43歳ー9
「チカラデール」はダンジョンの植物を使った特製の強壮薬である。
ダンジョンに生える植物は、地上とほとんど同じ。始めてダンジョンに潜った時、僕はそう思った。
以前使ったダンジョン産薬草を用いたポーションも、やたらと効き目がいいという程度にしか思っていなかった。
ごく稀に不思議な植物を見ることもあるが、ほとんどは地上の森でよく見かけるものである。
しかし、検証の末にこの考えが誤りだったことを知る。
ダンジョンの植物はダンジョンの外では育たない。
ダンジョンの植物は種子や株分けで増えることがない。
ダンジョンの植物は採取後も時間経過で復活する。
そして。
ダンジョンの植物、特に薬品になるものは、地上の同じ種類のものに比べて、極端な性質をもつ。
「ボッチオオカミがオオカミに似た全く別の物体であるように、こんな薬草一つとっても、薬草に似た全く別のものなのかもしれないね」
ニナさんはため息を付きながら語っていた。ダンジョンの不思議の途方のなさに呆れていたのかもしれない。
そうして、ダンジョンの植物を調合して作った強壮薬「チカラデール」は、非常に強力なものであった。明らかに人間が接種してもよいものではない。
実験用のマウスは、接種後に筋肉が風船のように膨れ上がり、気管が圧迫され、窒息死してしまった。どんな薬だよ。
それから、幾らかの調整を経て、実戦投入である。
「そんな危ない薬、ニナさんが使わなくてもいいんじゃないですか?」
ニナさんは笑って答える。
「これが『転生』を活かした戦い方さ。どうせこの肉体は使い捨て。それなら、なるべく酷使して捨てないともったいないだろ?」
しゃがみ込むようにして力をためて、足のバネで勢いをつけ、叩きつけるように大剣を振り下ろす。噛みつきを避けて、また叩く。
大振りに見えてその実、ニナさんの動きは素早い。ドデカワニの動きに合わせて、じわりじわりと追い詰めるように攻撃をしていく。
たまらずドデカワニは大きく下がり距離をとる。
そして体をしならせるようにして炎の玉を吐き出した。
「きたよ、ジュン!」
「わかった」
炎の玉は強烈な熱波を発しながら迫りくる。盾を構えたジュンが、ニナさんと炎の玉の間にすべり込む。
「うっ」
ジュンはあまりの熱にうめき声を漏らしながらも、盾で炎の玉をわずかに上方へとそらした。
「うんうん、上出来」
前回、ニナさんが一人で戦ったとき、ニナさんは大剣の腹で魔法を弾いた。
そう、炎の塊を弾いたのである。
例えばこの魔法が熱そのものを飛ばすものであれば、大剣で防ぐことができずそのまま焼け死んだだろう。
また、どこか遠方の国では、燃える水が資源として使われていると聞いたことがあるが、ドデカワニの魔法はそれとも違う。液体でもない。何か、燃え盛る球状の物質を放っている。
それがわかると、対策は容易だった。
ニナさんが考えた魔法対策。それは盾によって弾くこと。
ジュンの仕事はただ一つ、魔法からみんなを守ることだ。何がなんでも、炎の玉の前に体を差し込む。
これにて、ドデカワニの動き全てに対応することができるようになった。
薙ぎ払いはカイが担当し、魔法はジュンが担当する。
一つ一つ、ドデカワニの採れる手段がなくなっていく。
まるで、追い込み漁である。最初に試した網での攻撃よりも、今の方がよっぽどワニ漁のようだ。
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