第5話 獣と化け物



「──燃やす、ですか


 貴女のご実家のように?」



「そんなことまで知ってるのね


 アレとは縁を切って5年も6年も経ってるけど」



「縁を切るという表現すら穏やかな惨状だったと聞いていますよ」



「そうね、屋敷から何から何まで、人も文書も本当に何もかも焼き尽くした


 あぁ。貴重な資料とか研究内容は私の頭に一字一句違えず全部入ってるから研究保護という意味で私を責めるのは筋違いだと思って」



 我ながら良く喋る。



 酷い遺体となった2人を挟んでいても、この少女と交わす言の葉は思った以上に楽しい。



 波長が合うというやつか。



「責めるなんてとんでもない、凶行の理由に興味はありませんが、貴女の闘争心や戦闘センスには私も前のめりですよ」



「そ、じゃあそこの2人もポックリ逝ったし、そろそろ名乗ってよ


 デート、するんでしょ?」



 私は身体を開いて左半身を前へ出して構える。



 そして、左掌を天へ向け、親指以外の全ての指を手前に引いて少女を挑発した。



 ……したのだが。



 彼女の浮かべる表情は怒りとは真逆、綻んだもので、数秒眺めていると慌てて口許右手で隠して恥じらった。



「……そんなに口説かないでください」



「生憎だけど、ハニートラップもエスコートも苦手だからね」



「それはそれでいいです……


 顔が良いので……」



 キャッキャと黄色い声で悶える彼女を見て、私は思わず構えを解いて溜め息を吐いてしまった。



 警戒こそ解いていないが、強者故の余裕を持つ者を相手だからこそ出来る所業なのだろうが、先のプレッシャーとは別の悪寒が走る。



「それで、さっきは時間が貴重とか言ってなかった?


 私もこうなったらどの道、五体満足で生きていられる保証もないし、この城を壊せるだけ壊して逃げるけど」



「えー、逃がしませんよ?」



「知ってる、だからまずはアンタをボコる


 あと、私を殺す相手の名前くらい名乗らせないとコケにされてるみたいでムカつくから早く名乗りなさいよ


 こっちも最低限の礼儀は通したつもりよ」



「なんか、ピロートークしてるみたいでドキドキしますね」



 頭の中がピンク色のお花畑になっているのか何なのかよく分からないが、全く会話にならない返答をした彼女は、改まった様子で一つ咳き込んだ。



「──さて、貴女とのお話は心躍りますが、私も一通りの礼儀は仕込まれていますので、個人的な趣味に興じるのはこの辺にしておきます」



 少女は一つ深呼吸をすると、剣を腰に納め、勝気な笑みをこちらに向け、左手を開いて胸に当てた。



「私はレイチェル


 レイチェル=フランソワーズ・クーネロイス・ド・シュヴァリエ


 我が母君である城主、ヴァレンシア・クーネロイスの娘にして、我が1である軍部司令官、セシリア・フラン・ヴァルセルより騎士の称号を頂き


 我がきぎょうが召し抱える、独立遊撃騎兵大隊『地走りの竜騎兵団レクシテラ・ドラグーン』の団長を任されています


 今日は場所が場所、状況が状況ですのでは置いてきていますが──


 騎士として、城を荒らすならず者のお相手いたしましょう」



 張り付く空気、先程までの遊びのある表情とは違い、彼女の顔付きは煌めくような自信に満ち溢れて美しい。



 愛らしかった笑みも、キリリと引き締まった笑みに取って代わって、まるで印象が違う。



 本当に、立ち振る舞いから威圧感まで、ひとつの国を護らんとする騎士のそれへと変異していた。



「鼠からならず者に変わっただけ、ちょっとはマシね」



「いえ、いえ──


 貴女を鼠と称したことは謝罪いたします


 ただのならず者とするのもいささか惜しい


 今はただ、貴女の飽くなき探究心と戦う者としての心構えに敬意を評しての真剣勝負


 決闘を申し込みたいところです」



「その評価は嬉しいけど


 賊は賊、せいぜい足掻いてやるから、切り伏せてみなさいな


 私もアンタの喉笛、噛み切ってやる」



 どちらが言い出すでもなく同時に武器を構えた私達の間にしばしの沈黙が流れる。



 外から聞こえる重い金属同士の衝突音が私達の時を刻んだ。



 3度目の衝突音を耳にした私達はまた同時に地面を蹴った。



「──術式解封マギア・リベラティオ



 当然のように目の前に現れたレイチェルは切っ先を私の喉笛へと真っ直ぐに向け、それを突き出す。



 遅い、あまりに遅い。



 手加減をされているのが丸わかりでムカつく。



 アルを殺した時の速度はこんなものではなかった筈だ。



 レオンを御した時の剣戟はこんなものではなかった筈だ。



 私は盾型に形成し、それをさらに圧縮した魔力障壁を両拳に発生させ、彼女が突き出した剣を挟み込むように両拳を打ち付けた。



 切っ先は私の眼前でピタリ止まり、彼女の膂力を持ってしても、濃密に組まれたエネルギー塊である魔力障壁で挟み込まれていては、彼女が剣を押そうとも引こうとも、それは叶わない。



「ウソでしょ!?


 吸血鬼わたしなんですよ!?」



「手加減なんてしてんじゃないわよレイチェル


 最初の一撃に私がちゃんと反応してたの忘れたワケ?


 それとも、顔が好みとかいうクッソどうでもいい理由で傷付けたくないとか言うの?


 格下だってどっかで思ってるから驕りが出んのよ!」



 私は彼女の剣を通すように、強い放電を引き起こす魔術『紫電フルグル』を行使した。



 拳から剣を伝って流れる電撃がレイチェルの左腕を襲い、彼女が反射的に剣を手放した隙を逃さず剣を押し込むと彼女の剣は彼女の指先を切り落とした。



 思わず血の気が引くような斬れ味だ。



 痛みに表情を歪ませた彼女を見ながら剣を引いて後ろへ放りながら左肩を彼女の懐へ入れ、見えない盾をまとった右拳でレイチェルへボディーブローを放つ。



 流石に先の挑発を受けて当たる訳には行かなかったのか、目にも止まらぬ速さで間合いを開けた彼女は左手を降ろして呼吸を整えていた。



「これって痴話喧嘩ってやつですかぁ!?」



「バカに着ける薬ならこれをくれてやるわ!」



 落ちた指先が戻るのを待つのは愚の骨頂、私は即座に彼女の元へ跳びながら、詠唱を省略し、出力を下げた『天雷の大槍トニトゥルス・ランケア』を行使する。



 立ち止まっている彼女の胴目掛け、右拳を突き出して放たれた1パース前後の短い雷の槍は、彼女が私の頭上を跳躍することで避けられ、奥の壁に着弾したそれが石壁の表面を粉砕する。



 そして、着地と同時に彼女が私のほうった剣を回収した。



 指先もこの間に紐のように伸びた血液に繋がってシュルりと引き寄せられ、元通りにくっ付く。



「全くとんでもないですね貴女は!


 楽しくて仕方ありません!


 そうでしょう?」



「そんなのアンタだけよ!


 必死なだけって見ればわかるでしょうが!


 ──火炎の雀蜂フランマ・グランス!」



 再び右拳を突き出し、レイチェルの動きを牽制すべく、小さな炎の弾丸を正面へばら撒き、次の魔術を行使する準備を始める。



 一方のレイチェルも剣で炎の弾丸を払いながら私の元へ直進し、右腰側へ剣を振りかぶった。



「貴女も指先を落とせば!


 薬指は気合いで残しますので!」



「全部残すに決まってるっての!


 ──土石の竜牙サクスム・デンス!」



 剣を振り抜くレイチェルの動きに合わせ、彼女の足元へ潜り込むように態勢を下げて石畳へ左手を突いて身体を支える。



 それと同時にレイチェルの周囲に0.5パース程の尖った岩を20個、逃げ場なく精製し、彼女へ向けて撃ち出した。



「げっ……」



 引き攣った笑みを浮かべたレイチェルは目にも止まらぬ速さで尖った岩を切り払うが、約半分のそれが身体中に突き刺さる。



「──流水の御柱アエストゥス・クルヴィ



 間髪入れず、身動きの鈍った彼女の足元から高圧の流水を噴き出す魔術を行使し、レイチェルは抵抗も虚しく水の檻に閉じ込められた。



 流れる水の塊に包まれ、かぼっ、と呼気を漏らしたレイチェルは相も変わらず驚嘆の表情を浮かべる。



 それを眺める間もなく、後方へ跳躍して退避しながら水の檻へと次の魔術を行使した。



「──凍てつく蒼穹コンヘラル・カエルム



 レイチェルを内包した水の檻を、彼女の周囲に発生させた白い煙が覆い尽くし、数秒としない内にその姿が完全に隠れる。



 この魔術は指定した範囲の空間にある水を瞬間的に凍結させる魔術だ。



 対人に直接使うには足止め程度にしかならないが、事前に水を用意出来れば便利な保存容器の出来上がりという寸法である。



 尤も、この手の魔術をこんな使い方で行えるのはだろうが。



 白い煙が晴れる頃には彼女の全身を覆い尽くす水が完全に凍結し、吸血鬼ヴァンパイアの膂力を持ってしても抜け出すのは困難なはずだ。



 無論、指を加えて待つなど気の抜けたことをしている暇はない。



 あの檻を抜け出すことを前提に、稼いだ時間で詠唱込みの高出力な魔術をぶつける準備を始めた。



発声ウォーク魔術詠唱マギア・プロバティオ


 覆い尽くすは巨人のかいな、握れ、潰せ、大地を揺らす慈悲の抱擁」



 白い煙を払うように、レイチェルの頭上に現れたのは巨大な手を模した、うねる泥の塊。



 水を凍らせる白い煙の名残をまとって甲高い音を鳴らす泥の塊は、氷の棺を包み、球状へと変化していく。



「子らを宥め、母の胸で眠れ、泥塗楽土でいとらくど


 泥土の抱擁ルトゥム・アンプレクスス



 レイチェルを抱いた氷の棺を、更にその上から泥の棺が包む。



 ここから先は圧力をかけ、ゆっくりゆっくり、圧壊させるのみ。



 得意ではない土の魔術だが、動きの止まった相手にこれ程有効な魔術も他にそうはない、とにかく集中し、最後だからこそ確実に殺す。



 喉笛を噛み切ってやるとは言ったが、派手さより確実性を求めている辺り、どれだけ私が彼女を警戒しているか分かる。



 呼吸を整え、泥の塊の圧力を上げていると、不意に妙な音が聞こえた。



 ごぼこぼっ。



 水が沸騰するような、異音に圧力を掛ける手を早めるが、に徐々に押されつつある。



 間に合わなかった、というより──



 レイチェルがコレを破るだけの力か技術を要していると見るべきだ。



 私は圧力の増加を諦め、自身の防御へ力を回す。



 具体的には自身の正面に盾型の魔力障壁を10枚程展開し、レイチェルの動きを伺った。



 すると、泥の塊の上部が弾け、そこから薄紫色の光の柱が伸びて天井を焼く。



 なんだ?



 この光の正体が全く分からない、エネルギーの奔流か?



 ともあれ、正体不明の光の柱が消えると、泥の塊が破裂し、中から無傷のレイチェルが──



 吸血鬼ヴァンパイアには似つかわしくない龍の翼を背にしたレイチェルがそこに現れたのである。



 けふ、と口から少量の黒い煙を吐いたレイチェルは驚く程清々しい笑みを浮かべていた。



「やっぱり直接喉笛噛み切ってやらないとダメね」



「いえいえ、正直焦りました


 本当に殺すには惜しいです


 なんですかその魔術


 無詠唱とはいえ使とか訳が分かりませんよ!」



 剣を構え直したレイチェルに向け、私は大きく跳躍する。



 靴底から『断空の鉄拳アーエール・フェリーレ』を放ち、宙で加速し、展開していた盾型の魔力障壁を正面に集め、レイチェルへの突撃を慣行した。



 対するレイチェルも細身の剣を突き立て、真っ直ぐに私の眉間を狙う。



 弾丸のように宙から撃ち放たれた私は、レイチェルの剣に頬を掠めながらも、彼女の左腕と交差した右手で彼女の首を捉えた。



 石畳の床へ彼女を叩き付けるが、その勢いを殺し切れず転がりながらも私は彼女の首を右手で絞め続けて離さず、最終的に馬乗りになって着地。



 頬から垂れた血がレイチェルの口許へ落ち、彼女はそれを舐めとった。



「本当に首を噛み切りに来てくれましたか


 ここまで熱烈に首を捉えられたのでは、引き分けですねぇ……」



「何が引き分けよ


 結局手加減してるヤツが言う言葉じゃないでしょ、そんなの


 やっぱりムカつくわ、アンタ」



 チクリとした痛み。



 私の喉元には剣の切っ先が突きつけられ、私の首の皮一枚を確かに捉えている。



 一方、私も発声することなく1度は彼女の全身を沸騰させた魔術、『死に至る熱波モータ・カロア・フルクティス』を放てる態勢だ。



 これだけしっかり狙えているなら、どれだけレイチェルが頑丈だとしても死ぬまで手を離すことなく居られるだろう。



 尤も、当初の目的など、どこかに置いてきてしまったような気持ちで居るが。



「いえ、本気ですよ、本当に


 ただ、私が個人的に貴女を殺す気になれなかっただけです」



「アホくさ


 じゃ、宣言通りこの城も壊せるだけ壊しましょっか


 ──発火アッケンデーレ



 私が発した言葉は、それ即ちの魔術のキーコードだ。



 ただし、それによって起きるのは──



「わっ……!」



 耳をつんざく爆裂音と共に辺り一面を包む光、それが終わって見える景色は燃え盛る部屋の一帯、焦げた壁や柱、木製の門は完全に吹き飛んでいる。



 ──そして、その火元はだ。



 あの2人には死んだ際に体組織を構成する水分から酸素と水素を分解して抽出し、付近に噴霧する錬金魔術の時限式を組み込んでいた。



 残った部分も点火した衝撃で粉砕すれば、燃料になる。



 水分の抜けた遺体は良く燃える。



 両親の身体で実証済みだ。



 欠点は酷い臭いがすることくらいか。



「これは……!


 エントランスが!


 こんな出力どこから──」



「ふふ……


 私のお仲間、特にあの2人は寝てる間に爆弾にしてあんのよ


 もしもの時の為にってやつ


 どの道逃げられないならアンタも殺して私も死ぬだけ


 さしもの吸血鬼ヴァンパイアも酸欠には勝てないでしょ?


 最初の衝撃を防いじゃったし、術者の私が巻き込まれないように調整したせいで、お互い酸欠になるまで時間が掛かるけど


 アンタが私を殺す気ないなら、アンタが死ぬまで私も一緒に居てやるわ」



 最後の言葉に目を潤ませて口許を緩ませたレイチェルは、私の頬から滴る血を拭い、それを舐めて呆れたように溜め息を吐いた。



「全く感服です、こうなってしまえば試合に勝っても勝負は負けというもの


 太極で負けてしまっては、私も精進が足りませんでした


 まさか旅の仲間にそんなものを仕込んでいるとは思いませんよ


 それに、貴女の度胸にも完敗です


 引き分けと言ったのは訂正します


 貴女の勝ちです、アリカさん」



 燃え盛る豪炎の中、ふっ、と笑みを零したレイチェルは剣を降ろし、大きな溜息を吐いた。



「この火の海、例え貴女が死んでも残り続けるどころか、燃え広がるのでしょう?


 全くとんでもない精度と出力、規格外な魔術──


 記録以上の逸材です」



「だったら何?」



「やはり、貴女を殺す訳にはいかなくなりました」



 レイチェルは剣を床に置いて私の右手首を凄まじい力で掴み、彼女の首から力の抜けた私の手を放すと、不意に私を抱き寄せた。



 すると、門の方から凄まじい暴風が吹き荒れ、私の放った炎をかき消すと同時に何かが飛来したのか、奥の床に激突する音が響く。



「ん〜、良い香りです


 摘み食いしたいですが──


 いえ、実際もう2度もしてしまいましたが、これ以上は我慢します」



「アンタの眷属になるなんてゴメンよ?」



「安心してください、ママに見られていては、そんなはしたないことは出来ませんので」



 ふわりと力を緩めたレイチェルが私の肩を支えて私を起こすと、そのまま抱き上げるように私を立ち上がらせた。



 そうして見えた光景、視界の中に身体を震わせて立ち上がろうとするアディの姿を見つける。



「アディ……?」



「貴女のお仲間の1人もやたらタフなんでしたね


 ママとやり合って息があるなんてトンチキにも程がありますよ」



 また呆れたように溜め息を吐いたレイチェルは私の後方へ手を振ると、朗らかな笑みを浮かべ、私を置いて門の方へと走っていった。



 一瞬、そちらを目視すると、そこには門番の姿があり、レイチェルは門番とにこやかに言葉を交わしている。



 ──そう言えば、いつの間にやら、レイチェルの背から龍の翼は消えていた。



「生きていたか、お互い悪運だけは強いようだな」



「そっちもね、ハイドは?」



 首を横に振るアディ。



 やはりというか、彼もダメだったらしい。



 一瞬周囲に視線を向けたアディは小さく溜め息を吐く。



「隊長殿とアルもダメだったか」



「あの2人は


 残ったのは私とアンタだけ


 私が残ったのはどうやらお情けみたいだけど」



「俺も似たようなものだ


 あの門番、やはり只者ではなかった」



 落ち着いた様子で門の近くで話す2人を眺めながら、アディは言葉を続ける。



「確かめた、というにはおこがましいが、セシリア・フラン・ヴァルセル──


 数千年前に活躍した伝説的な傭兵にして英雄


 その本人で間違いない


 まさか生きているとは」



「あの子もその名を口走ってたけど、本当かどうかも分からない歴史書に載ってるようなヤツじゃない


 西大陸の平定を成し遂げた、だったかしら?


 今じゃそこら中戦争だらけになってるけど


 そんなヤツがこの時代に生きてるのおかしいでしょ」



「長命な種族ならあるいはと思ったが、そこまで詳しく分析は出来ていない


 分かったのは、というくらいか」



 悠長に話をしていると、先に話を終えたらしい2人がこちらにやって来て、レイチェルはアディを、門番──



 セシリアが私の姿をじっくりと眺めた。



「話はレイチェルから聞いた


 アリカ・フェルマン・ヴェッフェだな」



「レイチェルから聞かなかった?


 今の私に家の名は無意味なの」



「……そうだったな


 今やお尋ね者、君の身柄は我々のものとなっているのも理解はしているか?」



 高圧的な言葉を突き付けるセシリアに思わず眉間に皺が寄る。



「まさか丁寧な言葉遣いをしろなんて言うワケ?


 アンタが煮るなり焼くなり出来る立場だから?」



「思った以上のお転婆だな


 我々にそんなつもりはないし、それを決めるのは我々ではない」



「捕虜にするにも、俺達は正規の軍人ではない


 国際法も適用されないし、野鼠と変わらん俺達に何をしろと?」



 当然の疑問を返したアディにレイチェルが微笑み、落ち着き払った様子で置いていた剣を拾い上げた。



「城主であるお母様に会って頂きます


 そして、彼女にも貴女方の力を示してください」



「何それ、私達にターゲットを殺すチャンスをやるって言ってるの?」



「そのつもりで居てくれて構わない


 そうでなければ君達が死ぬだけだ」



 淡々と放り投げたセシリアの言葉にどこか肩の力が抜ける。



 混乱、困惑は当然のこと、この2人の意図が全く見えず、私はアディに視線を送った。



 等のアディは見慣れた仏頂面で小さく鼻を鳴らしていたが。



「あ!


 アリカさんはどうにか生かして貰いますよ!


 デートの約束をしていますので!」



「アンタそれ──」



「デート?


 まさか君、レイチェルを口説いたのか?」



 目を見開いて口許を綻ばせたセシリアが私を見て品定めをするように2度3度、足元から頭頂まで眺めて、私と視線を合わせた。



「お茶でもしようと誘ったのは事実だけど、デートがどうのって言い始めたのはレイチェルの方よ」



「えぇ〜?


 私を燃やしてくれるのでしょう?


 私の血という血を沸騰させて、脚を絡ませながら押し倒して、氷の棺に閉じ込めて、泥のゆりかごで包んで……


 その上、『アンタが私を殺す気ないなら、アンタが死ぬまで私も一緒に居てやるわ!』だなんて!


 そんな熱烈なアプローチは今まで味わったことありません──」



 赤らめた頬を両手で抑えて腰をくねらせ首を横に振りながらキャッキャと黄色い声を挙げるレイチェルに、セシリアが溜め息を吐く。



「娘の悪い癖が出ていたことについては謝罪をする


 済まなかった


 しかしながら、範囲で判断をするならば、君のロマンチストぶりも相当なものだとは思う


 尤も、娘が気に入っているのであれば、それは構わないし、それについて私が糾弾することもないが」



「いや、それはなんというか、えっと……」



「君も妙な相手にばかり好かれて苦労するな


 ……痴情のもつれはレオンで懲りておいて欲しかったが」



「言わないでアディ……」



 命のやり取りをするよりも、こういう話をしている方がどっと疲れる……。



 浮かれているレイチェルもそうだが、このセシリアという人物から注ぐなんとも言えない生暖かい視線がとにかく痛い。



 アディの方はいつも通りだが、珍しく皮肉をぶつけられては調子が狂うというもの。



 私が溜め息を吐いていると、セシリアが私とアディの肩に手を置いた。



「さて、そろそろ我が社の社長がここに来る頃だ、気を引き締めてくれよ」



「私達は貴女達がどんな風にお母様に立ち向かうか別室で観させて貰います


 もちろん、アリカさんが死にそうになったら助けに入りますからね!」



 浮かれっぱなしのレイチェルは置いておくとしても、思ってもみないチャンスが訪れたのは確かだ。



 他の仲間、レオンとアルは半分私が殺したようなものだが、ハイドまで死んでいるのなら、作戦としては概ね失敗──



 そもそも、こんな状況になったのなら、任務もクソもないか。



「だ、そうよ」



「気持ちを切り替えよう


 生き残りたいなら、切り抜ければいい」



「それもそうか、他の奴らには悪いけど、どうやら、何をしても私は殺されないみたいだから、目的が浮いちゃった気分」



「悪いなど砂粒1つほども思っていないくせに良く言えたものだ」



 アディがほんのり笑みを浮かべながら零した冗談に、思わず私も口許が緩んだ。



 リラックスは済んだ、来るなら来いという所。



 消耗はあるが、私はまだ戦える。



 アディも両腰に1本ずつ、2本の剣が残っていて、彼女も外傷は少なく、表情から見てもかなり余裕がありそうだ。



 私とアディがお互いの状況を確認し合っていると、奥の扉の方から、コツコツ、と靴が床を叩く音が響いた。



「お母様が来ましたよ!」



「思ったより早い到着だな


 さぁ、二人とも心構えはいいか?」



 ──ヴァレンシア・クーネロイスという人物がどんな者なのか、私達が見定められるというのならば、こちらもまた、殺そうとしていた相手が何者だったのかを確かめる権利くらいはある。



 私とアディは顔を見合わせて頷いた。



「やれるだけやるぞ」



「アンタも死なない程度にね」



 私達はどこか希望を見つけたように前を向く。



 そうして、この大広間の奥にある門が開いた──




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