第4話 接触



エルフ族に擬態した私は森の中を歩いている

記憶を読み取る限りこちらの方向に森を抜けると人族の街があるらしい、行ったことも見たこともないようで他のエルフ族からそう聞いただけ、という信憑性の欠片もない情報ではあるが今はこれしか参考にできるものがない

現在時刻はわからないが朝と分類できる時間帯だろう

日が昇り草木に乗った夜露が太陽光で煌めいている

やはり『記憶にある』と『経験する』では違いがあると改めて実感する

辺りを見物しながら歩いていると大きな崖が行く手を阻む

覗き込むとおおよその高さは20mほどであろうか

回り道はそこそこ遠いようだと記憶から読み取れる



「(お試しだな)」

短杖を取り出し記憶にある魔力の操作法を用いて今この場で必要な魔法を思考、構築し行使する

重力制御グラビティ・コントロール

崖から飛び降りても無傷になるようゆっくりと落ちていく魔法を自身にかけ躊躇なく跳ぶ

通常であれば瞬く間に落下し地面に叩きつけられるのだが魔法の行使に成功した私はゆっくりと降りていく、のだが

「・・遅すぎる、これは失敗だな」

想定よりもかなり遅く降りているので傍から見れば間抜けに映るだろう、次は失敗しないよう地面に降りるまでの間に魔法に関しての復習と改造を脳内で行った



約20mの高さを1分ほどかけて落下し終え地面に足がつき歩みを再開しようとした途端

「なあアンタ!冒険者か?」

後方、少し遠くから声をかけられ振り向くと返し状になっていた崖下の一部がが洞穴のようになっておりそこの入り口に男が1人抜剣した状態で立っていた

息は少し荒く表情からは疲労が読み取れ装備には土汚れが付いている

そしてこの男は知識にあるエルフ族の特徴を何ひとつ持っていない、となればこの男は人族か

もしかしたら知識にない似通った別の種族かもしれないが

それにしても以前に私が訪れた星の知的生命体と姿形がかなり似ているな、魔法の有無という差異こそあれど近しい存在なのかもしれないな

だがまあ先んじては会話することか、可能であれば、だが



「冒険者とはなんだ?」

「えっ?」

私の返答が予想外だったのか気の抜けた返事をが返ってくる

「いやいや、冒険者だよ冒険者、今ここにいるってことはアンタもそうなんだろ?」

「お前が何を言っているのかさっぱりわからん」

「・・・・」

お互いに目を合わせたまま数秒沈黙が流れる、と男の後ろから女が1人出てきた

「ブライアン、どうしたの?」

女の表情は男よりも疲労の色が濃く出ており血の気も薄い、この瞬間にも倒れそうに見える

「ああいや、何か変な人が」

ブライアンと呼ばれた男の声と視線につられて女の視界にようやく私が映る、すると半開き程度だった女の目は驚きに見開かれ息を飲む



「うそ、もしかしてエルフ族?」

「はあ!?エルフ族!?」

「あたしも直接会ったことはないからわかんないけど、この人の魔力、量も密度も異常よ、こんなの見たことない、というか耳尖っているじゃない、エルフ族は見た目こそあたしたち人族に近いけどそこは大きな違いじゃない」

「・・見てなかった」

「あんたは魔力が見えないんだから相手の外見くらいしっかり見なさい」

呆れた様子の女に苦笑いするしかない男、なんだこいつらは、何を見せられている、芸人かなにかなのか

「お前たちは興行芸人かなにかなのか?」

「違うわよ!」

女がいち早く反応し大声で否定する、と同時に疲労が目眩でも起こしたのかその場にへたり込む

「グロリア!」

女の呼吸は早く浅く、顔色は白く異常に汗もかいている

エルフ族の目の特徴である魔力や魔素を見られる能力を使用すると女には魔力がほとんど残っておらずその僅かな残りも徐々に漏れ出ている状態だった



「(魔力欠乏症ってやつか)」

短時間で保有する魔力の大半を使用すると張力に近いものが発生して残った僅かな魔力が漏れ出てしまい体調に深刻な被害をもたらす保有魔力量が多い者のみに起こる突発性の症状らしい

女を支える男は縋るような目で私を見てくる

「なあアンタ、魔力ポーション持ってねえか?見ての通りグロリアは多分魔力欠乏症ってやつみたいなんだ、俺たちのは魔獣と戦ってるときに割れちまったんだ」

「(ポーションね)」

あのエルフ族3人は活力ポーションと魔力ポーションを2本ずつ持っていた、まとめて取り込んだ今の私の体内には6本ずつ保管されている

まあ必要分を確保しておいて余剰分なら売ってやってもいいか、ついでに人族の街での正確な案内もしてもらおう

「いくつ欲しいんだ?」

体内からそのまま取り出してはエルフ族への擬態がバレてしまうので背中に回した腰のポーチから出したように見せ魔力ポーションを1本取り出す

「グロリアに魔力ポーションを1つと、後ろの洞穴に仲間が2人いる、1人はグロリアと同じように魔力欠乏症でもう1人は重傷を負ってる、活力ポーションも1本欲しい」

「なるほど」

男は気まずそうな顔をする、ポーションは高価なものという認識はエルフ族にはないが人族では違うのか

でも自分たちも持っていたとは言っていたな

まあいい、後でわかることだ、ポーションの効き目の確認にもなるしな、活力ポーションを1つ、魔力ポーションを2つ取り出す



「これでいいのか?」

「いいのか!?」

「タダじゃない、売るんだ、3人に飲ませて納得のいく代金を支払わせろ」

「助かる!」

差し出したポーションをまとめて受け取り男は3人に次々と飲ませていく

少しすると3人ともゆっくりとではあるが起き上がり4人で話し合い状況確認、情報交換をしている

洞穴の外で待っていると話し終わった4人が出てきてこちらに歩いてくる

「ホントに助かった、ありがとう、それと名乗るのが遅れてすまん、俺はブライアンだ、この4人で冒険者パーティ『鋼の絆』を組んでいる」

「改めて、あたしはグロリア、ポーションを売ってくれて本当に助かったわ、かなりキツかったのよ」

「わたしソーニャ、命救われた、感謝」

「私はイシャールと申します、私の回復魔法が至らぬばかりにご迷惑をおかけしました、心から感謝しております」

4人組の冒険者パーティ『鋼の絆』ね、よくぞポーションの効き目の確認に役立ってくれた、おそらく私には無用のものであろうがこうやって売る分には多少常備してもいいかもしれんな



「私はエレジーだ、さっき気付いていたがエルフ族だ、お前らラッキーだったな私がたまたまここを通って、まあ感謝はもういい、売っただけだからな」

手を振って応えると少々気まずそうな顔をしてブライアンが口を開く

「それでポーションの代金なんだが俺たちは今この森に組合主導の大規模な魔獣の討伐隊として来ていてな、なんつーかその、・・手持ちがほぼない」

「なんだ?支払うと言ったのは嘘か?」

「いやいや違う!断じて違う!勝手ばかり言ってすまないが組合に預金があるんだ、だから1回街まで戻らないといけないんだ」

私が片眉を上げ不機嫌に見せると慌てて否定する、グロリアとイシャールが補足で説明し始めるが要は4人が拠点にしている人族の街、マートリの街に代金を取りに戻ることに加えて先程言った討伐隊の一員として来ているので森の外にいる組合の臨時作戦本部にも報告に戻らないといけないので往復に時間がかかってしまうとのことだった

「わざわざ往復することもないだろう、私がマートリの街まで行けばいいじゃないか」

「「「えっ?」」」

イシャールは声こそ上げなかったが声に出した3人と同じように驚きの表情をしている、ちょっと待ってくれと言い4人は円陣を組み小声で相談し始める、近いから丸聞こえだが



「エルフ族が人族の街に来る?」

「エルフ族って人族嫌いって聞いたことあんだけどよ?あれってガセなのか?」

「そもそもここにいること自体が驚き」

「しかし本人が来ると言っているのですから、わざわざ断る理由もありませんし」

やはりこいつらは芸人なんじゃなかろうか、丸聞こえ会議をよそに私は木々の切れ目に目を向ける

まだ遠いが徐々にこちらに近付いてくる存在がいる

「何か来る!」

ソーニャが叫ぶと4人はようやく私と同じ場所に目を向ける

木々の間から姿を表したのは体高は2mほど、立ち上がれば全長4mを超えるであろう大きな赤茶毛の熊が血まみれで走ってきた

「おいオーガベアじゃねえか、まさか追ってきたのか?」

「冗談キツイわ!でも、あんなに怪我を負ってたかしら?」

なるほど、あれは人族ではオーガベアと言うのか、エルフ族はデモングリズリーと呼んでいるみたいだが、今後はこういうことのすり合わせも必要だな、認識する事実に齟齬が生まれかねん

オーガベアは私たちに気付くと走るのを止める、とほぼ同時に後ろから黒い生き物が2体オーガベアへ飛びかかった

それぞれが首と肩に噛み付きオーガベアは吠え暴れるが首のほうが致命傷となったのか数秒でその巨躯を地に伏せた

その2体は動かなくなったオーガベアから目を離しこちらに向ける



「おいおい、お次はセイバートゥースかよ」

「それも2体、多分番、最悪」

あれはセイバートゥースと呼ぶのか、オーガベアよりは小さいが番がいれば繁殖や子育てのために普段なら襲わないものも襲う厄介な魔獣、敏捷性に優れておりエルフ族も何人かはやられているらしいと記憶にある

4人はセイバートゥースから目を離さずにゆっくりとそれぞれ武器を構え陣形を整える

「なあアンタ、悪いが俺たちじゃあ守りきれる自信がねえ、もし戦えるんなら手を貸してもらえねえか?」

私より前に立ったブライアンから提案される、目線はセイバートゥースに固定され私を向いていない、恐怖からか首筋には汗が滲んでいる、武器を持つ手や脚が震えていないだけまだマシといえるかもな

「あぁ手を貸そう、お前たちにはポーション代を払ってもらわないといけないからな」

腰のホルダーから短杖を抜き構える

「助かる、イシャール強化魔法を」

「はい、身体能力向上ステータス・アップ



「『沈みスィンク浮かべぬドレッゴ泥底からの招きドラッギン』」

私の魔法がセイバートゥース2匹の足下を泥濘んだ泥へと変化させる、驚いた2匹は泥を蹴り宙へと逃げるがその瞬間、泥から数多の泥でできた手が伸び2匹を捉え引きずり込む

抵抗も一切の意味を成さず、されるがままにオーガベアの死体と共に泥中へ呑まれ泥は元の地面へと姿を戻した

「(やはり一度失敗しておいてよかったな)」

元々この魔法は対象の地面を泥濘ませるだけの魔法だった、それでは使いどころが限定的すぎると考え私なりの改造を施していた、先程の重力制御の魔法で失敗したときにエルフ族から得た魔法のほとんどは改造され使い勝手のいいものになっていた、私は短杖を元に位置にしまう



「「「「・・・・」」」」

4人は武器を構えたまま呆けた表情で固まっている、私は前に立っているブライアンの背中をノックする、一瞬体を震わせ向き合う

「おい行くぞ、街はどっちだ?」

「えっ、あぁ、・・あ?、いやいや、今のアンタの魔法か?」

「そうだ、手を貸してくれと言ったのはお前じゃないか、強化魔法がよかったなんていまさら言っても遅いぞ?」

ブライアンが動き出したのにつられてか他3人も私の顔の覗き込んでくる、それらの表情は一様に驚愕に染まっている

「お前たちのその顔そろそろ見飽きたな、街はこっちか?」

エルフ族の信頼できない知識を元に歩き始める

「いやいや色々と待ってくれ、とりあえず街はその方向なんだがさっき言った森の外にある組合の臨時作戦本部に寄って欲しい、こっちだ、ついてきてくれ」

ブライアンとイシャールが先導し、次に私、後ろにグロリアとソーニャと並び臨時作戦本部とやらへ向かう

道中の森ではグロリアから先程の魔法について色々と質問をされたが聞く限りではエルフ族と人族では魔法の構築や発動の仕方にかなりの差異があるようだ

口頭でのやり取りだけでは私は人族の魔法は発動できなかったし、グロリアもエルフ族の魔法は発動できなかった

「(これはいずれ人族も取り込む必要があるかもしれないな)」


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