43歳ー11
生ぬるい風とともに、焦げた肉の臭いが漂う。
ニナさんの大剣はドデカワニの喉の奥に刺さったままだ。動くたびに内側でつっかえて、ぎこちない挙動をしている。ただ、その目は油断なくこちらを見つめている。
のそりのそりと、体を引きずるようにして迫りくる。ニナさんが数歩下がる。ドデカワニが数歩進む。
狙いはニナさんのようだ。
片腕と武器を失ったニナさんは、もはや戦える状況ではない。動けているのが奇跡のようだ。
そんな状況でさえニナさんを狙い続けているのは、ひとえにニナさんのもつ存在感のためか。
ニナさんが下がる。ドデカワニが進む。そして。
ニナさんは後ろを振り向き、走り出した。
当然、ドデカワニも後を追う。満身創痍のニナさんのほうが、大剣を飲み込んだままのドデカワニよりもわずかに遅い。
だんだんと距離が縮まる。ニナさんの背とワニの鼻先が触れる、その瞬間。
突如として地中から現れた水の刃に、ドデカワニが両断された。
「はは、すっげえ威力……アクト、よくやったよ」
改めて僕、アクトの話をしよう。お母さんのお腹から出てきてから43年にもなるが、見た目は12歳ほどの小柄な少年である。
そんな僕に、ニナさんはダンジョンのボスへのとどめを刺すという、大役を任せた。
僕の持つ武器は4つ。
頭から被ると透明になる
高速で液体を発射する什宝、高圧洗浄機。
生まれ育った村から持ってきて、修理しながら使っている軽いシャベル。
そして、永遠にも等しい時間。
ニナさんのような強い力がない以上、たくさんの準備をするしかない。リプティ商会からきたダンジョンマニアのメイアさんと、さまざまな検証を行った。
保離袋。
「外側から透明に見える。内側からは外の景色が見える」
「裏返して被ることもできる。すると外から中が見え、中から外は見えなくなる」
「水中でも機能する。水中で使用した場合、水の中をクリアに見ることができる」
「外側に汚れが付着することがない。粉塵を弾く。透明になるという性質を保証するための機能だと思われる。内側は汚れるため、定期的な掃除が必要」
高圧洗浄機。
「液体を高速で発射できる。威力等の調節はできない」
「水を飛ばした際の威力は、ゼロ距離ならば獣の肉が切れる程度。距離が空くと制圧くらいにしか使えない」
「後部にあるホースを液体につけることでその液体を発射することができる。液体の定義はかなり広い。ヨーグルトを発射することも成功」
そうして、これらの検証をもとに作戦を立てる。
ニナさんたちが戦っている間に、ドデカワニの行動範囲内で地面を掘って隠れておく。そして、ここぞというときに高圧洗浄機で真下から貫く。
ドデカワニの鱗は強靭だが、腹側の鱗は小粒で脆い。狙うならば地中からの一撃である。
鍵となるのがこの二つの什宝の、新たに判明した使い方だ。
保離袋はただ透明にするだけではない。周りの景色と同化することができる。同じことのようであるが、ちょっとした違いがある。
この性質は水中での実験中に発見した。
本来であれば、いくら透明とはいえ水中にいるときは水を押しのけることになる。そのため、一目で居場所がわかるはずだった。
ところがこの什宝は、姿を消すだけにとどまらず、あたかもそこに水が存在するかのように、周囲に沿う形で景色を補った。
そして、その特性は地中でも遺憾なく発揮される。
地面に穴を掘り寝そべると、穴を隠すように地面と同化できるのだ。
次に高圧洗浄機。検証の結果、威力をあげる簡単な方法を発見した。発射する水に研磨剤を溶け込ませるのだ。
すると、大股で一歩ほど離れた距離の金属さえも両断できるほどの破壊力が手に入った。
研磨剤として用いたのは、ダンジョンで採取したやたらと硬い鉱石を砕いたものである。ファーマーの本領発揮といったところか。
ここまで手札が揃うと、あと必要なものは度胸だけ。
僕は、ニナさんたちが戦っている間、仰向けで土に半身を埋め、逆さまな視界で戦いの行方を見守っていた。
白熱した戦いのさなか、なんとも間抜けな姿で、ドデカワニを引き連れてくるときを待っていたのである。
ニナさんはわざと大怪我をして、ドデカワニを僕のところまでおびき寄せる。
期待に応えるべく、僕は高圧洗浄機で液体を放った。
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