第3話 その男は勇者である



 森を抜けるにもそう時間は掛からず、早朝出発から、日が頭上に昇る頃。



 季節にして春の三つ目の月であることを踏まえて、およそ正午から1時間程経っているだろう。



 森を抜けると、辺りはだだっ広い草原が広がっており、私達から見て2時の方向、真北に目的地であるクーネロイスの本拠地、人呼んで魔王城が視界に入った。



 距離は相当離れているが、正門の様子がハッキリと分かる程度の場所にそれはある。



 ただ、1つ皆の認識の中と目の当たりにしたものでは相違点があり、それぞれが揃って脚を止めた。



「──門番だと?


 ここまで来る間に配置されたのか?」



「やっぱバレてたか、こっちが見てたのは


 昨日の昼間からずっと監視してる間は居なかったが、完全に後手に回ってんなこりゃ


 ただな、1人ってのはどう言うこった……?」



 訝しげに正門を眺めるレオンを余所に、まるで他人事のような口振りで冷静な分析を口にするアル。



 まず、大前提としてこの西大陸では南北の領域に分かれて百年近く戦争が続いており、大陸の中央はもはやどこの領域でもない泥沼の戦場と化しているのが現状である。



 大陸の南端に存在するメルデリンと、北端に存在するクーネロイスが直接相対した記録は概ねないと言っていい。



 私達の依頼主にとって最も重要なのはクーネロイスがどのような戦術を用いるかなどの情報と、落とせるか否か。



 だからこそ、少数精鋭ながら捨て駒にしやすく、ある程度の知名度があり、尚且つ国の名を傷付けずに済む私達が、こんな北の辺境にある謎に満ちた領土に先発隊として送り込まれた訳だが。



 順当に手を打つならば、こんな血生臭い行いなどせず真っ当な使者を送り、正式に話し合いの場を設けるのが国同士の外交とは思う。



 しかしながら、そうではない。



 我々の依頼主がおかしいのか、それともこんな手段を取らねばならないような状況が既に整ってしまっているのか、末端の我々には知らぬ存ぜぬといった所。



 私ならばその辺りも多少なりの知識があるが、他の面々はそうも行かない。



 まさに馬鹿となんとやらは使いよう、という訳だ。



 そんな隊に参加してしまった私も、ある意味では同類ではあるだろうが、そもそもの目的と興味が彼らとは不一致である。



 ──私がただ一つこの仕事に望むものは



 私は戦場に生きる魔術使い。



 都市の地下や人里から離れた場所に作る研究室で引きこもり、己が望む魔術の研究をするのが本来の魔術使いというもの。



 そうでありながら傭兵である私は、根本的に彼ら一般的な魔術使いに比べて、酷く荒っぽい。



 そもそも、私は人としてどこかのが外れているらしい。



 答え、というのは、私の心に空いた穴を塞ぐ何か。



 渇きと飢えを潤す何か──



「──ボーッとしてんじゃねぇアリカ


 お前この隊のブレインだろ」



「……悪いけど、こんな離れてるんじゃ小細工のしようがないわね


 残念だけど、これだけの距離から狙撃が可能な武器を調達する手段はなし


 支給されてた中距離支援用の銃火器もここに来るまでの戦闘で弾切れしてたから観測隊に預けっぱなし


 どっちにしても、今からそんなものこさえてる余裕もなし


 報告通り、あの正門以外の場所はどこも城壁が高いから、このメンツじゃ全員の戦力を保持したまま内部に侵入するのは無理


 良くて予定通りに正面突破、悪くて予測不足で玉砕


 どちらにせよ、私達の存在が知られてる上で用意した門番が一人ってことは──


 向こうがそれで充分と判断した実力者を寄越してるって考えるのが妥当じゃない?」



「分かりやすくて助かる


 ならばこうしよう」



 隊長殿の手放しなパスに、これまた手放しで返した私の言葉へと即座に反応したのはアディだ。



 彼女の表情はどうにも読み取り難いが、今のそれは妙に自信ありげなものとして映っているようにも見える。



「幸い、小細工をする程度の余裕はなくもない


 物資の中に煙幕手榴弾と閃光手榴弾の残りが2つずつあった


 相手が知覚を五感に頼っているという前提にはなるが、比較的脚の遅い俺とフォリックが抑えている間に、残りの3人が全速力で正門を突破


 観測手の情報通りなら、正門から見て正面の内門は巨大だが木製、アリカならば三人が突入出来るだけの穴を数秒で開けることは雑作もないだろう」



「えらく希望的観測に偏ってるわね


 門の強度にもよるけど、奇襲だし、派手なヤツを使うなら速度も落とさず破壊して侵入出来るとは思う


 ちゃんと2人が門番を抑えられるなら、だけど


 普通に考えて成功率は二割以下ってとこかしら」



「我々の依頼主は元より玉砕前提なんだろう」



「どの道、今回はやれるだけやった証拠残したら各々退散、って辺りにしておきましょ


 みんなも次はもっと福利厚生リスクヘッジがしっかりした雇い主を探さないとだし


 ある程度は生存重視で引き際もちゃんと意識する、死に場所選ぶ気ないならあそこに永住、それでいい?」



 私とアディのやり取りを黙って聞いていた残りの三人は、首を縦にも横にも振る様子はない。



 棄てられるのには慣れている、と、そんな表情を浮かべ、沈黙を同意の合図としていた。



 私もサイドポシェットからスパイク付きの革グローブを取り出し、それに指を通して見飽きた皆の表情を伺う。



「煙幕と閃光弾は投擲が得意なアディとアルにやって貰うとして、私も牽制くらいならしてあげる


 リソースの殆どは加速と門の突破に使わなきゃならないから気休め程度だけど」



「その辺りの細かい事はお前らの方が得意だろ?


 とりあえず、こっちも加速の魔術でも使ってダッシュすっから、合わせてくれ」



 普段通りにレオンはぶっきらぼうな指示を出すと、改めて門へと視線を向ける。



 アディが閃光手榴弾をアルに手渡した所で、自然と隊の面々は門へ向き、一歩一歩脚を運び出し、やがて何も言わずとも皆が同じ速度で走り始め、目的地へと距離を縮めていく。



 皆の呼吸が少しずつ荒くなってきた辺りで門中央に立っている人物の姿が鮮明に見えた。



 私はこれから行う加速の為の魔術を行使に備え、脚部に意識を集中しつつも、門番であろう人物の姿に注目する。



 女性だ。



 しかし、身の丈は大男にも引けを取らない程の長身で、腰の辺りまでふわりと伸びたポニーテールをしており、灰のロングコートに灰のスラックスと言う門番にしては妙な出で立ち。



 そして、彼女は両腰に長剣を差し、ただ、そこに立っているだけ。



 距離はまだ私の牽制射撃が行えるには程遠いにも関わらず、門番からはそれとは思えない程、異様な威圧感を覚えた。



 本能がアレとは敵対するなと叫んでいるが、ここまで来てしまってはそうもいかない。



 先行するアルとレオンはもう加速の体制に入っており、フォリックがその後に続き、更に後方、私と並走するアディも煙幕の投擲準備に取り掛かっていた。



 もはや警告するにも遅く、我々は覚悟も充分にしてしまっている。



 それは私も同じく、事前の作戦通り、煙幕に合わせて先導する為、やや大きめに地面を蹴りながら魔術を行使する。



「──術式解封マギア・リベラティオ



 私の足が地面を踏み締める際、その魔術により爪先底面に空気のクッションを発生させ、同時に、踵底面に爪先と同様のクッションと、高速回転する風のリングを出現させた。



 属性魔術の風、キーコードは『輪転する疾風キルクィトゥス・ウェントゥス』、地上を高速移動するための魔術だ。



 着地は肩幅程度に開いた両足で同時に、その瞬間に一瞬の減速。



 それを合図にアディが煙幕手榴弾二つのピンを引き抜き、それを高く投擲する。



 投擲されたそれに対し、私は右手の平を向けてコンマ数秒、視線で照準を合わせ、圧縮空気弾を放つ魔術、『断空の鉄拳アーエール・フェリーレ』を行使した。



 空気弾に押し出された煙幕手榴弾はその威力の分加速し、我々の前方、距離30程度の場所で煙のカーテンを吐き出す。



 煙のカーテンから門までは距離50パース。



 ここからは流れだ。



 煙のカーテンが門番の姿を遮った直後、アルが二つの閃光手榴弾のピンを引き抜きながら真正面へと投擲。



 続いて圧縮空気弾による射撃。



 照準は先に倣って閃光手榴弾だ。



 圧縮空気弾の命中したそれは加速しながら煙のカーテンを通り抜ける。



 一呼吸の間が空き、我々五人全員が煙のカーテンへ突入すると同時に、私は踵に発生させた風のリングを限界まで回転させつつ、加えて両脚ふくらはぎ後方から圧縮空気弾の要領で発生させた酸素と水素の混合物質を燃料に、着火の魔術を行使し、ジェット噴射を引き起こした。



 また、その推力で倒れないよう、苦手な動力魔術による斥力発生を行い、姿勢制御もする。



 詠唱の省略が出来るような簡単な魔術ばかりなのはいいが、いかんせん、やることが多い。



 が、その甲斐あって、この走行速度の加速により、先行していたレオンやアルを追い抜き、私は煙の中、先頭へと躍り出る。



 そうしている間に、二つの閃光手榴弾による炸裂音と、煙によって遮られてはいるが強烈な光の発生を確認できた。



 ──次だ。



 照準は適当、拳を突き出し、ばら撒く様に炎の弾丸を撃ち出す魔術『火炎の雀蜂フランマ・グランス』を行使する。



 言うまでもなく牽制射撃だが、煙の向こうから撃ち出される射撃はどんな戦場であれ脅威に他ならない。



 煙のカーテンから出るまでおよそ1秒足らず、距離にすれば10くらいか、その間、私は約20発の炎の弾丸を撃ち続け、私はそこから躍り出た。



 皆が続き、目の前の光景をみてさぞ驚いただろう。



 私は少なくともそうだった。



 表情を伺う余裕などないが、目の前の女性は先程の体勢と全く変わらず、立ち塞がっていた。



 それでも速度は落とせない。



 私とレオン、アルの目標は彼女の後ろにある巨大な門、それ以外は無視せざるを得ない。



 以降の対処は後ろの二人に任せる他なく、強いて出来るのは魔力障壁を、急所に対して重点的に貼り、私自身を弾丸にして押し通るくらいか。



 目の前の女性をすり抜ける為に体勢を整え、姿勢を少し低くし、改めて右拳で照準し直し、炎の弾丸を速射する。



 ──着弾の観測結果は、非常に悪いと言うのが感想だ。



 私が撃ち放った炎の弾丸は全て、まるで曲面の装甲に当たったように弾かれ、周囲へと散らばってしまっている。



 最早、本当に玉砕覚悟だ。



「ままよっ……」



 彼女と私の距離が縮まり、僅かに距離5。



 衝突にはまたコンマ数秒。



 私は左側へ身体を傾け、同時に、左足から発生させていた風のリングを逆回転させ、身体を捻って彼女の側を──



 



 ──いや、無視されたという方が正確かもしれない。



 何が起きたのか理解が追い付かないが、どうやら、私は見逃されたらしい。



 そのすぐあと、重い金属同士がぶつかり合ったような衝撃音が響いたことから鑑みるに、抑えに回った2人が役割を全うしてくれていると予測出来た。



 城の扉までは舗装された直線の石畳、距離にしておよそ200パースといった所、門を抜けてすぐ、左右の敷地には一面の花畑が広がっており、道のすぐ脇には小川のように水の流れる用水路が整備されていた。



 なんと牧歌的な光景だろう、だが、それがむしろ私には記憶の奥底にしまい込んでいた嫌悪と、自ら作り出した炎の海、地獄を想起させる。



 ──10歳とおの頃に家族諸共、住んでいた屋敷を炎に包んだのは他ならぬ私だった。



 燃え朽ちる木の柱、崩れ落ちる屋根、逃げ惑い助けを乞う兄達、消火を試みるも瓦礫の下敷きになった姉達。



 そうした理由を息も絶え絶えに問い質した両親。



『だって、綺麗だったから』



 理由は単純だ。



 今思えばきっとだったのだろう──



 そうやって、私の住んでいた屋敷にもこんな綺麗な花畑があったのをぼんやり思い出した。



「──アリカ!」



 叫んで声を掛けたのはアルだ。



「分かってる──」



 私が返事をすると同時にレオンとアルの2人が私の横に並走し、それぞれ自分の武器を取り出した。



 レオンの武器は身の丈程もある巨大な片刃の戦斧、斧頭にはエンジンと推進機が搭載されていて、感応波を送り込むことで起動する魔動機械武装マギアフレームギア



 アルの武器も身の丈程あるが、レオンの戦斧に比べてシンプルな槍だ。



 シンプルと言っても、先端に取り付けられた幅広の刃が所有者の合言葉によって三叉、十字へと可変する魔術兵装マギアアルマだが。



 そんな戦闘準備の整った二人の姿を合図に、目の前の扉を破壊すべく、踵底面に発生させた風のリングの回転数を上げて更に加速しつつ、私は口を開いた。



発声ウォーク魔術詠唱マギア・プロバティオ


 ──刺し穿つは白き槍、轟き、唸り、疾走する激怒の一撃」



 右の拳を引き、左手を突き出して扉に狙いを定める。



 白と紫が混じった電光が私の右前腕を包むと、弾ける小さな雷は瞬く間に槍のような細長い形状へと変化していく。



「迸る奔流、螺旋を描き、放て、雷電一条──


 天雷の大槍トニトゥルス・ランケア



 10パースを超えて成長した巨大な雷の槍はその先端から螺旋を描いて回転し、収束し、そして、右拳を突き出すと同時に撃ち放たれた。



 一閃、鋭い響きを鳴らして正面の巨大な門へと突き刺さった雷の槍は着弾地点から周囲3パースほどを巻き込むようにして爆裂する。



 ぽっかりと開けられた穴からは門の向こう側、エントランスらしき空間へと繋がっているようで、私達はそこへ吸い込まれるように飛び込んだ──




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