#07 一人での記念撮影



 入学式が終わると、式に参加している新入生が一斉に席を立ち、講堂の出口に向かって流れ出した。


 僕も一度立ち上がるけど、その人混みに圧倒されてしまいその場を動けずに居ると、隣の席の女性も僕と同じように戸惑っている様子だった。



「もう少し待ってから出た方が良さそうですね」


「はい・・・」



 再び席に腰を降ろすとその女性も腰を降ろしたので、時間潰しに何か話しかけることにした。



「地元の方ですか?」


「いえ、福井からです」


「へー、福井ですか。 僕は東北なんです」


「え?私よりも遠くないですか?」


「そうですね。随分遠くに来ちゃいました」テヘペロ


「うふふ、凄く楽しそうですね」


「めっちゃ楽しくないですか?ずっと目標だったんで、今日それが叶った訳ですからね」


「そう言われればそうですね。私もずっと教師になるのが夢でしたので、今日はその夢の第一歩ですね」


「そうそう、そういうことですよ」


「うふふ。 あ!私、瑞浪みずなみイロハって言います。初等過程です」


「おぉ!?奇遇ですね。僕も初等過程で坂本タイチって言います。講義とか一緒になることありそうですね」


「そうですね! 一緒の人居てちょっと嬉しいです」



 新入生の中で女性の方たちは、華やかな和装の人が多かったけど、瑞浪さんは紺色のスーツ姿で眼鏡を掛けてるせいなのか、大人しくて真面目そうな印象を抱いてたけど、少し話してみるとニコニコと人懐っこい笑顔が可愛らしい女性だった。


「あ、そろそろ少なくなったみたいですし、出ませんか?」


「そうですね、行きましょうか」



 初対面だけどお互い一人ぼっち同士だったからなのか、なんとなくそのまま二人で歩いて講堂の外に出た。


 しかし講堂の外では、サークル関連だと思われる大勢の先輩方がビラ配りや勧誘など溢れかえってて、再び僕達は圧倒されて立ち止まってしまった。



「こりゃまた凄いですね」


「ええ・・・ちょっと怖いです」


 確かに、これは不味そうだ。

 瑞浪さんは見た目大人しそうだし、体格的にも女性としては小柄な方なので、この人混みの中に入って行って揉みくちゃにされて怪我でもしたら大変だ。



「あの、僕で良ければ、正門の外まで連れ出しますけど、どうします?」


「え?連れ出すんですか?」


「ええ、任せて貰えれば、無事に外までエスコートしますよ」


 ちょっと気取って格好付けてみた。


「じゃあ・・・お願いします」


「らじゃ!」


 僕は元気よく敬礼すると、瑞浪さんの右手を握りしめて、ずんずんと人混みの中に突入した。



 次から次へと手渡されるビラを抱えながら「はいはいごめんなさいね~」と突き進む。


 引退して随分経ってしまったけど、中学高校と剣道に打ち込んで来た僕には、人混みの中で避けたりかわしたりは造作もない。

 途中途中で「瑞浪さん、大丈夫ですか?」と声を掛けながらも突き進む。



 そして、ようやく正門の外に抜け出す頃には、僕も瑞浪さんも手だけじゃなくスーツのポケットとかにもビラが何枚も突き刺さってて、中々大変なことになっていた。


「ちょっと強引でしたけど、大丈夫でした?」


「え、えぇ・・・・」


「それにしても凄かったですね。大学のサークル勧誘って遠慮なしなんですね」


「あ、あの・・・手を・・・」


 言われるまで忘れてたけど、ずっと瑞浪さんと手を繋いだままだった。



「あ!ごめんなさい!」


 慌てて手を離すと、瑞浪さんは離した手を胸に抱く様にして、真っ赤な顔して俯いてしまった。



 不味いぞ、コレは。

 人混みから連れ出すと見せかけたセクハラだと思われたかもしれない・・・

 折角同じ初等過程の知り合いが出来たと思ったのに、入学初日からセクハラ野郎の烙印が押されてしまったか!?



「いえ、その・・・凄く助かりました・・・ありがとうございます」


 僕が動揺して何とか釈明出来ないか必死にグルグル考えていると、瑞浪さんは真っ赤な顔のままペコリと頭を下げてお礼を言ってくれた。


「私、田舎者だから人混み苦手で、本当に助かりました」


「そ、そうですか。お役に立てたのなら、良かった」ははは



 どうやら、セクハラ野郎と認定はされてはいないようだ。

 でも、マジで危なかったな。

 今後は自重しなくては。



「じゃあ僕はココで! お互い、大学生活がんばりましょうね!」


「は、はい。  あ、あの・・・」


「はい、まだなんかありました?」


「あ、いえ、何でも無いです・・・」


「そうですか。じゃあ僕徒歩なんで、失礼します」



 瑞浪さんと正門前で別れると自宅へ帰る為に歩き始めるが、直ぐに桜並木で立ち止まり、手に持ってたビラを1つに丸めてスーツのポケットに突っ込むと、胸の内ポケットに入れていたスマホを取り出した。


 カメラを起動して自撮りモードにすると、あーでもない、こーでもないと桜をバッグに写しては画像を確認して、写しては画像を確認と繰り返して10枚ほど自撮りした。



 やっぱり一人だと、難しいな。

 取り合えず写した中から吟味して、横ピースにウインクしている決め顔の画像に『今日から大学生だぜい!うぇ~い!』とメッセージを添えて、母さんにメールで送信した。


 一先ひとまず、任務完了。

 でもなんだか、急に虚しさが湧いて来た。


 今更こんなこと思うなんて自分でも情けないけど、本当だったらさ、3年前みたいに今年の春もチカと二人で入学式に出て、記念写真も二人で写ってたはずなんだよね。




 はぁ。

 コンビニでも寄ってから帰るか。






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