第31話 忍び寄る影
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三人が街の通りを歩いている。
向かう先は心斎橋付近の大きな商業施設。その中にテナントとして入っているスポーツ用品店だ。
昨日、真帆が帰宅するとコバやんからチャットが来た。
――九名鎮、明日、学校休みやん?
ちょっとスポーツ用品店に調査に一緒に行かへん?
真帆の自宅は天神橋商店街に店を出す老舗の佃煮屋である。佃煮屋は通りに暖簾が出ていて、奥が母屋になっている。
上から家を見れば口の字みたいな造りになっており、その口の字の中心に小さな稲荷がある。
家業自体は古く、江戸の頃には既に北野天満宮近くの八軒屋浜で店をしていたという歴史があるらしいが、本当かどうか真帆自身は分からない。
そんな歴史ある佃煮屋の居間で柱にもたれかかりながら、チャットを見て真帆は思った。
(…コバやん。早速あれについて調べるつもりやな)
あれとは加藤が残したロッククライミング用ロープの事だ。
二人の目の前から見事に空へと跳躍して消えた加藤。その加藤の手に握られていたのは二人が事前に用意していた偽物の
もう既に今頃は流石に中身を見て本物とは違うというのは分かってる筈だろう。
中に入っている五線譜は新しい普通のコピーされたA4だ。そして裏側には真帆が手書きで「にこちゃんマーク」を書いている。いわばちょっとした愛嬌だ。
それを手に取って見た時の加藤の素顔を想像すれば思わずニヒヒと笑いが漏れる。
そしてその加藤が二人の前に残した物品。それがクライミング用ロープ。
真帆がコバやんに返信する。
――モチ、良いよ。
待ち合わせ場所教えて。
後で隼人も誘うから。
そして三人が夫々待ち合わせのコンビニに現れ、丁度今、大型商業施設の中に入った。
コバやんがテナントの案内図を見ると二人に振り返り「こっちやね」と言って指差し歩き出す。
祭り用法被を着てすたすたと草履姿で歩くコバやんの後をついて行く二人の表情はどこか愉快だ。
二人が見つめるコバやんの法被姿は見事に嵌っていて、そして着慣れている。
また少し肩を揺らして歩く姿はどこか時代劇に出て来る町火消のように完全に見事だ。
コバやんがこれほどまでに個性的であるというのは普段の制服姿を越えて二人には想像に余りあった。
彼の知らない個性と言うか素顔を見てからというもの、もじゃもじゃアフロが揺れる度に後ろからついて行く真帆も甲賀も苦笑しないではいられない。
真帆はスポーツ用品店を探すコバやんに耐えきれなくて声を掛ける。
「コバやんさ」
「…何?」
コバやんはキョロキョロしている。
「…そのぉ、普段から、そんな恰好してるん?」
真帆の問いかけにコバやんが振り返り、自分を注視する二人を見る。
「まっさっかぁ!!」
「いやでもさ、あまりに見事な着こなしやん」
真帆が指差してイヒヒと笑う。
「そうだよ」
甲賀も相槌を打つ。
「そうかい?」
コバやんが頭を掻く。
「いやぁ…、僕さ。役者目指してるやん。役者ってさ、勿論、人間を演じることも大事だとは思うんだけど、それ以外に衣服とかにも着慣れるというのが大事かなと思ってるんよ」
「何で?」
真帆が訊く。甲賀もコバやんの真面目な顔つきを覗き込むように見る。
「うん、ほらやっぱ人間てさ、着ている服で気分と言うのも変わるし、それにその時代を生きた証と言うのが色んな立場で服装に出ると思ってね。それでさ、この法被は祭りやん。そうなると祭りの前っていうのは皆どんな気分なんだろうと思う訳よ。
それに大阪でも夏祭り色々してるやん。だからそんな季節的な気分を味わいたくて的なこともあって、今日着てみたんだよ。いつそういう役を演じるか分からないよね、だからこれもちょっとした練習だよ」
コバやんが言うのを聞いて二人は真面目に頷くとコバやんが背をぴんと伸ばして腕を指差した。
「あったで、二人。ほら、あそこ。ほな、行こか」
言うと二人の前で掌の掌底を鼻に押し当てくぃと押し上げると二人に背を向けて翻り、猫背になって肩を揺らして今度はのしのしと歩き出す。その姿はどう見ても粋な江戸っ子に見える。
二人は感心して顔を合わすとどちらからともなく声を漏らした。
「…いやぁ、見事よな」
そして声を漏らしながら二人はコバやんの後を付いてスポーツ用品のテナントに入って行った。
だが勿論、三人は知らない。
自分達に忍び寄る影が居るという事を。
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