43歳ー8

 いきなりだが勝負所だ。戦闘に時間をかければかけるほど、負傷のリスクは高まる。なるべく楽に勝てる、ハメ手のような作戦を最初に試す。できるならばここで勝負を決めたい。


 ニナさんがドデカワニの相手をしているうちに、ジュンとカイが斜め後方のポジションを取る。


「いまだ!」


 ワニが噛みつきの動作を終えた瞬間、ニナさんの合図に合わせてカイとジュンがそれぞれ網を投げる。


 なんてことのない、漁で使う普通の投網である。


「いいじゃん。いいところにかかった!」


 投網の持ち手は引かない。ドデカワニの尖った鱗になるべく絡まるように、2枚の網をふわりと被せた。


 ドデカワニが抵抗する。


 しかし、もがくほどに網は絡まっていく。力でどうにかできるようなものではない。


 脱出するにはその鋭い歯で切るしかないだろうが、口を閉じたタイミングを狙って投げたため苦戦している様子。


「ワニ漁だね。さあ、ぼさっとすんな。畳み掛けるよ!」


 ニナさん、そしてカイとジュンがドデカワニに近づく。ドデカワニは身の危険を感じたのか、死にものぐるいで暴れている。


 そうしてわずかに空いた口から、魔法を放った。26年前の戦いで散々ニナさんを苦しめた、炎の玉を放つ魔法である。


 その魔法はニナさんたちを狙っていなかった。口のなかで爆発させ、そこから漏れ出た炎を撒き散らしながら、転がり距離をとる。


「チッ、思ったよりはやく抜けられたな。もう少し燃えにくい素材のがあればね」


 投網が燃やされてしまった。ドデカワニは燃え盛る網を身にまとい、火だるまになりながらも動じていない。


「あーあ。投げるのにかなり練習したのに、一瞬で消し炭だ」


 カイがため息をつく。


「ダンジョンのモンスターは痛覚がないから平気そうにしてるけど、炎のダメージは受けてるはずさ。口の中で爆発してたし。それより、次の準備だ」





 ニナさんの言葉で、カイとジュンがそれぞれの武器を取り出す。


 カイの武器はショートボウ。器用なカイは、どんな武器でもそれなりに使いこなすが、この2ヶ月は弓の訓練をしていた。


 それに対しジュンはいつもの大盾。他のことができない代わりに、一芸に特化している。


 次の作戦は至極単純。相手の行動全てに対応するだけだ。


 ドデカワニの行動パターンは3種。鋭い歯による噛みつき、尻尾による薙ぎ払い、そして炎の玉の魔法。


 基本的にはニナさんがドデカワニの相手をする。


「オラ、そんなもんか!」

 

 一番頻度の多い噛みつきの動きは、ニナさんにしか対応できない。相手の動きに合わせ、剣で弾き、身をかわし、隙を伺って一撃を加える。


「来たぞ! カイ!」


 尻尾での薙ぎ払いはカイのターンだ。


 近距離で戦うニナさんは、どうしても距離を取らざるを得ない。そのためこれまでは、頻繁に薙ぎ払いをされると、どうしても攻めきれなかった。


 しかし今回はカイがショートボウを持っている。この時間、誤射の心配もなくフリーで撃つことができる。


 狙いは、目。ダンジョンのモンスターでも、通常の生き物と同じく目で敵を認識していることは検証済みである。


「あったんねーな」


 もちろん、小さな目を狙うのは簡単ではない。


「いいから打ち続けな。カイ」


 この攻撃でダメージを与えることは目的ではない。プレッシャーをかけ、少しでも薙ぎ払いをさせにくくする。


 実際、ショートボウによる狙撃という手札を見せてから、ドデカワニの薙ぎ払いの頻度がかなり減った。


「おおっと」


「もうちょと離れてろ」


「近くないと狙ったとこ当たらないんです」


 ニナさん以外が噛みつき攻撃の標的になった時は、ニナさんが大剣で横腹を思いっきり叩き、ヘイトを取り戻す。あまりの衝撃にドデカワニの体が少し浮く。


 前世のニナさんでは出来なかったことだ。


 ニナさんのギフト『転生』では毎回違った肉体に生まれる。そのため、肉体のポテンシャルによって多少の能力差ができる。


 ただし、今の力はその程度の差ではない。今回の戦闘から、ニナさんはとある薬物を戦闘に取り入れた。


 ドーピングである。それもダンジョンで採れた、とっておきの薬品の。


その名も「チカラデール」。

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