第7話 殻を破る

 

「…おいひい」

 もぐもぐ。

 数十分後、美紗子の前には、大量の肉・野菜が積まれた特製鍋と、それをほおばる件の幽霊のような髪の女性がいた。

 今回の食事は、先ほどスーパーに向かい、買ってきた。

 なお会計は彼女が出してくれた…「徳は多少あるから」、と言っていた。

「えっと…都さんでいいんですよね?」

「ほうらよ。…(ゴクリ)…地原都。あなたは?

 最近入った人がいるってことだけは知ってるけど」

「あぁ、ええ最近、故合ってここに来ました、神原美紗子です」

「…よろしく。とはいえ、あたし、あんまり昼間に表に出ないけど」

 特に、美紗子を敵視しているような感じはしない。

 むしろ共感を得ているようだ。

「…あの」

「ほえ?」

 相変わらず口に物が入ったまま、都は答える。

「なんで引きこもってるんですか?」

「…あー…あのさぁ…頑張ってることが報われないことって多いじゃない」

「…え? …はい、そうですねぇ」

「そういえば、草葉の部屋には行った?」

「…ええ、行きましたけど…」

 いろんなところに話が飛ぶ人だなぁと思いながら美紗子も鍋をつつく。

「あんなん見るもんじゃないねー。

 あれのせいでアタシ引きこもっちゃったよ」

 あっけらかんとではあるが多少重い話をされているようであるので、美紗子は真剣に聞いた。

「一応さぁ、アタシ、現世じゃ世話焼きで通ってたんだけどぉ。

 草場の部屋で葬式見たら、みんな陰口言ってんの…しかも世話した奴に限って」

「…あぁ、そういう」

 確かにそんな奴ばっかりだよなぁ、なんて美紗子も少し思ったりするのだが。

 それよりも、部屋から出ようとしなかった、しかも風貌も若干幽霊っぽい彼女が、ここまでしゃべるのかということに驚いていた。

「だけど、その性格が幸いしたんだか、徳がたまりすぎてて天国行けるんだって。

 アタシもへそ曲がりだから、あんだけ疎まれといて何が天国行きなんだって、担当の閻魔と喧嘩して」

「えっ!? 閻魔様と?」

 あの閻魔様と喧嘩する図というのがあまり考えられなかった。

「あぁ、アンタが知ってるこの界隈の閻魔ちゃんじゃなくて、もっと…こう高圧的な奴だった。

 『これだけ徳ためといて何が不満なんだ!おとなしく天国行け!』だってさ。

 その高圧的な態度にアタシもカチンと来て、『知らないわよ!輪廻転生して直後に死んでやるから地獄に落としなさいよ!』って言っちゃったわけよ」

 ズルズル。

 皿の中のシラタキを麺みたいにすすりながら、都は話す。

「そしたらその閻魔ったらさ、『お前は無間地獄行きだ!輪廻転生なぞさせぬ!』だって向こうも怒っちゃったわけ」

「無間地獄?」

 そういえば、裁きの時にも言われたけど、無間地獄の意味は教わっていなかった。

「あら、知らないの。

 徳を積んで死んだら一生遊んですごせる天国、徳が少ないなら輪廻転生してもう一度現世に戻る準備をする地獄、そしてどうしようもない悪人の魂を幽閉するために鬼たちが折檻をして、現世の時にほかの生物に与えたのと同じ苦しみを与えるのが無間地獄。

 まぁ、悪人だけが入る刑務所みたいなもんね」

「あ、そういうことだったんですね。

 徳を積んで死んだのに、そこに入れられそうになったんですか!?」

「そうよ? 短気なくせに権力だけはあるのよねーあの閻魔」

 驚いて聞き返した美紗子に、サバっとした表情で答える都。

「まぁそんな風にもめてたら、たまたま用事があって通りかかったウチの閻魔ちゃんが『私が待機の間で徳を積ませます、その間私達が面倒を見ます』って取りなしてくれて…。

 あっちも私も、売り言葉に買い言葉だったから徳の高い人間を無間地獄なんて行かせたいとも思ってないはずだし、私だって行きたいわけじゃなかったから、渡りに船ってことで煉獄荘の住人になったってわけよ」

「閻魔様…かっこいいなぁ…」

「…まぁそんなわけで、その時の喧嘩とかを思い出して、そして閻魔ちゃんに申し訳ないなーって思って、部屋からも出なかったら…インターネットも通じてるし、徳はあるから深夜にコンビニだけ行けば生活できるしで、見事なヒキコモリになったってわけよ」

「うーん…つまり、都さんはなぜここに?」

 美紗子には根本的にそこがわからなかった。

「ほとぼりが冷めるまでってヤツよ。

 前の担当閻魔も怒った手前すぐに天国にやりたくもないでしょうし、アタシ、ここの生活気に入ってるし」

 そういうと都は少し笑った。

「それにアンタなら、天国行けとか口うるさく言わなそうだし。

 弥里とか、白河さんとか、顔を合わせると天国行く気になったかとか聞いてくるし」

 弥里が世話焼きなのは、美紗子にもわかっている。

 その辺が少しマイナスに作用してしまったようだ。

「そういうわけで、よろしくね美紗子」

「はい。よろしくお願いします」

 始めて都は、美紗子に笑いかけ、美紗子も都の笑顔に少しほっとしたのであった。

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