第4話 煉獄荘の新人歓迎会


「都はこないって」

 煉獄荘に戻り、閻魔様、白河と美紗子が弥里の部屋に先に入っていると、後から入ってきた弥里がこう答えた。

「都?」

「ああ、203号室の住人だよ。いわゆる引きこもり体質でさ」

「あー…なぜ私の担当する待機の間の人は問題児…もとい、ちょっと問題がある人が多いのか…」

 閻魔様は頭を抱えた。

「いやいや、アタシと都と一緒にしないでほしいね、閻魔ちゃん」

「…」

 しれっと数に入れられた美紗子も少しジト目で閻魔様を見る。

「あ、スイマセン神原さん…あなたには今のところ問題があるわけじゃなくて、あのその、あうあう…」

「…あはは、大丈夫ですよ。問題児な自覚もありますし」

 しかし顔を真っ赤にした閻魔様もかわいいなーと思いながら、美紗子も笑った。

「それにしても、あの閻魔ちゃんがアタシと都以外を待機の間送りにするとはねぇ」

「へ?どういうことですか?」

 弥里の意外なセリフに美紗子が反応した。

「閻魔ちゃんさぁ、こう見えて結構厳粛な人なんよ」

「えぇ!?」

「…驚きすぎですよ、神原さん」

 さすがのオーバーアクションに、白河が苦笑しながら答えた。

 閻魔様はといえば「厳粛、なんですかねぇ」と恥ずかしそうにうつむいた。

「閻魔ちゃん、結構裁きがうまくてさ、徳がギリギリでも天国に行ける人は天国に、少しでも徳が足りない人は不徳を理由に地獄から現世に戻すっての結構徹底してんのさ。

 で、それに反して、待機の間に送られたのがアタシと、さっきちらっと言った都って子と、神原ちゃん…そのぐらいしかいないってワケ」

 そういえば、白河もそんなこと言っていたと美紗子は思い出す。

「閻魔様は、実は閻魔界の天才児なんですよ」

「ちょ、白河さん!?」

 お酒が入っているためか、ニヤリと偽悪的な笑みを浮かべて、白河が説明をつなげた。

 閻魔様が慌てている。

 この世界では閻魔は、地蔵菩薩の出世先とされており、あまたの地蔵菩薩のうち、経験を積んだものが閻魔に昇格する。

「天才児?」

「そう…何を隠そうこの閻魔ちゃんは、地蔵菩薩から閻魔への昇格の最年少記録を持ったエリート閻魔様なのだ!」

 弥里も嬉しそうに閻魔様を紹介した。

「…と言っても、アタシや神原ちゃんなんかよりよっぽど年上だけどね」

「…すごい人なんですね、閻魔様」

 ぎゅー。

「わっ…神原さん! …く、苦しいですよ…」

 閻魔様は、美紗子の抱擁に対し、口ではすぐ離れてほしそうなことを言っているが、抵抗はしなかった。

「まぁそんなわけで、若い閻魔様に、乾杯!」

 弥里はそう言って白河とグラスを合わせた。

「そういえば…閻魔様」

「なんですか?」

 美紗子の腕の中でなすが儘になっている閻魔様に、美紗子が声をかけた。

「閻魔様ってどこに住んでるんですか?」

「…え? 天国の中心街のはずれのアパートですけど…」

「アパートってレベルじゃないじゃない!」

 弥里が茶化した。

「そうですよ。そもそも一等地じゃないですか」

 白河も弥里を援護する。

「…そんなことないですって!」

 恥ずかしがっている閻魔様をしり目に、美紗子はガッツポーズをとる。

 

「閻魔様、私…頑張って徳をためて…、閻魔様のご近所さんになります!!」

 

「…」

 白河は一瞬固まったが、すぐにうれしそうな顔になる。

「! 言うね、神原ちゃん!」

 弥里は楽しそうに親指を上げた。

「はい!」

 美紗子は誇らしげに手に持ったビールを掲げ、一気に飲み干した。

「…ええ、がんばってください」

 一瞬言葉を失った閻魔様も、柔和に微笑み、歓迎会はささやかながら和やかに終了した。

 

 

 5.草葉の部屋

 

「…」

 翌日美紗子が目を覚ますと、すっかり朝になっていた。

 むしろ、太陽はかなり高い。

 目の前にはまだ寝ている弥里だけがいた。

「…そっか」

 自分は今、煉獄荘の弥里の部屋にいるのだと思い出し、閻魔様と秘書の白河は仕事に行ったのだと気づく。

 美紗子はふと、思い立ち煉獄荘の外に出てみた。

 非常にのどかな場所…夏の高原のような気候ですでに日は高いが、過ごしやすい。

「…んっ…うー…」

 伸びをしてみた。

 非常に気持ちいい。

 たとえると、三連休の一日目に遊んでよく寝た後の、予定の無い二日目の朝のような爽快な気持ちだった。

「…ほんとにわたし死んだんだ」

 いまさらながら、生前のせせこましい世界に比べておおらかな気持ちになっている自分に気づいた。

 生前、常に感じていた体のだるさもまったくなかった。

 

 それから煉獄荘に戻ると、弥里が朝食を食べていた。

「あ、神原ちゃん、おかえり」

「あ、ハイ、ただいまです」

「どこ行ってたんだい?」

「いえ、煉獄荘の周りを少し…のどかなところですね」

「あはは、のどかか。そりゃそうだ。

 この辺に住んでるのは、閻魔ちゃんが担当した煉獄荘の住人だけだ」

「…ということは、別の閻魔様が担当する待機の間は別にあるんですか?」

「そうさね…歩いてはいけないようになってるみたいだし、いくら歩いてもいけないようになってるらしいよ。

 ただ、天国のスーパー行くとアタシらと同じように首からカード下げてる人がいるんだけど、それがほかの閻魔様担当の待機の間住人だね。

 まぁ、うちの閻魔ちゃんと仲良くさえやってれば、ほかの部屋の住人とは余り交流もないから…気にしなくていいよ」

 閻魔様を気に入る美紗子には別段関係ないようだ。

「さて、じゃぁ今日は…もう一つ別の部屋に行こうか。

 そっちも紹介しておきたかったからね」

「別の部屋?

 徳の部屋にあるんですか?」

「そだよ、ついといで」

 

 そう言って弥里は、美紗子を徳の部屋に連れてくる。

「ここに別の部屋があるんですか?」

「そう。

 まず図書室…閻魔ちゃんが集めた天国や地獄に関する記録があるんよ。

 時々、閻魔ちゃんとか、別の閻魔連中も来るから、この部屋の中では余り話しかけたりしないようにね」

 徳の部屋の隣に、資料室と書かれた部屋があり、そこには閻魔様と同じような格好の人が数人調べ物をしていた。

 確かに、興味深い部屋ではある。

「…紹介したい部屋ってここですか?」

「いいや、こんな部屋もあるよって説明しといただけ…。

 他の閻魔さんたちも、個々別々に待機の間にこういう資料室を作ってるけど、ほかの閻魔さんも閻魔ちゃんが持ってる気になる知見があれば、入ってこれるのさ」

「なるほど…それにしても本がいっぱい…」

「そうでしょ? 閻魔ちゃんが最年少で閻魔になれたのは、地蔵菩薩時代にとにかく勉強したらしいんだよ。

 まぁ、閻魔ちゃんの地蔵像が建てられたのが図書館の隣だったってのも幸いしたらしいけどね」

 弥里は美紗子に閻魔様についていろいろ教えてくれた。

「さて…今日紹介する本題は、こっちだ」

 そう言って、弥里は資料室の隣にある部屋に美紗子を案内した。

 部屋には『草葉の部屋』と書いてある。

「草葉の部屋?」

「そう…人が死ぬと、葬式を草葉の影から見守ってるなんて聞いたことない?」

「…ありますね」

「そこから命名された、天国の最新鋭現世映写ルーム、通称『草葉の部屋』だよ」

 余りにもなネーミングにずっこけそうになる美紗子をしり目に、弥里は『草葉の部屋』に入る。

「さ、神原ちゃん、この紐を持って自分の家を想像してごらん」

「あ、ハイ…」

 言われるがまま、目を閉じて生前の自宅を美紗子が思い浮かべる。

「お、映った映った」

「えっ!?」

 目を開け、映写されたスクリーンを見ると、生前の自宅前が映し出されていた。

 その様子が違っていたのは、喪服を着た二人の男女が映し出されていたことだった。

「あ、おとーさん…おかーさん…」

「あ、神原ちゃんのご両親か…なんとなくわかるわ。優しそうな顔してる」

 どうやらこれからお葬式のようだ。

 誰のか? もちろん美紗子のである。

 美紗子の両親は喪服姿でどこかに向かっている。

 それを美紗子は想像で追いかける。

「近くの斎場だよね…」

 美紗子がその斎場を思い浮かべると、場面が切り替わる。

 斎場前には『神原家』と書かれていた。

「…」

「結構張り込んだね。いい斎場じゃない」

「…まだ両親も健在ですし、私の貯金もそこそこありましたからね。

 このくらいはできたんでしょう」

「なるほどね…」

 あの貯金の使い方、これかー…と一瞬悲しくなったのはさておいて。

「あ、おねーちゃん…」

「ん? 受付の人?」

「そうです」

「ふぅん…美人じゃない」

 受付は美紗子の姉が一人対応していた。

 そこまでくるような葬式でもないし、妥当なところだろう、と美紗子は思った。

「私…おねーちゃんには何もかないませんでした…最後まで」

「そうなの?」

「ええ…おねーちゃんは美人だし、成績も優秀で…体育は少し苦手ですけど私よりはできて、結婚も早くて」

 そう思うと美紗子は少し悲しくなった。

「…お姉さん、悲しそうだよ」

「…そうですね」

 一応、二人だけの姉妹だったし、そこは悲しくなってくれてるみたい。

 と、そこに見知った顔が入っていくのが見えた。

「…あ、アイツだ」

「ん? 今の男の人?」

 美紗子より二つ年上で、仕事はできるほうだけど、とびぬけてできるわけじゃない、会社の同期。

「ええ、会社のけんか相手です」

「…あの人も悲しそうだよ。

 お付き合いでもしてたの?」

「いいえ…悪い奴じゃないんですけど、そういう風には見えませんでしたねぇ」

 美紗子がそんな話をするうち、映像の中の彼が目に見えて涙ぐむのが分かった。

「…」

 多少、クるものはあるかもしれない。

 あえて弥里は黙っていた。

 そして、映像の中の彼が涙をぬぐうのが分かった。

 これで弥里の中で、美紗子が好きだったのは明白になった。

 男女の喧嘩仲間は自然と一緒にいることも多い。

 おそらく、彼は美紗子が好きだったから構おうとして、喧嘩仲間みたいな関係になってしまったのだろうと。

 しかし、その後、美紗子は弥里の想像もし得ないような言葉だった。

 

「…はぁ、何泣いてんのよあいつ。バカみたい」

 

 その言葉に、弥里は思わず美紗子に振り向いた。

 照れ隠しかとも思ったが、完全にあきれ顔だった。

「何よ、それまで憎まれ口叩きまくって、挙句葬式で泣くとか迷惑な奴ね。

 あーあ、おねーちゃん、困ってるじゃない」

 彼女は本気で彼のことは何とも思っていなかったようだ。

「弥里さん、自分のお葬式なんて見るもんじゃなありませんねぇ…」

「そ、そう? それは悪かったわねぇ…」

 思わず、弥里は苦笑いで謝ってしまう。

「いやいや、弥里さんのせいじゃないですって。

 死んだ人が見守ってくれているって、おかーさんがおばあちゃんが死んだときに言ってたことは本当なんだなーってわかりましたし、両親やおねーちゃんを見守れる手段も判りましたし」

「そ、そう。それはよかった」

「もう、死後まであいつにイライラさせられるとは思わなかった!」

 美紗子はサバサバしたような顔で紐を手放した。

「あ、消えた」

「あ、紐を離しちゃうと映像消えちゃうよ」

「…なるほど…わかりました、今日はこの辺にしましょうか。

 ありがとうございました」

 そう言って二人は草葉の部屋を後にした。


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