#09 思い出す程今更




「ただいま」


「あら、早かったのね?食事は?タイチくんと一緒に食べて来なかったの?」


 タイチと別れたことも、タイチがもう地元に居なくて国立大に進学したことも、まだママには話せていない。

 ママはタイチのこと気に入ってたから、別れたなんて何を言われるか怖くて言えなかった。


「なんか用事があるみたい」


「えー?用事があるって、入学式なのに? アナタ達、高校の入学式の時はずっと一緒にいたのに。今日くらいデートしてくれたっていいのにねぇ?」


 ママの言葉に一々耳が痛くて、適当に返事して自分の部屋に逃げ込んだ。




 タイチとデートかぁ・・・

 タイチと最後にデートしたのって、いつだっけ。


 スーツとシャツを脱ぐと、パンストを脱ぐ気力が消失して、下着姿のままへたり込む様にベッドの淵に腰を降ろした。


 今年はバレンタインも正月も、去年のクリスマスも会って無かった。


 そう言えば、バレンタインにタイチの家にチョコ渡しに行った時もエリコさんが応対してくれて、「タイチは体調崩して寝込んでる」って言われて会えなかったっけ。

 私大の受験終わったばかりで、受験疲れだと思ってチョコだけ置いて帰ったけど、今思えば、あの時は既に私のこと避けてたんだ。

 エリコさんも全部知ってて、私をタイチに会わせなかったんだ。


 あぁ、思い出した。

 クリスマスも正月も、「受験勉強追い込みで会えない。プレゼントは受験終わったら」って言って、タイチの方からキャンセルされたんだ。


 なんだ、私、とっくに愛想尽かされてたじゃん。

 はぁ。


 溜息を吐くと更にダルくなって、そのままベッドに倒れ込む様に横になった。

 


 夏休みはどうだっけ・・・


 横になったまま壁の模様を見つめて、ぼーっと考える。


 お盆休み明けに一度だけタイチの部屋に行ったかな。

 そうだ、あの時、部屋には入ったけど、タイチを怒らせちゃって気不味くなって逃げたんだ。


 あの日、私はタイチとセックスするつもりで、タイチに会いに行ったんだ。タイチとはまだしたこと無かったし、そろそろ済ませておこうって自分で用意したコンドーム持って。

 しかも、お盆休み中、タイチには「パパの実家に帰省する」ってウソ言ってサトシとか友達と遊んでて、そのアリバイ工作でママが買ってきたお土産を自分が買ってきたフリまでして。


 あの時、私が「そろそろセックスしてみない?」って誘ったら、タイチに「受験生なのにそんなことしてる余裕ない」って断られて、それでも私が「もう18なんだし」とか「私に魅力が無いって言いたいの?」とかしつこく迫ったら、「1年の時、僕がエッチしたいってお願いしたら、チカ、僕になんて言ったか覚えてないのか?『そんなこと考えてるの?なんか怖い』って拒絶されてショックだったんだぞ?あれ以来、僕の中ではずっと禁句になってたんだぞ?それなのに・・・」って低い声で今まで見たこと無いような怖い顔して怒られたんだ。

 タイチが私に向かってあんなに怒ったのが初めてで、気不味くて直ぐに逃げ出したんだ。


 あの時、タイチが既に浮気のこと知ってたのかは今はもうわかんないけど、どっちにしても私、最低のクズじゃん。

 タイチからお願いされた時は拒否っといて、なのに好きでもない他の男にバージン捧げて、おまけに今度は自分からタイチに迫って。

 1年の時に拒否ったことだって、タイチがそんなに気にしてるなんて全然知らなかったし、ずっと禁句にしてたっていうのも、タイチなりに私に気遣ってくれてたからだし、私の誘いを拒否したのも既に浮気のこと知ってたからなのかも・・・なのになんで毎回毎回ちゃんとタイチのこと考えなかったんだろ。

 今更気づいても、全部遅いよ。

 思い出せば思い出すほど、自分のクズさ加減に死にたくなるだけじゃん。


 ホント、今まで何やってたんだろ。

 タイチは国立目指してずっと勉強頑張ってたのに、私は狙ってた私大もギリギリで、一般入試じゃ自信無かったから半ば強引に指定校推薦取り付けて、それなのにタイチには「一緒の大学、絶対合格してよ!」って要求して、指定校推薦合格決まった後の年末年始なんて、浮かれて遊び周ってたし。

 3学期だって、自由登校で顔会わせてなくても「タイチは受験勉強追い込みで大変だろうな」とか他人事みたいに考えちゃって、タイチが私を避けてる事なんて気付けるわけないじゃん。



 はぁ。

 ホント今更だけど、タイチに謝りたい。

 許して貰えないだろうけど、全部謝りたい。

 こんな私がタイチの恋人になんて相応しくないのは死にたくなるほど分かったから、せめて謝りたい。


 でも、それすら出来ないのが、辛い。

 タイチのこと考えると、罪悪感と捨てられた惨めさばかりで、頭を搔きむしりたくなる。


 もう嫌なこと考えたく無くて眠ってしまいたいのに、タイチとの良いことも悪いことも次から次へと思い出されて、全然眠れない。


 そして、気付けば無意識にスマホの画像フォルダを開いてタイチの写真ばかり眺めてる。

 タイチの少し緊張した眩しい笑顔に一瞬気持ちが緩んで癒されるけど、直ぐに「もうこの笑顔を私には向けてくれないんだ」って痛感して、更に辛くなる。



 なんでちょっとチヤホヤされたくらいで調子に乗ってたんだろ。

 こんなに後悔するくらいなら、もっと早く気づけよ。

 もういっそのこと、女であることを辞めたくなってきた。

 

 


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