第25話 開戦



「・・簡潔に言えば一方的に開戦宣言をした挙句尻尾を巻いて逃げ戻り、私自身に出向けと、そういうことかね?」

「直接的な表現ではありますが、その通りかと」

「・・何故そうなる、その2人は私からの通達を理解していなかったのか?」



要塞都市クステンに居を構えるプドゥール侯爵、その邸宅の自室にて執事長から急報を受けていた

ペイローン伯爵からの報せは受けており、領軍に通達も出していた、しかしその通達も人を介すほどに、末端にいくほどに曲解、誇大解釈され対話から捕縛へと変わっていったことは侯爵の預かり知らぬところである

「それにしても15分とは、守らせる気はそもそも無いではないか」

「ええ、既に10分は経っているかと」

実際2人は全力を出して侯爵邸へ走り、全てを包み隠さず話した、エレジーの魔法により嘘や誤魔化しなどできなかった、汚物に塗れた姿を晒し、嫌悪されようとも、2人にはそれを気にする余裕は一片足りともなかった

それを踏まえても時間が足りない、相手は私に牙を剥くことにしたのだと理解する



「領軍から何人か出して取り押さえろ、殺さなければいい、抵抗はされるであろうがその際は最悪構わん」

「かしこまりました」

執事長が部屋を出て行くのを見送ると葉巻に火を点け紫煙を燻らせる

「全く、無駄な手間をかけさせる」

漂う香りを楽しみながら窓へ近付き、街の方を見るとその上空に黒い穴が開き、そこから伸びた巨大な腕がその六本指を広げこちらに迫っていた

侯爵は点けたばかりの葉巻を取り落とし、呆然と、おのが最後の訪れを待つしかなかった



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「(時間だな)」

私はしっかりと15分待ったが侯爵とやらは現れなかった、予定通りに

間に合わないのは理解していた、その上であの条件を出し、2人を戻らせた

これで生かしたまま侯爵邸へ返してやるという約束は完了だ、その後の安全については何一つ保証していない

周囲を見回すが先程までの人だかりも掃けている



「『不可視化インビジブル浮遊レビテーション』」

魔法で姿を消し、空中へ浮かび上がりゆっくりと高度を上げていく、街の上空、侯爵邸全域がはっきりと視認できる位置で上昇を止める

「(では、攻撃を開始する)」

短杖をしまい、魔力を発声器に集め、音に乗せ、奏で紡ぐは最終楽章、聴衆も楽団もない独唱、始まりだ


「『それは死骸から縺昴縺豁鬪縺九産声すら上げずに産まれ落ちた逕螢縺吶荳翫縺壹逕縺繧瑚誠縺縺

  生きるという本能のまま逕溘繧九縺譛閭縺縺縺閾

  自ら這い出た死骸に繧蛾吶蜃縺滓鬪縺

  手を伸ばし屍肉に歯を立てる謇九莨縺縺怜崎縺豁繧堤九繧

  腐り溶けはじめた閻舌貅縺代縺

  肉を千切り削ぎ落とし倥縺溯繧貞鴻蛻蜑

  無考のままに嚥下する翫關縺縺礼閠縺縺縺蝴荳九繧

  生きるために食べている逕溘繧九繧鬟溘縺縺

  食べるしか知らずに生きている鬟溘繧九縺狗衍繧峨縺逕溘縺縺

  知恵も持たずに食べ続ける遏諱繧戟縺溘縺鬟溘邯壹繧

  それにとって触れるもの全てが食い物となる縺昴縺縺縺縺隗繧後繧蜈縺縺碁溘迚縺縺繧

  さあ手を伸ばせ次の食事だ縺輔謇九莨縺縺帶縺鬟滉九

  噛み千切り刮こそぎ蝎帙蜊繧雁旭縺薙

  舐め取り一片たりとも残すでない縺手繧叙繧贋迚繧翫繧九縺縺縺

  侵食せよイロード

  暴食鈍獣ぼうしょくどんじゅうアテュースの食腕しょくわん』」



詠唱の最中、集まった魔力に気付いた街の住人が歩みを止め空を仰ぐ、それは次々と連鎖し街全体の動きが止まる

徐々に広がる一切不純のない黒い穴、その座標が切り取られたかのような異質な様相

十数秒後、穴の広がりが収まるとそこからぬるりと巨大な六本の指、青白い手、それらの大きさに不釣り合いなほど痩せ細った腕が現れ領主邸へと伸びていく

その光景に住人は恐怖に慄き、悲鳴を上げ領主邸の逆方向へと流れていく

一部は動くことさえできず、流れにのまれ潰されたものもいる



しかしながら冒険者組合前に集まった冒険者たちはそのような恐慌状態になったものは少なく、武器を構え空の腕を睨みつけている

「(冒険者なら当然だな、だが、今お前たちには用はない)」

掌が領主邸に近付くと指、掌、腕に夥しい数の口が出現し、その全てから太い舌を伸ばし領主邸へと強襲を始める

次々とそこで働く人族を絡め取り、口へと運び、咀嚼する

表に出ていた兵らしき者は瞬く間に食い尽くされ、邸内に残った者も、建物が指で崩され露出したところを同様に絡め取られ口へと運ばれる

悲鳴も倒壊音も徐々に小さくなり、アテュースの食腕は食事を止め舌と口をしまい、動きを止める

1人残らず平らげたようだ、顔すら知らぬ相手は顔すら知らぬ相手のまま、終戦となった



「(・・魔法での再現は少し無理があったか)」

これはこの星で魔法を得る前、元々私が持っていた力だ

自力を使わずに魔法での代用を試してみたが、どうやら相性は良くはないといったところか

発動と維持に使った魔力が変質し、少量だが私に逆流し身体がエルフ族の形を保てず、一部が崩れてしまった

反動リバウンドとでも言うべきか、不可視化していなければ使えないな、やはり挑戦と失敗は経験すべきだな、そうしなければ見えないものがある



すぐに身体を作り直しアテュースの食腕を戻そうとすると空の向こうから太陽が出ているにも関わらず、輝く一条の光が迫り、アテュースの指の1本を切り落とした

その光は侯爵邸の庭へと降り、その姿が露わになる

「そこまでにしてもらおうか魔族!当代勇者、マサヨシ・カメノが相手になろう!」

幅広で装飾の施された大剣、白金に輝く鎧を身にまとい、可視化できるほど濃密な黄金色の魔力を垂れ流し、黒髪黒目の青年は大きく名乗りを上げた

あの名前と容姿、ベニカの関係者か?


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アンチテーゼ・アトラクター シラズミクロエ @shirazumikuroe

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