第37話 勝利飯は任せとけ
(37)
――もし罠があるとしたら、こんな場所にどんな罠を仕掛けるというのだろう。
加藤は姿を隠すことなぞ不可能な周囲一面が見渡せる広い場所に足を踏み入れた。
コバやんは加藤が足を踏み入れて、その後をどうするつもりか注意深く見ている。その背後で甲賀の声がした。
「見ろよ、真帆。大阪城が見える」
真帆は甲賀の声の先を見る。
声の先に真っ白な入道雲が流れ、その下に大阪城が見えた。
――大阪城、
豊臣秀吉の夢の跡。
秀吉の辞世の句。
それは
――露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢
不意にそんなことが脳裏に浮かぶ。浮かぶと真帆は心の中で呟く。
(あんたは嫌いやないで、
「ひでよし」とは言わない。真帆は「ひできちぃ」である。真帆なりの秀吉への愛嬌である。
もしそれを当人が訊けば
――きゃっきゃっ、おみゃわよー、よくもまぁ天下人のことをそう簡単にいうてくれるわ
と、いう声が聞こえそうだ。
でも仕方がない。
女子高生なのだ。なんでも自分の愛狂わしいネーミングに変えてしまいたいのだ。
(まぁ、ええやろ?
きゃっ、と言う声は聞こえない代わりに甲賀の声が聞こえた。
「…しかし、ここは何処だ?…加藤が向かった先の広い場所…なんだろう、あんな場所があったのか…」
甲賀が眼鏡のレンズの中で目を細める。加藤の背を追っているのだ。
その加藤にコバやんが言った。
「甲賀君、あそこね。難波の宮という遺跡だよ」
「遺跡?」
「そう、はっきりとした歴史知識が無いから僕は正しく言えないけど、確か飛鳥、奈良時代の百年近く、此処は大王家――つまり天皇家の宮だったんだ」
「へぇぇえ」
真帆が驚く。
「知らんかった。てっきりそんなんは京都、奈良とかの専売特許やと思ってたわ」
「だな。まさかだ」
甲賀が頷く。それに真帆が素早く反応する。
「隼人。その辺勉強してんの?なんか知ったかぶりの顔して頷いたけど」
真帆が冷やかす。
「温故知新」
甲賀が言ってニヤリと笑う。
「はぁ?」
「最近はそれを心がけて歴史も勉強してますよ」
甲賀が眼鏡のフレームに手を添えて言うのを見て真帆がイヒヒと笑って言った。
「まだ二日ぐらいやん。温故知新を知って」
「まぁね。しかし二日でも僕は結構勉強しているよ」
手をくるりと回して甲賀が言う。
「四天王寺やろ?もうマニアレベルやから」
「そうとも言える」
それを聞いて真帆がきゃっきゃっと声を出した。
「何だよ、猿みたいに声出して」
「
真帆が大阪城を指差す。
「
どことなく含み笑いを堪えながら甲賀が言う。
「ええねん、隼人。ウチには
「何じゃそりゃ」
甲賀の呆れた声が聞こえるとコバやんが二人を振り返る。
「それで、二人ともどうする?…加藤、宮の遺跡に立っているようだけど」
コバやんの言葉に真帆が言う。
「モチ、攻め込むよ」
甲賀もそれを聞いて頷く。
二人の気持ちを汲んでコバやんも頷く。頷くとスマホを見た。
「お昼前か」
御腹がぐぅと鳴るのが分かる。
真帆がそれを聞いたのかイヒヒと甲賀を見て笑う。
甲賀は何も知らぬ素振りで口笛を吹いて真帆が自分に向けた視線の隠れた意味を掻き消すが優しさが出たのか、言葉が出る。
「勝利飯は任せとけ」
ぐっと拳を握る真帆を見て笑うコバやんが、口元を引き締めると二人に言った。
「よし、それじゃ。行こうか。加藤の処へ」
言うとコバやんはごく自然に祭り法被をばさっと脱いで素肌を晒す。若くて見事な肉体が見えて、真帆が思わず声を出す。
「ちょっ、何よ?コバやん。いきなり!!」
それを聞いて彼は慌てて祭り法被を着て、肌を隠した。
「いや、何か急に火事場に突っこむ気分になってさ。いきなりごく自然に脱いじゃったよ」
「小林君。骨身からもう役者だねぇ」
甲賀が大声で笑う。
コバやんはそれに照れたのかもじゃもじゃアフロを思いっ切り掻くと、二人に目配せして、頷く二人を連れ立った難波の宮へと歩き出した。
――二人へ目配せしたコバやんの眼差し。
それはまるで大阪夏の陣で戦った武将の眼差しの様だった。
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