43歳ー7

「アクトくん!」


 ノエルさんに声をかけられる。


 今回のボス攻略では、ノエルさんはお留守番だ。分身が一人しかいない現状では、命を懸けるリスクが高すぎるからである。


「アクトくん。ニナちゃんを絶対死なせないでね」


「うん。頑張るよ」


 ノエルさんは当然ニナさんの『転生』のギフトのことを知っている。


 そしてニナさんが、例え自分が死んででも僕を生きて帰そうとしている、ということも知っているはずだ。


「アクトくんが身代わりになってでも、ニナちゃんを助けるんだよ? アクトくんは当然女の子を体を張って守れるよね?」


「う、うん?」


 なんだか厄介なことを言い出した。


「私、思うんだ。ニナちゃんがね、『転生』したとするでしょ? でもそれは、姿形は全く別のものなの。私はニナちゃんのことが大好きで、それは内面だけじゃなくって、見た目や匂いまで全部大好きなの。」


 ノエルさんは大きく息を吸う。


「だからね、なるべくニナちゃんには『転生』してほしくないっていうか。普通に、ニナちゃんが痛い思いしてほしくないのもあるし。でも、アクトくんにもなるべく生きて帰って欲しいよ? でもそれは、ニナちゃんが生きて帰ってくれたあとの話っていうか」


 ノエルさんがこのモードに入ったのを久々に見た。最近は淑女の立ち振舞いを身に着けて隠れていたが、彼女の素はこうである。


 ダンジョン攻略が不安なのは、直接参加しないノエルさんも同じなのだろう。現場で動けず待つことしか出来ないのが不安を加速させるのかもしれない。


「とにかく、アクトくん。ニナちゃんを死なせたら許さないからね。絶対、連れて帰ってよね」


「あんまりアクトをいじめないであげなよ」


 ニナさん。困っている僕を見かねて助けに入ってくれた。


「アクトじゃあたしを助けられないだろ。頼むならカイかジュンにしたほうがいい」


「カイとジュンにはもう言ったの。あとは最後の保険でアクトくんにお願いしただけ」


 ふたりともひどい。確かに僕は戦力的には物足りないが、僕だって強くなるために精一杯努力したんだ。


「まあ、そろそろ行くか。ノエル、またな。必ず戻ってくるから、ノエルも信じて待っとけよ」


 僕たちはダンジョンに足を踏み入れる。




 ダンジョンボスのドデカワニは、初めて見たときと同じ姿をしていた。


 ダンジョンのボスモンスターは一定時間立つとダメージが回復するらしい。

 

 かつてニナさんがボス相手に一人で、日を跨いだ持久戦を挑み、この事実が発覚したそうだ。


 ボス以外のはダンジョン内を徘徊しているため検証が難しく、またボス相手だと気軽に挑むことができない。そのため詳しいことはわかっていない。


 どういう条件で回復するのか、検証が必要だと言っていた。


「名前の通りでかいっすね〜」


 カイが手で影を作るようにして、遠巻きにボス

を眺める。ちなみにダンジョン内に太陽はないので眩しい理由がなく、ただのポーズである。


 まだ距離はあるが、その巨体から姿がよくわかる。


「あの牙相手だと、たぶん盾が保たない」


 ジュンはその身を覆うほどの大盾を抱えてそんなことを呟く。


「俺のロングソードも、刃が立たないと思いますよ。まあ結局、作戦通りやってみるしかないっすね」


 残念がるような口ぶりのカイだが、その割には表情がさっぱりしている。きちんと覚悟を決めているようだった。


「予定通り行くよ。作戦は3つ。忘れてないだろうね」


 ニナさんはそう言って、肩に大剣を担ぐ。


「まずは0個目の作戦だ。あたしが挨拶に行ってくる!」


「あ!」


「ちょっと! まってくれ!」


 ニナさんはドデカワニに向かって走り出す。いきなり予定にないことをしないでほしい。


 慌ててカイとジュンもついていく。


 きっと、ニナさんは景気づけのつもりなのだろう。僕たちが少し怖気づいているのを見て、最初に踏み出す役を買ってでたのだ。


 迎え撃つドデカワニはというと、体をしならせ噛みつき攻撃の準備をしていた。


 そして、両者ぶつかる。


 最初の一撃は、どちらも傷つかず。互角のようだ。

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