第3話 天国共用領域

 

 そして美紗子が弥里の後についてしばらく歩くと、立派な門があった。

 門の前には屈強な男性が二人、立っている。

「ここが天国と待機の間共用のスペースの入り口さ。待機の間住人は天国に行く資格がない…いわば仮免許の状態なんだけど、天国の中の『商業観光スペース』にだけ入れるのさ。待機の間に買い物できる場所がないのはここに入れるから、ってわけ」

「…そうなんですか。えっと、この門を超えるには…」

「見てなさい」

 そうすると弥里は門番と何やら話し始め、胸に下げたカードを見せる。

 すると、門が開いた。

「…あ、これか」

 美紗子は先ほど、徳の部屋の入口で作った登録者カードに目をやる。

 意を決して、弥里がしたように門番に「すいません」と声をかけ、登録者カードを見せた。

 門番は厳しい顔をしていたが、登録者カードを見るなり、少しほっとしたような顔になり、バーコードリーダーを登録者カードに押し当てた。

 ピッ。

 バーコードリーダーによる登録者カードって、こんなところでも使われてるのね。

 美紗子は重い扉が開いていくのを見ながら、そんなことを思った。

「お待たせしました」

「よっ。すぐに分かったみたいだね」

 弥里はどうやら、美紗子が登録者カードに気づくかどうかを見ていたようだ。

「神原ちゃん、ボーっとしてるように見えるから、少し試させてもらったよ」

 なるほど、私はボーっとしているように見えるのか。

 美紗子は少し態度を改めようと思った。

 そして目の前には、本当に生前見ていたのと同じようなスーパー。

 しかも、見覚えがあるスーパーだった。

「ここが〇オコー・冥界入口店ね。」

「ヤ〇コーなの!?天国のスーパー、ヤオ〇ーなの!?」

「ど、どうした急に大きな声出して?」

 思わず出たツッコミに、弥里が美紗子に驚いた顔を向ける。

「あ、いや、ごめんなさい…こんなところでいつものスーパーに出会っちゃったので…」

「あぁ、そういえばそうだね。大丈夫、物はこっちで調理したものだから」

「…」

 実は美紗子、生前は〇オコーのヘビーユーザーで、実家、会社、一人暮らしの家の近所、すべてなぜか近くにあるスーパーはヤ〇オコーであった。

 『半額総菜ガチャ』と勝手に命名して、半額のシールが張られた揚げ物をおかずに大量に、しかも毎日深夜に偏った食事をとっていたのが心筋梗塞の引き金になったことは否めない。

 ♪~ ♪~

 なぜか自動ドアを開けると某コンビニエンスストアのような音楽が流れた。

 入ってみると、店の雰囲気は全く現世と変わらない。

「…」

 野菜や豆腐、卵、乳製品、肉、魚などの生鮮食品。

「ん?どうした神原ちゃん」

 スーパーに入ってから黙り込んでいた美紗子に、弥里が不思議そうに声をかける。

「…いえ、生鮮食品なんて、買ったことなかったなーと…スーパー=半額総菜と決まってたので」

 生前の生活を思い出し、少し恥ずかしそうに美紗子は答える。

「おやまぁ、そりゃなんで」

「お仕事の関係で、生活は不規則でしたし、自炊できるような時間もありませんでした。幸い、毎日総菜を買う程度の貯蓄はありましたし」

「さみしい話だ。ここのスーパーは生鮮食品中心で、総菜はほとんどないから気を付けなよ」

 実は先ほど美紗子が気になっていたことを、弥里が答えてくれた。

「ハイ…まぁ、どっちみちこっちでは一日の時間はそこそこありそうですし、自炊できないわけなじゃないので、大丈夫です」

「そっか…なら大丈夫か」

 そうこうするうち、弥里はひょいひょいといくつかの野菜や肉をかごの中に入れていく。

「今日はうちで、天子ちゃんや閻魔ちゃんを呼んで、新人歓迎会やるからね。

 徳は私の使うからほしいものあったらカゴに入れな」

 弥里のイケメンな発言に、美紗子は若干ドキッとしながらも、子供のころに戻ったように、そのまま食べられるシラスやハムのような加工食品、お菓子などを入れ、現世にいる頃よりもうれしい気持ちでいた。

 

「さて、結構買ったし、煉獄荘に帰ろうか」

「そうですね…お酒が結構重たいですね」

 レジ袋5つにもなる歓迎会用食料(+弥里の買い置き)をもち、天国のスーパーを後にする。

 そして、帰りには門番のいない扉を通って、間もなく煉獄荘につくというところで、弥里と美紗子を呼び止める声がした。

「天野さん、神原さん、ごきげんよう」

「あ、閻魔ちゃん、お疲れー」

「閻魔様、お疲れ様です」

 声をかけてきたのは、閻魔様であった。

「閻魔ちゃん扱いはやめてくださいってば…ええ、先ほどお仕事が終わりました。

 今日の歓迎会に参加するために、今日はいっぱい仕事したんですよ」

 えっへん、と胸を張る閻魔様。

「よかったよかった。閻魔ちゃん来れるかどうか心配してたんだ…って美紗子?」

 かわいらしい閻魔様のしぐさに弥里が微笑んだが、隣の美紗子はそうではなかったようで。

「…」

「ど、どうした神原ちゃん?」

「…閻魔様ぁ!!!」

 だきっ。

「きゃ、きゃぁぁぁ、か、神原さん!?」

 

「か わ い す ぎ ま す !!!」

 

 美紗子は閻魔様をぎゅっと抱きしめた。

「ちょちょちょ、神原さん!! 胸が当たってますって!!」

「にゃはは♪ 神原ちゃん、閻魔ちゃんが大好きなんだね」

 弥里にはそれが分かったようでうれしそうに答える。

「天野さぁん、助けてくださいよぉ…」

「助ける必要もないっしょ。神原ちゃんが抱きしめたからって閻魔ちゃんが死んじゃうわけじゃないし」

「そういうことじゃないんですよぉ…」

「しゃーない…ほら神原ちゃん、離れな」

 そう言って弥里は美紗子を閻魔様から離した。

「うぅ…閻魔さまぁ…」

 名残惜しそうに美紗子は閻魔様を開放する。

「…神原ちゃん、閻魔様お気にいりなんだね」

「…ハイ」

 生前、かわいらしいものが好きだった美紗子の、ストライクに入ったのがこの閻魔様なのである。

「…閻魔ちゃん」

「だから閻魔ちゃん扱いはやめてくださいって…」

「…そろそろどうなの、あの話」

「ふえっ…? …」

 何やら、弥里と閻魔様の間に、ただならぬものを感じた美紗子は、何も口をはさめなかった。

「…あの」

「あ、閻魔様もいらしてたんですね。神原さん、天野さんもお帰りなさい」

「あ、白河さん」

 重くなりかけた雰囲気に、丁度煉獄荘のほうから歩いてきた白河の声に、思わず美紗子はそちらに歩いて行った。

 

 その後、白河と料理の話をしていると、後ろから閻魔様と弥里の声が聞こえる。

「…考えるね」

「そうしましょう」

 しかし、何を話しているのかは美紗子にはわからなかった。

 

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