43歳ー10

 戦況は優勢であった。ドデカワニの動きに対応できている。


 勝てる。


 僕は、動きが制限される代わりに透明になれる什宝、保離袋ぽりぶくろのなかでじっと待ち続けた。


 ニナさんが噛みつき攻撃をあしらう。すれ違いざまに大剣で刺す。突き上げる。数歩距離を取り、また相手の動きを伺う。


 ドデカワニが尻尾を横薙ぎに払う。カイがショートボウで距離を保ったまま攻撃する。そこ狙って、突進してくる。入れ替わるようにニナさんが相手をする。


 ドデカワニが大きく距離を取り、口から炎の玉を放つ。ジュンが盾で反らす。一拍と待たずニナさんが距離を詰め、切り込む。


 そうして、ドデカワニは予想通りの行動にでた。


 26年前と全く同じだ。


 自爆覚悟の不意打ち。至近距離での魔法攻撃である。





「あいつ、賢いんだよね」


 戦いの前に、ニナさんは言った。


「ほら、前戦ったときも。至近距離での魔法攻撃をギリギリまで隠してたでしょ? ドデカワニは切り札を隠しておく程度の頭脳はあるんだよ」


「単純に、自爆で傷を負うことを嫌ったのではないですか?」


「まあ、それもあるかもね」


 ニナさんはすぐには結論を出さない。決めつけが視野を狭めるのだそうだ。


「ただ、たぶんあいつは意識して立ち回ってるよ。相対するとわかるけど、立ち位置にフェイント、それから攻撃の受け方まで、細かい駆け引きをしてくる」


 まあ、あたしの肌感覚だけどね、とニナさんは話す。


「では、戦うごとに相手も強くなっているわけですか?」


「いや、ドデカワニと戦うのは14回目だが、たぶんあいつには前回の記憶はない。てか、たぶん毎回、別個体なんだと思う」


「つまり、僕たちには情報アドバンテージがあると。回を重ねるごとに、有利になるんですね」


「そういうこった。相手の切り札を知ったまま作戦を建てられる。これほど不公平な話はないさ」





 この時を待っていた。いや、この時が来るのを恐れていたのかもしれない。


 ドデカワニの至近距離魔法の予備動作を見て、ニナさんが地面を一度蹴る。


 僕に対する合図だ。3つ目の作戦を行うという、合図。


 この作戦で、僕たちの戦いは終わる。捨て身の作戦。そして、その鍵となるのが僕、アクトである。


 正直、このまま倒してほしかった。ドデカワニの行動は見切っていたのだし、時間をかければいつか勝てたはずだった。


 しかし、実際には、カイとジュンが消耗していたのだ。


 カイは弓矢のストックが心許ない。それは少し下がれば補充できるので対処は可能である。


 問題はジュンの方。


 何度も炎の玉を盾で受けていたジュンは、直撃はしていないものの、熱でかなり疲弊している。

 

 ジュンは盾で駆け回るためにかなりの軽装で、その衣服はところどころ焦げ、両腕が真っ赤に火傷している。


 ニナさんはこの状況を見て、長くは持たないと判断したのだ。


 ドデカワニが至近距離で口をあけ、ニナさんに向けて魔法を放とうとする。


 その瞬間、ニナさんは大剣を持った右腕ごと、口の奥に突き刺した。


 ドデカワニの口の奥は、常に大きな舌で閉じられている。これは、地上のワニも同じらしい。


 地上のワニは水を飲まないように蓋をしているわけだが、水中に住んでいないドデカワニは、魔法を使い炎の玉を吐き出す時のみ、口の奥を見せる。


 そこに大剣を差し込む。右腕を犠牲にして。


 ドデカワニはとっさに口を閉じる。ニナさんの腕はいとも簡単に千切れる。


「これほど鍛えられた腕はないぜ! 味わって食えよ!」


 痛みで顔を歪めながらもニナさんが叫ぶ。


 ニナさんは切り離された腕を名残惜しむことなく、素早くその場から遠ざかる。


 次の瞬間、口の中で暴発した魔法の衝撃で、ドデカワニの体が跳ね上がった。

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