花は心を映す鏡1
コンコンコンッと個室にノック音が響く。
「少し落ち着いたかな?」
恐る恐る覗くと少しメソメソしているが、手作りクッキーをポリポリと食べている少年の姿にホッとする光佑。
「ねぇねぇ、良かったらアレンジメントっぽいの作ってみない? 楽しいよ」
優しく声かけると「あ、アレンジメントって技術とかセンスが問われるんじゃ」と震えた声に「あっ違う違う。あのね、此処では“技術やセンスを競う”んじゃなくて“その人の心理を見る”ためにやるんだよ。だから、形とか色とか気にしないで自由に挿してほしくて……できるかな?」と光佑は少し慌てるもしっかり答える。
「花で心理が分かるの?」
「うん。あとね、悩みやその人に向けた花とか。あと、気になった花でも分かるからね」
「でも、そういうのって病院とか専門の人がやるんじゃ……」
「だよね。皆そう言うけど僕“元心理カウンセラー”だからその面は大丈夫だよ。漆にも相談してるし承諾得てるし。なんなら皆にも心理教えて逆に教わってる身だからね。
スクールカウンセラーや個人カウンセラー、専属カウンセラーとか種類あるけど。此方は“花セラピー”とか“花セラピスト”が関係してるかな。花の癒やし効果で人を助ける仕事、簡単に言えばそんな感じかな」
少年の目を丸くし首を傾げる姿に「ごめん、難しいよね。お兄さんも漆に言われてハテナ浮かんだから分かる。変な人達だって思うかもしれないけど騙されたと思って一回だけやってみない? 漆にも言われたと思うけど“僕達の元に来る人”って高確率で【何かを抱えてる人】だから僕達にキミの悩みを解く手伝いさせてくれないかな?」と謝りつつフラワー缶を見せる。
「あのね、これに花を見て“気になったモノ”や“惹かれたモノ”を入れて欲しいの。でも、守ってほしいことがあって【自由に自分が好きなままに作って欲しい】。それを忘れずにやって欲しいんだけど出来るかな?」
「い、今ですか?」
「うん。時間制限とかないから遊びだと思って気軽にやっていいから……怖かったら断ってもいいけどどうする?」
不満そうな顔に若干、光佑は引く姿勢を取るも深呼吸して少しだけ見せの素性を話す。
「この時間帯というか此処の店。広告とかSNSとか取材とか一切僕達から広げることを禁止してて“花に惹かれた人”や“自然と導かれた人”しか来ないようにしてる。噂や誰かの拡散で増えたりはするけどリピートは低い。皆、評判でやってくるから。でも、僕達は評価や評判で来るよりも不思議と足を運んで迷ったように悩みを抱えた人を助けたくて毎日動いてる。だから――キミの辛いこととか楽しいこと僕に話してよ。全部受け止めるから」
光佑はドアの近くに缶を置き「一人の時間も必要だと思うから置いておくね。お兄さんは下に居るから何かあったら教えてね」と諦め半分、その場から立ち去るが――「待って!!」と少年の声に振り向く。
「やる……話すの怖いから……でも、苦しいのやだ。だから……その……」
モジモジしながらもフラワー缶を手にやってきては「頑張る……」と恥ずかしそうに下へ行く。少年の一歩踏み出した姿に「やばい……泣きそう」と手で顔を覆ってはパンっと一発叩く。
「僕もそろそろ前向かないと――キミみたいに立ち向かわないとダメだよね。逃げてばかりじゃ何も変われない……あの時はダメだった。でも、今回は――絶対死なせない。だから、過去の僕とはサヨナラしないと、だよね」
光佑は目を閉じ、暗闇で傷だらけで消えそうな自身。あの時の自分を想像しては言う。「
※
急いで追いかけると店内を興味津々に見渡す少年。トコトコと小走りで向かうはやはり【パステルカラー】の花々の元だった。
真剣な眼差しに声をかけず見守っているとスイートピーが一番気になるのか数本手に取る。続いてガーベラやスプレーバラ、ヒペリカム、スターチス、と手に取り、じっくり眺める姿に「なぁなぁ、光佑。なんかやった? スゲー楽しそうなんだけど」と達也がさり気なく声をかけてくる。
「この店の事情とカウンセラーの事を話したら、少し変わったかも。ほら、スクールカウンセラーだと“出席”や“登校”させることが目的になるから少し強引なんだよね。だから、すごく怖がってたみたいで……」
「え、スクールカウンセラーってそうなの?」
「僕の見え方だから参考にしないで。変に悪いって印象付いちゃうかもだけど、多分学校で悩んでる子達は学校側のカウンセリングとは違う意味のカウンセリングを望んでる。だから、出席や登校目的じゃなくて本来なら“もっと寄り添ってあげないといけない”ものなのかもって思ってさ……難しいよね。立場でやり方も何も変わるのって。人や悩みにもよるけど“敵”にも見えるのかもね」
光佑は苦しそうに話しつつも達也の袖を必死に掴む。それに達也も「向き合ってんのか、今」と返すや「うん。だって、許せるわけ無いじゃん。死なせるためにカウンセラーになったんじゃない。助けるためになったんだから」。光佑の覚悟を決めた言葉に「燃えてきた」と達也は拳を突き出す。光佑はそれに答えるように拳を軽くぶつけると達也は「ヤバかったら助けるからな」と視線を感じたか逃げてゆく。
「こ、光佑さん。これ、なに……?」
質問されるとは思っておらず、びっくりした光佑は「ん?」と変に裏返った声で返事をしながら向かうと紫の
「丸いやつはセンニチコウ。ドライフラワーにも優れてる可愛い子だよ」
「これ、触ると気持ちいい……」
「あ、そう!! 気持ちいい!? それはビックリだね。匂いはしないけど色が豊富だよ。あと、キミが見覚えあるのはチューリップとか外にあったと思うけどラナンキュラスとか。見慣れないのはフリージアかな。香りがとても良くて香り求めで買う人がいるけど……あ、これこれ」
チューリップ、ラナンキュラスを指差しながらビビットカラーの所から黄色のフリージアを手に取る。
「ちょっと疑問に思う所あるんじゃないかな?」
少年に軽く見せると「なんか花の付き方が違う……」と指差す。「そうそう、咲き方も少し変わっててグラジオラスも少し似てるかな。順番に咲いて散る感じかな。暑さとかで変わるかもだけど」と軽く少年に持たせてみる。すると、クンクンと香りを嗅いではキリッとした顔。
「この香り好き!! でも、ユリはヤダ」
「あーごめんね。ユリはそうだね……。あと、僕と誰かさんはカスミソウの香りがトイレみたいな感じがして苦手だよ……誰とは言わないけど」
香りの話をしているとカスミソウが気になるか「カスミソウって香りするんですか?」と少年の驚きの顔に光佑は頷く。
「あと、スイートピーも香りするけど分かる?」
「クンクン……分からない!!」
「あれ、わからない? おかしいな……」
二人揃って香りを嗅ぐ姿に達也は一言。
「お前ら売り物に何してんだよ。ミツバチか!!、じゃなかったら蝶々か!!」
「だって、香りしないっていうんだもん」
「はぁ? んなわけ……」
達也も加わり、花片手に香りを嗅いでいると「貴様ら何してる……虫か? 潰すぞ」と脅し半分機嫌が悪い漆の姿。人が変わったような不機嫌な態度に少年は光佑の背に隠れると達也が「違う違う、スイートピー香りあるのにしないっていうから調べてんだよ」と説明するや漆はガナリな声でボソボソ言う。
「一本より複数あったほうが分かりやすい。出来れば周囲に香るものがない場所でやれば尚良し。それでも分からなければ――」
妙な言葉の空白に「分かった!! 分かったからそれ以上言うな。マジで言うな、マジでやめろ」と達也が両手上げながら漆にも近づくや「―――」と囁くように言う。
「……よく分かったな」
「こえーんだよ……っか、試すな。ちゃんと飲め。や、悪い。飲んでるんだよな……刺激してわりぃ……」
「いや、薬から離れるために減らしてお前らと試してるのあるだろ。ヤバかったら止めてくれ」
「あぁぁぁ、わーったから。とりあえず……もう休んでろ……マジで……あとで俺が相手してやるから……じゃなくて今か!!」
達也は漆の腕を引っ張り強引に外に連れ出す姿に「漆さん、どうしたんですか?」と光佑に問いかける。光佑はそれに触れたくないのか。「今のキミに話したら、どうなるか分からないから話せない」と隠すようにやり過ごす。よく分からず首を捻る少年に光佑は視線を合わせるようにしゃがむ。
「僕達の仕事ってストレス凄いから薬飲みながら動いてる漆には荷が重いと言うか……あの人プライド酷く高いから折れないと言うか――今でも許せないんだと思うよ。色んな意味でね。僕達以上に苦しんでるのは漆なんだけど……僕達でも打ち解けてくれなくて話してくれたとしても解決しないんだ」
「なんでですか? だって、薬あるなら治るんじゃ……」
「ううん、心の病気なんだよ。あの人――。薬飲んだとしてもすぐには治らない、一生ついてくるかもしれないし、治ったとしても再発するかもしれない。だから、時々暴走癖と自傷と自殺癖があってね。言葉では言わないんだけど、その状態で突っ込んでくるからさ。今は達也が受け止めてくれるからいいけど……。会ったときは大変で――僕の言葉さえ届かなかった人だから」
光佑は悲しそうに話しては「今から言うことは大切なことだから覚えておいて。僕達は過去の経験から“人を助けたい”と思いからやってるのもあるけど――手につかないときもある。でもね、それでも少しだけ変わってくれたらいいんだ。少しだけ話してくれて、少しだけ気持ちが楽になってくれたら。僕達の力は不完全で完璧じゃない。あまりにも酷いと病院に任せることになるけど――出来るなら僕達の手で助けたい。だから、漆みたいに抱えちゃダメだよ。多分、今それを伝えたくてわざと来たんだと思う。本来なら達也にしか姿見せないのに此処に来るなんて滅多にないから」と少年が怖がっているのを知り背中を擦る。
「ごめんね、怖かったね。多分、そのうち外で取っ組み合いが起こるだろうけも気にしなくていいよ。ストレス発散がそれだから……よい子は見ないように僕が盾にならないとだよね」
光佑は入口が見えないように立ちながら全力疾走でブラインドを下ろし、スマホでクラシック音楽を爆音でかけながら外の音を消す。
「い、いつもこれなんですか」
「うん……そうだよ。漆、悩みとか全く言わないから困っててね。話しても『ない』『大丈夫だ』『気にするな』って言うけど。『大丈夫』という人は要注意かな。溜めてる確率が高い。『頑張れ』って言葉も此処では使わないようにしてるよ。『頑張る』の意味は『忍耐して努力し通す』。これは一番言ってはいけない言葉だから禁句だよ。僕達の中ではね。だから、キミも無理はしないで……」
真剣な話をしているにも関わらず「うわぁ!! イッタァァァ!!」と達也の声に背筋が伸びる二人。
「だ、大丈夫ですか……あれ……」
「た、多分……大丈夫だと思うよ、うん」
二人は外を気にしながらも視線を花に向け「カゴは二千円クラスのでフローラルフォームは――誰ーバターナイフ隠した人!! 達也ー!!」と外に負けぬよう騒ぎながらニ階へ。
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