#06 遠くまで来た




 僕の住むワンルームから大学までは、徒歩で10分程度。自転車なら5分かからない。


 この日、合格祝いに両親に買って貰った真新しいスーツと姉ちゃんに餞別で貰ったネクタイを身に着け、大学までの道を歩いた。

 今日は入学式なので徒歩だけど、講義の日は自転車で通うことになる。


 コチラに移り住んでからまだ10日余りだけど、この数日で随分と温かくなった気がする。

 僕の地元はここからずっと北東にあるから、4月のこの時期はまだまだ肌寒い。


 温かい土地はいいね。

 冬なんて雪がほとんど積もらないらしい。

 雪掻きしないで良いなんて天国だよ。


 のんびり歩きながら気候の良さにしみじみと想いを馳せていると、大学の正門が見えて来た。

 正門の前には真っすぐと道路が伸びていて、その両脇の桜並木が満開だった。


 この地域はもう満開なんだね。

 地元だと満開はもう少し先だったはず。


 思えば遠くへ来たものだ。

 咲き誇る桜を眺めていると、ちょっぴりセンチメンタルになってしまう。


 母さんに、「入学式の記念にスーツ姿の写メ撮って送れ」って催促されてたから、桜をバックに自撮りをするのもアリだね。

 入学式が終わったら、一人撮影会と洒落込もうか。

 

 そう言えば、高校の入学式の時もチカと二人で校門の前や帰り道に写メ撮りまくってたっけ。

 もう全部消しちゃったけどね!

 ふふふ



 正門前の道路には、僕と同じ様な多くの新入生らしき小綺麗な服を身に纏った人たちが沢山歩いてて、華やかだ。

 そんな中、桜を眺めて一人ニヤニヤしている僕は、ちょっと浮いてるかも?


 いやいやいや

 浮かれちゃうのは仕方ないでしょ?

 だって、入学式だよ?

 念願の大学生になれるんだよ?

 国立の教育大だよ?


 まぁ、僕が御上おのぼりさんなのは認めよう。

 別に恥じることじゃない。


 でも、もし隣にチカが居たら、「恥ずかしいから止めてよ!」とか怒られてたんだろうな。

 もう居ないから怒られる心配無いけどね!

 ふふふ



 歴史を感じる立派な正門をくぐり構内に入ると、入学式の会場である講堂への案内表示があったので、それに従って歩いて行く。

 僕と同じような恰好の新入生がゾロゾロと、そしてキョロキョロとしながら沢山歩いてて、これが全部今年の新入生なのかと思うと、流石の学生数の多さに圧倒されてしまいそうだ。


 ゾロゾロと歩いて講堂に辿り着くと、入口前で受付の行列が出来ていたので、適当な列に並び、受付を済ませて講堂内に入る。

 受付で渡された席番を探して見つけると、既に隣には女性が座ってたので、「どうも」と会釈してから腰を降ろす。


 座ってからも落ち着かなくて、一人キョロキョロしながら周囲の様子を窺っていると、式が開始された。



 ようやくだよ。

 ホント、ここまでの道のりは遠かった。

 いや、ワンルームからの道じゃないよ?徒歩10分だし。


『県外の大学へ行く』って決めて、両親説得して、必死に勉強して、国立志望を隠し通して、コソコソと共通テストや前期試験受けて、無事合格して、そこから秘密裏に一人暮らしの準備進めて、夜逃げするように地元出てきて、ようやく目標まで辿り着けたよ。


 壇上で学長だか学部長だかよく分かんなけど、ボソボソと喋ってるスピーチをBGMに、僕がこの道を決意した時のことを思い返していた。





 去年の夏休みの終わり。

 その頃には既にチカの浮気を把握してて、それでチカのこと考えると辛すぎるから現実逃避に毎日部屋に篭って勉強してた。


 6月には部活を引退してたし、チカとは会いたく無くて、僕から剣道とチカを取り上げたら何も残って無くて、だから勉強に打ち込むしか現実逃避する手段が無かったからね。


 夏休み後半は毎日毎日朝から晩まで勉強してた。

 母さんは喜んでたけど、姉ちゃんは心配してたっけ。

 僕がそうなってた理由を唯一知ってたからね。


 それで、夏休みの最後の日に姉ちゃんが僕の部屋に来て、「いつまでもいじけてんじゃねーぞ!ごらぁ!」って、話聞いてくれたんだよね。

 そこまで口悪くなかったけど。



「あんた、明日から学校なんでしょ?いい加減結論出したら?あの子(チカ)のことはどーすんの?」


「わからん」


「わからんって言ってても、嫌でも明日からまた顔見ることになるんだよ?あんた、平気なの?」


「平気では無いね」


「証拠もあるんだし、問い詰めて別れた方がいいんじゃないの?」


「うーん・・・いずれは別れるつもりだけど、このままだとなんか悔しい」


「へー、タイチでも悔しいって感じてたんだ」


「そりゃそうだよ。滅茶苦茶悔しいに決まってるじゃん」


「そっか、そうだよね。じゃあ、仕返しとかするの?」


「うーん・・・チカの性格考えたら、今僕が何かしたところで、「あっそ」とか言って平気な顔するんじゃないかな」


「あー、そうかもね。あの子、そんな子だわ」


「だから、今すぐじゃなくて、この先、いつか泣く程悔しい思いさせたい」


「例えば?」


「チカよりカワイイ子と付き合うとか?」


「ほぉー、誰か候補とか居るの?」


「いや、全く居ない」


「ダメじゃん!」


「うーん・・・あ、そだ。大学」


「大学?」


「うん。一緒の大学に行こうってチカと約束してたんだよ。高校入学した時にね。 だから、一緒の大学行くフリしてチカよりも良い大学行くとか?」


「あんたの学力がどうかは置いといて、健全な意趣返しではあるね」


「でしょ?しかも、ココより都会にあるような有名な大学とか」


「ウチは県外は厳しいんじゃないかな。私の時も県内にしてくれって頼まれたし」


「うーん、でもダメ元で相談してみようかな」



 そして、両親に「県外の大学に行きたい」と相談した。


 母さんは反対したけど、父さんは「国立ならいいぞ」とOKしてくれた。

 国立なら経済的な面でもなんとかなるだろうという理由だったけど、多分、父さん的には僕の学力じゃ国立は無理だと思ってて、万が一合格したら『めっけもん』くらいの考えだったんじゃないかな。

 なにせ、僕の通う高校では、現役で国立大合格なんて英雄扱いだ。

 進学校とは名ばかりの中途半端な偏差値の高校だったし、毎年数名国立に合格する人居たけど、そのほとんどは1~2年の浪人を経てようやく合格した人ばかりで、ここ数年は現役合格は居なかったはず。


 でもこの時、僕の中で『この土地を離れて、県外の大学(国立大)へ行く!』という明確な目標が固まり、この日からその目標に向かって我武者羅に勉強に没頭した。



 因みに、その場には姉ちゃんも同席してて、姉ちゃんは僕の県外への進学希望を後押ししてくれて、僕がそう考える様になった理由を「チカちゃんに浮気されて悔しいから、見返すためにタイチなりに必死なんだよ」と話してくれて、それを聞いた父さんは「だったら死ぬ気で頑張って、必ず見返したれ。絶対に負けんな。男見せたれ」と言って、結構ノリノリだった。


 多分、僕のこの性格って、父さんや姉ちゃんの影響だよね。










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