第34話 追跡とアイスクリーム

(34)

 

 


 じりじりと照り付ける太陽の下、追跡劇が始まる。

 コバやんは道々の角に立つと僅かに顔を通りに覗かせて前方を注意深く見ては、さっと建物に影に身を隠す。

 その姿を街行く人がすれ違いざまに見るのだが気にする風も無い人もいれば、苦笑交じりに過ぎ行く人もいる。

 苦笑交じりの人の心中は恐らくこうだろう。


 ――何を一体しているのか?

 こんな糞暑い日中に

 それも祭り法被姿で。


 そう思われていたとしても、追跡するコバやんは真剣だ。

 見れば今も遠くの視界に――加藤の背が見える。しかし今の彼はどこかで白狐の面を棄てたのか、今は紺色のキャップ帽にどうやらサングラスを掛けているように見えた。


 ピッ、スマホが鳴った。

 見ればチャットアプリの着信だ。

 コバやんがメッセージを見る。


 ――コバやん、今どの辺?


 見てからコバやんが辺りを見ると写真を撮って送信する。


 ――心斎橋から離れた長堀橋交差点付近、松屋町方面に歩いてるから、また連絡する。


 アプリから目を戻すとコバやんはまた追跡を始める。

 じりじりと太陽の日差しが首元を照らしているのが分かる。祭り法被下の素肌に幾筋もの汗が珠となって流れている。

 見れば、加藤が交差点を渡った。

 コバやんは少し立ち止まり、身を隠す。

 ピタリと壁に身を隠しながら思うのは一体、加藤がどこに向かおうとしているのかという事だ。


 コバやんは考える。


 自分を巻くつもりなら、走り出してしまえばそれで済む。

 なのに加藤は「55アイスクリーム」の店前で白狐の面を被ったままこちらを見て以来、自ら走り出して追跡する自分を巻こうとする様子は微塵も見られない。

 コバやんは頭を掻いた。少し考えをめぐらす。

(…待てよ……)

 もしかしたらこちらを振り返ってはいないが、自分が追跡しているのは既に認識していて何か考えがあるのか、追跡させるままにしているのかもしれない。


 ――ならば、走り出して追いつくか。


 ざっと目算して距離を測っても百メートル程だ。

 全力で走って加藤に気づかれても手が届かないというほどではない。

(…いっちょ、やるか)

 そう、思ってコバやんが膝を曲げた瞬間、予想もしていなかった冷たさが陽に焼けた首筋に触れた。

 思わぬ冷たさにコバやんが思わず奇声混じりに叫んで飛び上がる。

「あっ、ぉぅ…!!冷ってぇ!!」

 じりじり太陽に照らされた首筋に突如触れた冷気。一瞬で心臓が凍るかと思うほどに飛び上がったコバやんが振り返る。

 するとそこに真帆がニヒヒと笑いながら、アイスクリームを手にして甲賀と共に立っていた。

「コバやん!!買って来たでぇ、アイス」

 差し出されたアイスクリームにコバやんはちょっと困惑気味になりながらも、落ち着いて息を整えるとクリームを手に取り、二人に頭を下げた。

「ありがっちょでございます」

 そして言う。

「でも、ちょっと早くない?」

 言うと二人が顔を合わせて含み笑いをして、突然、コバやんの前に何と加藤が被っていた白狐の面を出して被ったのだ。

 それを見たコバやんは思わず手にしたクリームがこぼれそうなぐらい驚いた。

 何と二人は加藤がつけていた面を被っているのだ。 


 ――これは一体?


 驚くコバやんに真帆が言う。

「実はなぁ、コバやん。55アイスクリームで貴重な情報ネタを手に入れてん。なぁ?隼人」

 言われて隼人が頷く。

情報ネタ?」

 コバやんが甲賀を見る。

「そう、小林君。実はなんだけどさ、このお面…」

 甲賀が被る面を指差す。それからくるりと指を回すと、面を取って自らの素顔を出す。

「実はさ、今日から玉造稲荷神社で夏祭りがあるらしくて、さっき買った55アイスクリームがさ、協賛でキッチンカーの店を出すらしい。それで、その祭りの販促品として無償でこの狐の面を数日前から55アイスクリームが配ってるんだって」

「えっ、そうなの?」

 コバやんが驚く。

「そうそう。それで凄い情報手にしたからさ、二人ダッシュでコバやんに追いついたって訳」

 真帆が面を取ってイヒヒと笑うと、コバやんの手にしたクリームを指差す。

「溶けんでぇ、コバやん」

 言われて慌ててアイスクリームを口に頬張るコバやん。口に中で一気に甘さと冷たさ広がってゆく。それがやがて頭を一気に冷やすとキーンとなって頭が痛んだ。

「…っ痛ぇ!!」

 熱さと冷たさに翻弄されるコバやんが、慌てて二人に言う。

「…加藤が…交差点を渡ったんだ」

 見れば信号が点滅している。

 それを見て甲賀が言う。

「じゃ、追おう!!」

 言ってから残ったクリームを口に中に放り込むと交差点へ走り出した。

 その後を追う様に真帆もコバやんもクリームを口の中に飲み込んで走り出す。


 三人は交差点を渡り切ると前方に見える加藤の姿を見た。

 その加藤の姿は夏の強い陽射しの下で蜻蛉のように揺らめいて、どこか自分達が飲み込んだアイスクリームのように溶けそうに見えた。





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