第33話 追跡は探偵の仕事
(33)
「これやな…」
コバやんがロープを手にする。片方にはパッケージされた新品。他方には加藤が残したロープ。
それを左右対称に並べてじっと見入るコバやん。その彼の背後から真帆と甲賀が覗き込む。
「見てよ、二人とも。これさぁ、もう一緒。となると…」
「となると?」
真帆がコバやんの言葉を追うように復唱する。
「それは、つまり?」
言ってから真帆が甲賀を見る。甲賀は眼鏡のフレームに手を遣り頷いて言う。
「加藤はクライミングが出来る、と言う訳だよね」
「そうやねぇ」
コバやんがのそりと立ち上がる。立ち上がると手に取った商品を陳列棚に戻す。戻すと彼は「もう、此処は良い」と言ってスポーツ用品店を出ようと出口に歩みを進める。
その後に続く二人。
店を出るとコバやんは商業施設の出口へと向かう。もじゃもじゃアフロを掻きながら、肩を揺らして歩くコバやん。時折草履が施設のフロアにすれてきゅっと音を鳴らす。
施設を出ると頭上から夏の黄色い太陽が振り注ぐ。まるで檸檬の様な酸味を三人に味合わせてやろうと言わんばかりに。
沈黙するコバやんを追う二人は彼の考えをどれほど追えるのか。それとも檸檬の酸味に喉が枯れてしまって、掛ける声も出なくなってしまうのか。
どれ程、通りを歩いただろう。不意にコバやんが立ち止まる。
「どうしたん?」
真帆が彼に声を掛ける。甲賀も真帆の声を追ってコバやんを見る。
「…うん、成程。彼らがどうやって
「…ほんま?コバやん」
「うんそう」
「それは?」
甲賀がコバやんに訊く。
コバやんが髪をがりがりと掻く。掻くとそれから首をぴしゃりと叩いた。
「…つまり、夜に学校へ忍び込み、そして…屋上、もしくは何処か最上階の窓を開けて、クライミングの要領で壁に張り付いて描いたんだ…、
もしかすると校舎の壁を見ればアンカーを打ち込んだ跡があるかもしれない。いや、それ自体が残っているかもね」
聞いて真帆が言う。
「夜にねぇ。でも学校にもセキュリティがあるでしょうし…よく引っかからなかったよね」
「そうだな」
甲賀が相槌を打つ。その相槌にコバやんが溜息をついた。
「…そこなんだけどね。あんまり大事な気がしない」
「しない?」
真帆が薄いアイラインを陽光に跳ねるようにしてコバやんを見る。
コバやんが頷く。
「うん、だってさ、侵入される時って、どんなセキュリティがあっても侵入されちゃうやん?…それに犯罪者何てどこから侵入するか分からない。正門から「こんばんは」何て言いながら侵入する犯罪者何てどこにも居ないよ」
「確かに、一理あるね」
頷く甲賀。
「ある」
真帆が言う。言うが真帆はどこか喉が枯れているのか、声が枯れている。枯れているのは夏の太陽が真帆を檸檬の酸味に照らしたせいだろうか。
「それでさ」
「うん?」
コバやんが枯れて掠れた真帆の声に振り返る。
「喉乾いたんやけど、隼人」
「えっ?俺?」
甲賀が不意に会話を振られて驚く。
「俺じゃないわよ。あんた、何で此処に来たか意味わかっている?」
「…いや小林君が、例の加藤の事調べるからでしょ?」
甲賀が手をくるりと回す。
「違うでしょ?」
真帆が柔らかく反論する。
「はぁ、違う?」
「そうよ」
此処は鋭く真帆が言う。
「えっ、何よ?」
合点のいかない表情の甲賀に真帆が止めの一撃を加える。
「あんた、女の子を…この真夏の厳しい日差しに晒しといて何も思わへんの?」
髪を手で払う真帆の甲賀への言葉を聞いて、コバやんは何となく真帆の言葉の裏尻が分かり声を出して笑うと真帆に言った。
「つまり喉が渇いたから休憩したいってことやね?」
コバやんの声を聞いて真帆が指をぱちんと鳴らした。
「ご名答!!さぁ、隼人。出番よ」
言うと甲賀が「いっ!」と声を上げた。
「何が――いっ、よ。ほらウチの為に今日も何かを奢りなさい」
「またかよ!!俺は真帆の財布かよ」
ニヤリと真帆が笑うと指を合わせて四角にしてそこから甲賀を覗き込む。
「財布とかそうじゃないよ、キャッシュカード」
「意味同じやんけ!!」
甲賀が真帆に突っこむ。その二人のやり取りを聞いてコバやんが笑う。
「九名鎮、何でも甲賀君にねだっちゃだめだよ。ほら、そこに――『55アイスクリーム』があるから、あそこでアイスでも食べようよ」
コバやんが指差す方に店が見えた。それを見て真帆がイヒヒと笑う。
「良し、あそこで休憩や。隼人、頼むでぇ」
「畜生、金持ちって言うのを恨んじまう!!」
「隼人、奢れるときに奢っときなさい。もしかしたら後悔する時が来ぅるーかも!!」
「来るかっ!!」
語尾を伸ばす真帆に甲賀が再び突っ込む。
そう突っこみを甲賀が入れた時、コバやんがそのアイスクリーム店から出て来た人影を見て指を指した。
それは自分達と同じ学校の制服姿だった。
いや、それだけじゃない。その人物はこちらを見て手にしたアイスクリームを白い狐の仮面から覗いた唇で舐めたのだった。
それを見たコバやんが言った二人に言葉。
「――あれは…加藤!!なんでいるんや」
それを聞いて二人がその人物を見る。見るがその人物はくるりと背を向けると背にバッグを背負って歩き出した。
それを見て三人が自然と速度を上げて追い始めようとした。しかし、追い始めたが真帆が手を伸ばして甲賀を止めた。
「此処はコバやんだけ、先に加藤の後をつけてスマホでウチ等に連絡してよ。ウチは後から隼人と一緒にコバやんの分もアイスクリームを買ってから追いつくから」
その声を聞いてコバやんは振り返って「えっ」と言う表情で真帆を見た。
真帆はコバやんに向かってイヒヒと口元に手を当て笑いながら言った。
「だって暑いやん。それに――追跡は探偵の仕事よ。ウチ等脇役は後でアイスクリーム食べながら追跡劇を見せて貰うから」
それを聞いて流石にコバやんも真帆へ突っこんだ。
――いや、どちらかと言うと
しかしコバやんはそう思った一瞬の後には、祭り法被の背を丸め股引の裾を上げると草履を鳴らしながらひとり加藤の後を追った。
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