28歳-3
商談はつつがなくすすむ。
というよりも、商会長のパータさんはひとまず詳しい話が聞きたいらしい。ニナさんの話に相槌を打つのみ。ニナさんもそれを理解して、端的に計画を説明していく。
「大体わかったか? 返事は急がないが、この件は内密に頼むよ。損したくないだろ?」
攻略中のダンジョンの存在は僕たちがもっとも秘密にすべきことである。それを、誰とも知らない商人に漏らした。
当然考えあってのことだ。
僕たちの身元は全く割れていない。割れる身元がないとも言える。
僕は生まれたウド村を追放されて十年以上立つ。ニナさんは何度も転生していて毎回違う人生を歩んでいる。そのため、僕たちの過去の経歴を辿る事はできない。
僕たちの素性からダンジョンの場所にたどり着くのは不可能。そして、ダンジョンの秘密は、場所さえバレなければ致命傷にはならない。
協力を仰ぐ以上、情報提供の線引を決めて置く必要があった。そして、ニナさんはダンジョンの場所以外すべてを伝えることにしたのだ。
「ええ。お返事はどちらまで届ければいいですか?」
パータさんはそれとなくダンジョンの場所を聞き出そうとしている。食えない男だ。
「いや、あたしたちが聞きに来るよ。そうだな、1ヶ月後に」
「わかりました。それでは」
「後を付けられてんなぁ」
リプティ商会からの帰り道。町を出てすぐの街道でニナさんがつぶやく。
「日が暮れる前に帰りたいのに」
ニナさんは器用に馬から飛び降りた。
僕もニナさんも体格は子供で、馬を扱うにはコツが居る。僕はニナさんの助けがなければ馬から降りられない。
「アクト、少しだけそのまま前を向いてろ」
腰に差した剣を右手で抜き、左手にはいつの間にか出した投擲用のナイフ。
ニナさんは自分の体の成長段階に合わせて獲物を変える。初めて会ったときは僕の身長ほどの大剣を片手で軽々と振り回していたが、幼い今は鋭利な武器で急所を狙うらしい。
静寂の中、時折肉の裂けるような音が聞こえる。恐る恐る後ろを振り向く。
「うわっ」
その瞬間、血しぶきが僕の顔と服にまで飛んでくる。
「あーあ。だから振り向くなって言ったのに」
ニナさんの足元には、黒の装束を着た人が三人倒れていた。ニナさんの服には汚れ一つない。
「敵を切るときはどうしても血が飛ぶ。だから、普段は刃の向きを調整して返り血を浴びないようにしてるんだ」
「か、神業ですね……」
「ただ、転生して肉体が変わった後は、微妙に力加減が難しくてね。血が予想より飛散る。後ろ振り向くから、アクトの服の前面に血がついちまったじゃないか。こっから帰り道、あたしにしがみつくなよ」
「そんな理由で前を向くよう言ったんですか」
二人で馬に乗るときは、僕がニナさんにしがみつく形になる。その時に、僕についた血がニナさんに移るのが嫌だったらしい。
「それより、そいつらは何者なんですか? 生きてます?」
「おそらくリプティ商会の差し金かな」
地面に倒れた敵を靴の裏でつつきながらニナさんはいう。
「あそこの会長はなかなかやり手だからね。追手ぐらい出すだろうさ。あたしたちの素性が分かればよし、ダンジョンの位置が分かればもっとよし、ってとこかな」
ニナさん的には高評価らしい。
ニナさんはリプティ商会の様々な所を褒めている。いわく、業界ナンバー2に甘んじているのも、商会の作戦なんだとか。
「出る杭は打たれるからな。ただでさえ奴隷商人はグレーな商売だ。目立つことは得ばかりじゃない。なんせ、あの商会は数百年前からナンバー2だ。上はコロコロ入れ替わるのに、不自然なほど2位のまま。小さい屋敷で経営してるのも、目立たないためだろうな」
「そんな計算高い商人が、ダンジョン攻略の誘いなんて手伝ってくれるんですかね?」
「ああ、おそらくな。ダンジョンを独占できる利益はそれほどまでに絶大だ。場合によっては国が傾くほどに」
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