う。
僕達はまだ若い。
大学生になっても、一人暮らししてても、どんなに背伸びしても、18で成人しても、まだまだ未熟だ。
未熟で知らないことだらけで、日々学ぶべきことだらけだ。
だけど、若いからこそ、色々な知識や価値観を柔軟に吸収できる。
こうやって話し合えば、自分と違う価値観だっていずれは分かり合えるハズなんだ。
高校出て一人で学生生活をする中で、それくらいの自覚は持てる様にはなった。
だからこそ今は、チカとのすれ違いに悔いばかりが残っている。
話し合うことが出来ないまま、気付いた時には取り戻せない程の溝が出来ていたことに。
◇
イチゴを食べた後、「ご馳走様でした。今度は僕がご馳走しますね。今日はありがとうございました」と立ち上がってお
「流石にそこまで迷惑かけるわけには」
「さっき坂本くんが言ったんじゃないですか。友達なんだから遠慮は無しです。 それに、坂本くんとのお喋りの時間、私は凄く好きなんです。今日はもう少し坂本くんとお話したいんです。だから、少しだけお付き合いして頂けませんか?」
「そ、そんなに? 僕の話のドコに瑞浪さんが魅力を感じているのか些か疑問が・・・」
「うふふ。そういう所ですよ。 坂本くん、入学式の時からずっとそんな感じで、初対面でも優しくて言葉遣いとかも丁寧で、私、全然緊張しないんです。今も二人きりなのに全然緊張してなくて。それに改めて分かったんですけど、坂本くんのお話って面白い話も厳しい話もスっと入って来るんです」
「そうかな? そんな風に褒められると照れちゃうな」えへへ
「私、男の人と二人きりでこんな風に過ごした経験なんて無くて、高校までだったらすっごく緊張してまともにお話出来なかったと思います。 今こうして普通で居られるのは、きっと坂本くんだからなんです」
なんか、僕のことベタ褒めなんですけど。
僕の好感度、爆上がり中!?
「じゃあ、お言葉に甘えて、もう少しお喋りしましょうか」
「はい!コーヒー淹れますね!座って待ってて下さいね」
「うん、お構いなく」
結局その日は夜の8時頃まで二人でお喋りを続けた。
夕飯には瑞浪さんが親子丼を作ってくれて、二人で食べた後、今度は僕が食器を洗わせて貰った。
普段、大学では話さなかった様な、プライベートな話を沢山した。
子供の頃のことや中学や高校、部活のことや受験勉強、家族のことや少しだけど恋愛経験の話もだし、そろそろアルバイトを始めようと考えていることなんかも話した。
その中で、入学式の時からずっと思ってた、瑞浪さんの名前のことも話した。
「瑞浪さんの『イロハ』って名前、凄く良い名前ですよね。 キラキラネームじゃないのにインパクトあって、日本的で綺麗な響きで、でもハイカラで、一度聞いたら忘れられない良い名前だと思います。 ご両親が付けてくれたんですか?」
「え、ええ。 母が付けてくれた名前なんです」
「へー、お母さんが。 お母さんは古典文学とか好きなんです?」
「え!?よく分かりましたね? ウチの母、昔、古文の教師をしてたそうです。私を妊娠したのを期に退職したんですが」
「なるほど。流石国語教師のお母さんは、ネーミングセンスが素晴らしいですね」
「そうですかね? 子供の頃は瑞浪イロハで略して『ミズイロ』ってよく揶揄われて嫌だったんですけど、まさかこんな風に名前を褒めて頂けるなんて思っても無かったです」
「いやいや、良い名前ですよ。それに、瑞浪さんのキャラにもピッタリです」
「うふふ。ありがとうございます」
「あ!そうだ! これからは瑞浪さんじゃなくて、『イロハさん』って名前で呼んでも良いですか?」
「え・・・えーっと」
「あ、それは流石に馴れ馴れしいか」
「いえ、その・・・はい。イロハって呼んで下さい」
「らじゃ! じゃあ僕のことも『タイチ』って呼んで下さい!」
「ええ!?私もですか!?」
「友達でしょ?遠慮はなしですよ!」
「じゃあ・・・タイチ、くん?」
「はい!タイチです!なんでしょうか!イロハさん!」
「呼んでみただけです」うふふ
イロハさんはそう言って、この日一番楽しそうに笑顔を僕に向けてくれた。
眩しッ!!!
イロハさん!笑顔が眩しいよ!!!
今日はいつもと違うお洒落してるイロハさんに面喰ったり、お料理上手なことを褒めたつもりがご機嫌斜めにさせちゃって必死に宥めたり、田舎ならではの古い習慣を偉そうに諫めたりと色々あったけど、この笑顔はこの1カ月の付き合いの中でも一番と言っても良い程の会心の笑顔だ。
きっと僕は、この人とこの先、長い付き合いになると思う。
そんな確信めいたものを感じた。
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