43歳ー5
ノエルのギフト、『分身』の前任者は自殺したかもしれないという。ノエルの顔が浮かび、不安がよぎる。
「アクトはノエルのギフト、『分身』について聞いたとき、どう思った?」
「……僕の不老よりもずっと強い能力だと思いました」
「その認識は正しい。戦闘や技術面に関してはな」
ダンジョンの森をニナさんと話しながらすすむ。
「だがな、考えてみろよ。遠くない未来に、ノエルは数百数千と分身する。そしてその数だけのライフストックがあり、その数だけの経験を得る。ほとんど不老不死の状態で、一日に何年という経験を得るんだ。きっと、すぐに頭がおかしくなる」
ゴクリとつばを飲み込む。全くもって他人事ではない。
僕の『不老』も同様の問題を抱えている。
悠久の時を過ごすうちに、僕もいつかは自ら命を手にかけることになるかもしれない。
言葉に詰まっていると、木の影からボッチオオカミが現れた。頭の中をモヤモヤとさせたまま身構える。
ニナさんが左手で僕の動き静止した。
「アクト! あたしはね。今後、ノエルもダンジョンに潜らせる。ノエルの分身を間引きするんだ!」
ニナさんは右足から踏み込んで、距離を詰める。そのまま、相手の反応を気にも止めず一気に大剣を振り抜いた。
26歳まで成長したニナさんの身体は、前世に負けず劣らず屈強である。
「ノエルも、数人ぐらいまでなら、きっとしばらく正気でいられる! だから! ダンジョンに、挑ませ続けて! 死なせ続けて! 数を調整しなきゃならない!」
怒りを発散させるように、ボッチオオカミを何度も何度も斬りつける。
そうしてボロ雑巾のようになったオオカミを見て、肩を落とす。
「こんなの、ギフトってよりも呪いだよな」
ボッチオオカミの死体から魔石を取り出すのは簡単だった。切り刻まれた体から、すでに魔石の一部が表出していたからだ。
「以前、『ほとんどのギフトは自分じゃ操作できない』って言ったの、覚えているか?」
ニナさんが呟くように話し出す。僕は黙ったまま頷く。
「その数少ない例外が、あたしのギフト『転生』なんだ。あたしギフトはね、死ぬ度にギフトを手放す選択肢が与えられる。いつでも転生を辞めることができるんだ」
「それって……」
僕はすんでの所で言葉を飲み込んだ。それを口にしてしまうと、もうニナさんを止められなくなってしまう気がしたからだ。
ニナさんは首をふる。
「あたしの限界も近いよ。500年は生まれ変わり死に変わりしてるからね。もう何も見たくない、知りたくないと思うことさえある。ただ、ダンジョンを攻略する、それだけを支えにここまで来たんだ」
「ニナさん、僕は」
どんな言葉をかければいいのかわからない。ニナさんの顔を見ると、すでにいつものニナさんに戻っていた。
きっと、ボッチオオカミとの戦闘中の激情がニナさんの本心なのだろう。今のにこやかな顔は500年で培った、本心を隠す技術だ。
「アクト、あたしはほんとにあんたに期待してるんだ。『不老』ってのは、脳細胞の老化も阻害する。若いままで成長が止まったお前なら、きっと若者らしく、明るく前向きなままでいられるはずさ」
ニナさんは大剣を上に突き出し、言った。
「あたしのダンジョン攻略を正気なままで見届けて、あたしの存在を歴史に残すのがアクトの仕事だ! あんたは、あたしやノエルと違って殺されたらすぐに死ぬ。あたしが許すまで死ぬんじゃねえぞ」
やはりニナさんは横暴だ。しかし、僕は『不老』である。無限にある時間の一部くらい、ニナさんにあげてもいいかなと思う。
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