心の扉2
花園の虜になると気付けば夕暮れ、なんてこともある。少年、気をつけろ――と漆が一人口を開いて歩いていると少年の気配がなく足を止める。少し待ってみるも足音がなく振り向くや少年がしゃがみ込む姿に首を捻る。
「どうした。それはラナンキュラスだ。植えてるのは黄色とピンクと赤だが何かと色が豊富でな。薄い花びらが可愛らしく開けば開くほど美しい。冬の時期だと色合がいいと人気な花の一つ。稀にトルコキキョウもそうだが”バラ“と間違われることが多いが、バラよりも枚数が多く大きく見える。私は少々散る姿を見るのが苦しいので苦手だがな」
少し声を張り上げ教えてやると「な、何も聞いてないのになんで分かったんですかぁ!!」と恥ずかしそうな声。「見れば分かる。さては、私が気持ち悪いか?」と自虐な言葉に「そ、そんなことないです!!」と少年が飛んでくる。
「あれってすぐ枯れちゃうんですか?」
「球根だから来年また咲く。その前に私が植え替えてしまうが……」
「植え替え? え、あの……この花園業者さんとかに頼んでるんじゃ……」
少年の珍しい興味ありな質問に漆の「業者か。私がそう見えるか?」の地雷を踏んだかのような静かな声に固まる少年。
「う、漆さん……一人で……やってるんですか」
「あぁ、寝る間も惜しんで時々倒れるが、可愛い子供たちだからな。他に質問は?」
「地雷踏んですみません!!」
「いや、よく言われる。気にしてもない、気にもされてないだろ……」
「いやいや、今の聞いて驚きました……。お一人でやってたなんて……」
「いや、元は【二人】でやってたが訳あって私が全て引き受けた。管理できるのは私ぐらいだからな。店はアイツらに任せているが……」
自然と静寂に包まれ、話が途切れると少年の行動と言葉から「キミはアレだな。空気を読むタイプであり機嫌取りだな」とフォローしてるようで刺す言葉に少年が耳を塞ぐ。
「うぅ……なんで分かるんですか……」
「現在、恥ずかしさ半分自己反省してるだろ」
「怖いです、漆さん……」
「と言いつつ、本当は――花好き」
「ふぇ? なんでそれ……知って……」
漆の言葉に少年は耳を塞ぐ手を退けるとジーッと漆を見る。それに漆はわざとらしく考え込むように言う。
「なんでだろうな……私が異常者かもしれない。キミの心を読んだかのように当て、キミを怖がらせ、キミの興味を引く。それなのにキミは何故私から離れない? 簡単だ、思っていることを我慢していることを私が代行して言ってるからだ。
私はカウンセリングに特化してない。特化してるのは光佑の方。だが、人を見抜く洞察力と観察力は私が一番ずば抜けていてな。難しいときは手を貸すこともあるが、もう少しばかり彼のことを信じてくれないか」
「えっ……あの……怒ってます?」
「違う、わざとキミの顔を見ないよう視線を反らして話してるだけだ。私はエンパスよりな面があってな。他の三人もだが表情・声色・態度で読み取れる。私の場合は文章からも可能。怖がらせたら悪い」
「え、エンパスってなんですか?」
漆の感情が読み取れない少年。少年の感情を読み取る漆。交差しているからか話も交差。さらに難しい言葉に静寂が再度訪れ――。
「……少年、下」
「あっ……」
気付けば苗を植える印が足元にあった。微妙な空気に漆が逃げ道を作るよう言葉で先導。
「アリッサム分かるか? それを植えてくれ」
「え、あ、……アリッサム!? う、漆さん!! こ、この花何ですか!!」
少年が取ったのは赤い”アネモネ“。
【ギリシャ神話に登場する人物の血と涙で花が咲いた】と言われている花。
「それはアネモネだな。低いフワフワした小花が少ない緑のあるだろ。それがアリッサム。テンパらなくていい……。いや、テンパるのは何か原因があってなるのか……光佑が言った通りだな」
ブツブツと独り言を言い出す漆をそっと見つめる少年。それに気づいた漆は「優しく根本に手を添えながらポットからゆっくり外してみてくれ。下に向けながらでも構わない」と苗ポットを手に取り抜き方の手本を見せる。
それを真似するように少年は「んー。うーん……うー」と葛藤しながらも数分かけてやっと抜け、安心したのか笑顔。
「おぉ、よく抜けたな。初めてにしては上手い」
「ホントですか!!」
「あぁ。では、スコップで穴を掘ってくれ」
漆の指示に少年は不器用ながら穴を掘る。時々、軽く入れ深さを確認しながら自分の力でやろうとする姿勢に「楽しそうだな」と小さく呟く。
「掘れました!!」
「穴に入れて土を被せる。もし、根が固くなってたら軽くほぐしてくれると助かる」
「もみもみ」
「あまりやると根が切れるから気をつけろ」
「……早く言ってください!!」
「今言った」
「揉んじゃったじゃないですか!!」
「いや、私の見る限り範囲内だ」
「えっ……えっ!!」
またテンパる少年の腕を漆は掴む。さり気なくそのまま腕を引き、抱きしめ背中を擦る。
「あの……漆さん?」
「少しこのままで頼む」
「えぇー!!」
「……それは驚きだな。やはり先程とは違う」
「な、なにが……?」
「ん、自覚がないのか」
「え?」
「ん?」
数秒静寂に包まれ、落ち着いたのか。
少年が「あの……」と一言。
「なんだ」
漆は冷静に返すと「すごい良い匂いするんですけど……服が……」の言葉に「なるほど、そう来るか」と納得した様子とパッと離れる。
「わっど、ドキドキした……」
ソワソワしている少年をよそに手に持っていたジョウロに目を向けては何かを考え「埋めたら優しく土をかけ、たっぷり水をあげてくれ」と距離を取るふりしてスマホを取り出す。
「光佑、私だ。悪いが少年について分かったことをいくつか伝える。分析して戻り次第対処するように――」
長話はせず、思ったこと・感じたことを手短に漆は光佑に伝えると『それテンパってるんじゃなくて、パニック状態じゃないかな? 僕が近くにいないから判断はできないけど……』と心当たりがある返事。
「ハグしたら治ったが……何か分かるか?」
『うーん……人間関係は確実だよね。親御さんから聞いてはいるけど他にもあると思うし。もしかしたらだけど、その人によって心の距離というか【パーソナルスペース】っていうのがあって。不快に感じたりする距離とかあるんだけど……。漆、それやった?』
「いや、私に少し懐いたようで離れなくてな。顔見ながら動いてるからか少年の”パーソナルスペース“とやらは分からん。だが……時より人が通るとビクついててな。お前には言いたくないが”イジメ“関係かもしれん」
『……そっか。じゃあ、今日踏み込むのはダメだよね……』
「そうだな。少し様子を見て少年がどうしたいのか決めてもらおう。少しでも心が動けばの話だが……必要なら敵役になってやらんこともない」
『うん……でも、今じゃない気がする。それは……』
「お前がそう言うならこれ以上は手を出さない。他にしてほしいこと、または仕事の件があったら連絡してくれ」
『あっ漆……』
「なんだ」
『忙しいのにありがとう』
「気にするな。好きでやってるだけだ。戻る頃には私は使い物にならんだろうから……後は頼む」
静かに電話を切り、少年に目を向けると「お水だよー」と楽しそうに水を上げている姿に漆は薄く笑う。
話しかけるタイミングを伺い、声をかけては足を進め。印を見つけては苗を植える。それを数回繰り返す。ニ回目以降は少しだけ周りが見えるようになったか、自分で見つけては小走りで近づき無意識に花に話しかけながら手を動かす。そんな少年を漆は後ろから静かに見守る。
『私以外の他人がいると怖くて黙る。私とは話す。視線を感じると逃げる。私の視線は怯えるが慣れたか』
脳裏で自問自答しながら漆はさり気なく意味深な表情で空を見る。彼にしては珍しく深呼吸を数回繰り返し、「お前ならどうする……」と静かに誰かに向けて言葉を口ずさむ。
「漆さん?」
水やりを終え、不思議そうに漆を見つめる少年。それに「考え事だ、気にするな。行くぞ」と何かを隠すように彼は歩き出す。本来なら隠しているがわざと少年にも分かりやすいように態度や声に感情を乗せながら……。
※
「戻りました」
話しながら、質問されながら歩いてたせいか気付けば一時間も経っており、店に戻ると来店者がいないことをよそに達也と光佑が立ちながらおにぎりを食べていた。
「おふぇえりなふぁい」
光佑と達也は『おかえりなさい』と何を言っているつもりだろうが聞き取れず、「あ、はい……」と返事で済ます少年。すると、漆がいないことに気づいたのかキョロキョロ見渡していると光佑が「多分、疲れたんじゃないかな。いつも必要最低限は人と話さない人だから」とペットボトルの水を飲みながら近寄る。
「外はどうだった?」
「お花植えるの楽しかった……。あと、漆さんが色々教えてくれた……」
「そっか。良かったね。お腹空いたでしょ。裏庭に蛇口があるから手を洗っておいで。そしたら、上で少し休んでからまた見学しようか」
指光佑の言葉に「うん」と少しだけ少年に笑顔が戻ると光佑は場所を指差し少年がその場から離れた瞬間――店の入口に向かって「無茶してくれるね……しなくていいって言ったのに」と小走りで向かう。
そこには店に背を向けながらペットボトルの水をがぶ飲みする漆の姿。それは一見普通に見えるが光佑にはそうは見えなくて「達也、ごめん……。漆、少し具合悪そうだから様子見て来てくれる?」と達也に声掛けるや達也も感じ取ったか。無言で歩き出す。
「おーい、漆さんよ。カッコつけて苦しんでるんじゃねーよ。人様避けてるくせに頑張りすぎじゃねーの?」
「黙れ」
「はぁ!? なんだよ、光佑がお前のことが心配だからって来ただけじゃん。トゲトゲすんな、バカ漆!!」
達也の言葉に漆はガン飛ばしては怒鳴りそうになるのを我慢しつつ冷静に返す。
「私のことは気にするな。そのうち治る。ほっとけ」
それに達也が申し訳無さそうに「わりぃ。当たって……」と謝ると「貴様でも少しは見えるんだな、感情」と褒めているのか軽く手を上げる。
「なんだよ、毒吐いたからってスッキリしやがって」
「貴様の怒りで目が覚めた、感謝する。持ち場に戻れ……私のことは気にしなくていい」
これ以上話しても無駄だなと達也は察したか店内に戻るも「ぶっ倒れちゃ困るから休めよ、バーカ」と素直じゃなく捻くれたように言うと「そうだな。私も頑張りすぎだ。心配させてすまないな」と笑って返しては姿を消した。
―――
――――――
――――――――
「ん? 戻ってこない」
裏庭で手を洗うだけのはずが中々戻って来ないため様子を見ると、苗物が気になるのか少年が足を止め見ていた。
「何してるの? それはミニバラだね。店内にあるバラとは違って小さなバラが咲くよ。気になるのかな?」
なんて少年に話しかけると「いや、べ……別に」とパニックではないがテンパる少年。
「わかった。漆と一緒に植え替えしたから興味湧いたんでしょ!!」
「あ……はい。褒められたのが嬉しくて……」
「やっぱり」
クスクスと光佑が笑うと少年は少し苦しそうな顔をしながら言う。
「なんで皆さんはボクを責めないんですか? 多分、此処に連れてきたのだってボクの親が強引に……学校行かないからってやっただけで……本当は――」
少年の言葉に光佑は一瞬フラッシュバックを起こす。過去の記憶と情景が脳裏に浮かび胸が苦しくなるもグッと耐えるが――「ストップ」と達也が割り込み、光佑の背に腕を回しては肩を貸す。
「大丈夫か?」
「うん……ごめん。やっぱりダメだね、僕は」
「バカ言え!! 数年前と比べたら成長してるぜ? 俺は全くだけど」
突然の達也の乱入に「え、あ……へ!? あの……」とパニック状態になる手前の少年。「た――」と光佑が達也に教えようとするがいち早く気づいた達也が「大丈夫。っか、俺の面が怖いから余計にだけど怖がらせて悪い。此処にお前の敵はいないし、どちらかと言うと俺達はお前の味方なのよ。理由は伏せるけどな」と達也が光佑を支えながらも少年の腕を引く。優しく抱きしめ数秒静寂に包まれるが突然バランスを崩し膝を付きそうになるも――「全くしょうがない奴らだ……」と漆が達也を支える。
「おま……」
「やや説教になるが聞け、少年。助けるのに理由なんていらない。ここでのやり取りは外部には出さないし親にも伝えはしない。本当は助けてほしいんだろ? なら、泣いてもいいから言え。それが駄目なら言えなくてもいいから抱え込まず頼ってくれ。
少々私達も訳ありでな。良かったら話を聞かせてくれないか。もしくは、話さなくてもいいから私達の話を聞いてくれ。これ以上、キミを暗闇に居座らせるのは嫌なんでな……”消えそうで怖い“そうだろ、光佑」
漆の言葉に光佑は「敵わないね、ホント……」と薄っすら涙を浮かべると釣られたのか少年の目にも涙。よほど我慢していたのか「たすけて……ください……」と小さな声で言うも聞き取れてないと思ったのか「誰か……助けて」と震えた声。終いに達也に「わーん」と大泣きしながら泣き付き「ごめんなさい……ごめんなさい……」と自分を責めているのか全く離れなかった。
※
しばらく個室で気が済むまで泣かせていると喉が乾いていたのかオレンジジュースを一気飲み。プハッと美味しかったが笑顔になっては突然苦しそうな表情になり泣く。それが数分続く。
店番があるため達也は席を外し、漆も同じく花園の手入れのため席し、残された光佑が一人過去の場面をフラッシュバックを起こしながらも少年を静かに見守る。
「パニック症状と人が怖い感じかな? うーん、でも他にもある気がするんだよね……なんだろ、そこが僕や漆でも読み取れないとなると踏み込む形になっちゃうんだけど……やだもんねぇ」
中々話を切り出そうにも切り出せない光佑。頭を悩ませ「うーん」と唸るも店手作りのハーブティーの香りでカップを手に取る。香りを嗅ぎながら今までの経験を元に原因となるものを探してみると”イジメ“”人間関係“にたどり着いたとしても”その何か“には辿り付けずにいた。
表情や態度、声色でも読み取れない。
別の何か。
「大丈夫? あっ泣くことはいいから我慢せずに泣いてね。ティッシュたくさんあるし、お菓子もジュースもあるから好きなだけ食べていいし。此処縛りとかそんなの無いから”嫌なもの“”見たくないもの“があったら部屋から取り除くから」
優しく声をかけ泣き止むまで待とうとするが、それも違うような気がし「席外すけどいいかな?」と少年が持っていたフローリストポーチが目に付き「ちょっと借りるね」とハサミで自傷しないように預かる。傷つけそうな物がないか確認してから部屋を出ると「よっ」と達也の姿。
「さっきはごめんね……情けないよね、僕」
過去に囚われっぱなしの自分自身が許せないのか謝罪しかしない光佑に達也は「弱みを見せるってカッコいいと思うぜ? 俺、プライドがあって出来ないからさ」と太陽のように眩しい笑顔。
達也の明るい笑顔に光佑は「眩しすぎるよ」とハニカムと「まだ、始まったばかりだし、少しずつやって行こうぜ。ヒマワリの黄色みたいにさ。闇照らして俺達が導く。ほら、俺や漆、お前に涼が堕ちた時に皆で引っ張って支えてきたじゃん。それで良いんじゃない? いつも通り変に拘らず俺達のやり方で過去がどうであれ、今向き合うのは”少年“だろ。なぁ、光佑」と達也は黄色とオレンジのガーベラを見せる。
「黄色とオレンジはビタミンカラー。勇気の出ない光佑クンにぴったりだろ? 目がチカチカするかもだけど」
さりげない達也の気遣いに「ごめ――」と言うも「謝んな!! そこは”ありがとう“だろ」と一喝入れられては「そうだね、ありがとう」と言い直す。
「じゃっ店番してるから、なんかあったら呼んでな」
「分かった」
「そのガーベラやる。折れて使えないやつだから」
達也は少し強引にガーベラを渡すと何故か走って逃げる。「ん?」と不思議に思いガーベラを見ると【今日仕入れたガーベラ】で前口ではなかった。
予想だが束花やアレンジメントの直しをしている際に気になって手に持ったが何かの拍子で折ったのだろう。
「もう、漆に怒られるよ」
なんて光佑は叱りつつ「達也はムードメーカーだね。いつも助けられてばかり……ありがと」と傷まない程度に握り締め、何かを思いついた彼は一階へ駆け下りた。
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