28歳-1

 20年後の学校設立を見据えた準備の日々が始まった。


 午前中はとにかく勉強。僕とノエルがニナさんにいろんなことを教えてもらう。


 田舎の村で育った僕の学力は、奴隷だったノエルと大差のないものだった。ノエルは中規模程度の町の奴隷であったため、僕のほうが世間知らずでさえある。


 ニナさんの指導は読み書きや計算だけでなく、法律、経済、歴史、医療、植生、果ては芸術や哲学まで、多岐に渡った。


 一度、聞いてみたことがある。


「こんなこと、ダンジョン攻略の役に立つんですか?」


「さあ、どうだろうな。アクト、ダンジョン攻略に必要な力ってなんだと思う?」


「えーっと。戦闘能力は当然として。あとは索敵とか、治療とかができればいいですかね」


「ダンジョンの敵やボスを倒すだけならそれでもいいな」


 そういうと、ニナさんはいくつかの資料を取り出す。何枚もの地図に文字や数字がびっしりと書いてあった。


「これは、あたしが百年以上かけて集めたダンジョンの地理データだ。ダンジョンは不思議でな。ほんの少しずつ、地形が変わってんだ。十年で数メートルずつくらいかな」


「そうなんですか? ここに来て十年以上立ちますが、ぜんぜん気が付かなかったです」


「普通に探索しているだけじゃ気が付かないもんさ」


 ニナさんは続けて言う。


「あたしは、ダンジョンの不思議を解き明かしたい。そのために、なるべく知識をつけてからダンジョンに挑んでいる。ダンジョンボスを倒すための力だけあったって、ダンジョンを攻略したことにはならない。むしろ、周りを見渡してどれだけ多くのことに気が付けるか、それが重要なんだ。なにが必要か分からないときは、全部学べ。」


 僕に教えているというよりも、自分に言い聞かせるようだった。自分の決意を再確認しているような、厳しい表情をしていた。


 講義が終わると、午後は自由時間。もっとも、僕は家事などでばたばたとしているし、ニナさんはダンジョンの研究をしている。ノエルは午前の授業の復習をしているようだった。学校の先生になりたいという気持ちは本物らしい。


 そうして、一年ほど過ぎたころ、ニナさんが僕に声をかけた。


「アクト、出かけるぞ。奴隷商人にカチコミだ」





 王国において、奴隷商人は合法である。正確には、違法ではないというべきだろうか。

 

 奴隷の売買自体は禁止されていないが、一般の人間を捕らえて奴隷にする行為は法律で禁止されている。そのため、多くの奴隷商人は、盗賊や山賊という奴隷確保の専門家を通して奴隷を取引する、いわゆる「三店方式」の形でクリーンに商売を行っている。


「奴隷商人なんて、なんの用があるんですか」


 奴隷商人にはいい思い出がない。貧しい村だったので、かつての友人が奴隷にされたこともあった。もっとも、僕は体が弱く奴隷にもなれなかったため、村を追放されたのだが。


「ノエルを学校に入学させるために、三つ必要なものがあるといっただろ。金・コネ・ノエルの学力。奴隷商人をうまく使えば金とコネがクリアできる。三つ目は無理だがな。すこし後ろ暗いところがあるやつのほうが、扱いやすいことが多いんだ」


 拠点から南東方向へ馬で四時間ほど走り、ティントレットという名の町についた。上の下くらいの規模の町で、人口は数十万はいるだろうか。

 

 いままで見たことのないほどの都会である。門に並ぶ行列を見るだけで、人の多さに眩暈がしそうだ。


 町に入るための身分証は、ニナさんが用意してくれた。明らかに内容が偽造なのだが、ほかに持っていないため仕方がない。この見た目で28歳といっても信じてもらえないだろうし。緊張したが、無事に町の中へ入ることに成功した。


「どんな町なんですか?」


「さあな。初めてきた」


「適当ですね。知ってる商人がいるわけではないんですか」


「いや、いるぞ。こっちが一方的に知っているだけだが」


 ニナさんは鞄からメモを取り出す。


「リプティ商会。王国のナンバー2の奴隷商会だ。数百年前、あたしがギフトを手に入れる前からあった、息の長い奴隷商会だね」

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